発達障害ケア 宮城県、横断的な態勢整備へ

河北新報 2015年7月3日

自閉症やアスペルガー症候群といった発達障害者への支援態勢を整えるため、宮城県は福祉関係者や市町村などによる検討組織を設立する。地域で早期に障害を発見し、適切に支援できる環境整備を目指す。9月をめどに初会合を開く。
検討組織は障害福祉サービス事業者や保護者の会、教育、労働、行政機関や学識経験者などで構成する。障害の早期発見と支援に向けた(1)各機関の連携(2)地域での支援態勢づくり(3)県発達障害者支援センター「えくぼ」(仙台市泉区)の機能強化-などを話し合う。
発達障害は、自閉症や学習障害、注意欠陥多動性障害などの総称。周囲とうまくコミュニケーションをとれないなどの困難を伴う。先天性の脳機能障害が原因とされるが、詳しく分かっていない。多くは幼児期に症状が現れるが、大人になってから医療機関で診断されることもある。
文部科学省の調査で、全国の通常学級に通う小中学生の6.5%が該当する可能性があった。早くから本人に合った支援を行うことで、発達を促したり社会に適応する力を身に付けたりできるようになる。
県内の相談窓口は「えくぼ」のほかに、児童相談所や保健所、障害者就業・生活支援センターなど。仙台市も発達相談支援センター「北部アーチル」(泉区)、「南部アーチル」(太白区)を設置している。
県は現状の課題として各機関のつながりの弱さ、地域ごとの早期発見や支援のための受け皿が不十分なことなどを挙げる。保護者や本人から相談を受ける人材の育成など「えくぼ」の支援機能の強化も求められている。
県障害福祉課は「発達障害者には幼児期から就学、就労まで切れ目のない支援が必要。関係機関の連携を強めたい」と説明する。

長崎モデルの明暗(1)「もう一生出えへんのか」 弁護士に迫った精神年齢「4歳7カ月」の男 隔離で「再犯」防げるのか

産経WEST 2015年6月29日

着古した青い半纏(はんてん)姿の男=当時(37)=は、小柄な体をかがめ、傍聴席を見回した。威嚇するような目つきは、おびえの裏返しだったのか。それとも、刑務所へと続くレールに乗せられたことに抵抗していたのか。

「せめてひと言」
整備工場から中古車を盗んだとして常習累犯窃盗罪に問われた男に、京都地裁は2月24日、懲役1年10月の実刑判決を言い渡した。
男には重度の知的障害があり、精神年齢は「4歳7カ月」と鑑定されている。後藤真知子裁判官は、善悪の判断や行動の制御ができると結論づけたものの、弁護側が「争点」に位置づけた再犯防止策には言及しなかった。
「せめて説諭でも、社会へ戻るときに本人や福祉関係者の支えとなるひと言があれば…」。弁護人の西田祐馬弁護士(京都弁護士会)は悔しがった。
西田弁護士は控訴し、2審大阪高裁の初公判が今月19日から始まった。
一方、前回の常習累犯窃盗事件はすでに有罪判決で決着した。1審京都地裁は平成25年8月、重度の知的障害を理由に男を無罪としたが、26年8月の2審大阪高裁判決は懲役2年の逆転有罪を宣告。最高裁が今年3月、西田弁護士の上告を棄却、確定したのだ。
最高裁の通知書は拘置所にいた男の元にも届き、男は西田弁護士にこう尋ねたという。
「あれ、何なん?」
西田弁護士が「刑務所に入らないといけないんですよ」とかんで含めるように諭すと、男は「いつ出られるんや」「もう一生出えへんのか」とたたみかけた。

車への執着
「もう車に乗らん。だから許してくれ。頼むから、無罪で出してほしい」
今回の公判で、男は後藤裁判官に「無罪」を繰り返し訴えていた。一方で西田弁護士には、盗んだ車の写真が掲載された裁判資料や中古車情報誌を差し入れするようしきりにせがんだ。
男は拘置所内で、購入できるカップ麺などの物品を全部買って手持ちの金を使い果たしたり、ずぶぬれの雑巾で畳を拭いて腐らせたりもしているという。
車への執着を募らせる男を、レールに乗せて社会から隔離するだけで、問題行動は収まるのか。
被害者側も、必ずしも強い処罰感情があるわけではない。車を盗まれた自動車販売会社の女性従業員(36)は「本人、福祉、司法のどれが悪くて犯罪が繰り返されるのかはよく分からない。けれども、私たち地域に協力できることはある」と語る。

全国から脚光
男のように再犯を重ねる知的障害者、いわゆる「累犯障害者」を地域社会に戻そうとする試みは、18年に始まった。先鞭(せんべん)をつけたのは、京都の西約560キロにある長崎県雲仙市の社会福祉法人だ。
「南高愛隣会」。海と山に囲まれた環境で、生活訓練施設や更生保護施設など51事業所を運営し、累犯障害者ら約2千人の自立と社会復帰を支援している。
その取り組みは「長崎モデル」と呼ばれるほど画期的なものだった。まず、出所した累犯障害者が福祉サービスを受けられるよう調整する仕組みを整備。これは厚生労働省の「地域生活定着支援センター」として制度化され、23年度までに全都道府県に設置された。
さらに、検察官や弁護人と協力する委員会組織を作り、刑務所と福祉施設のどちらで更生させるのが適切かを司法の場で判断できるようにした。
だが、長崎県は2月26日、南高愛隣会への行政処分に踏み切った。施設を利用する障害者らへの虐待が23件あったというのだ。福祉関係者のみならず法務・検察当局からも脚光を浴びてきた先駆者が、初めて見せた暗部だった。

累犯障害者が犯罪を繰り返す負の連鎖をどう断ち切ればいいのか。長崎モデルからヒントを探る。

長崎モデルの明暗(2)大声上げ、かみつく男性を馬乗り制圧、肋骨折る…「しつけ」と称した虐待23件に下った行政処分

産経WEST 2015年6月30日

「虐待はあってはならない行為。職員たちの職業倫理が不徹底だったと痛感している」
2月26日、長崎市内で記者会見した社会福祉法人「南高愛隣会」(長崎県雲仙市)の田島光浩理事長(40)は、深々と頭を下げた。これが、計23件の虐待があったとして県から行政処分を受けたことへの反省の弁だった。
再犯を重ねる「累犯障害者」を受け入れ始めた平成18(2006)年から、職員たちは虐待に手を染めていた。グループホームで、興奮状態になった知的障害者の男性を押さえつけ、肋骨(ろっこつ)を折るけがをさせた事案が最初とみられている。
県はこの施設を含む4施設に対して1年~3カ月間、新規利用者の受け入れを禁じた。担当者は「けがの程度などを考慮し、重い処分にした」と明かす。
累犯障害者の更生と社会復帰に関しては先駆者と評価されていた南高愛隣会で、なぜ虐待が起きたのか。南高愛隣会が県に提出した報告書には、にわかに信じがたい記述がある。
「しつけとして手をあげることを許す雰囲気が、法人全体にあった」

強度行動障害
「おなかが痛い」。肋骨を骨折した男性は当時、グループホームで火災訓練が行われているさなかに、そう訴えたという。
知的障害者は、自分の身体感覚をつかむことが苦手とされ、中には実際に痛みを感じにくい人もいる。利用者の健康状態を毎朝確認している担当職員は、男性が骨折した理由に心当たりがなかったと主張したが、あるとすれば1週間前、馬乗りになって男性を押さえつけたときだと申告した。
男性は知的障害とは別に「強度行動障害」を抱えていた。他人に危害を加えたり自分で自分を傷つけたりする行為を、通常では考えられない形で頻繁に起こしてしまう障害で、昭和63(1988)年に初めて研究報告された比較的新しい概念だ。
その強度行動障害によって、男性は突然大声を上げたり、職員にかみついたりする行為を繰り返していた。力の強い成人が子供のように暴れだしたら、止めるのは容易ではない。
田島理事長の父で南高愛隣会を創設した当時の責任者、良昭前理事長(70)は口頭で注意しただけで、現場に対応を一任してしまった。このとき虐待を疑っていれば内部処分の対象になり得たのだが、真相はうやむやにされた。

「体で止めろ」
県は平成25(2013)年1月に虐待の疑いがあるという通報を受け、以降、法律に基づく特別監査で実態を調べてきた。その過程で18年に男性が骨折した事案が発覚すると、長崎県警も関心を示し捜査に乗り出したという。
立件こそ見送られたが、男性は今も同じグループホームで暮らし、けがをさせた職員も支援を続けている。実は、職員の対応は虐待でもしつけでもないとみている人々が外部にいる。他の利用者の安全を守るためには、やむを得ない対応だったという考え方だ。ある弁護士は、処分取り消しを求める行政訴訟を起こそうと持ちかけたという。
良昭前理事長は、長い年月をかけて築いた県との信頼関係を考慮し「南高愛隣会の名誉を回復しても、利用者には何のメリットもない」と提訴を断った。
良昭前理事長が職員に説いてきたのは「暴れてかみつかれて傷だらけになっても、抱きしめて自分の体で止めろ」という「情」の福祉だった。内部事情に詳しい男性弁護士は明かす。
「利用者にどんな障害があり、専門家としてどう対応すべきなのか。『情』を過信するあまり、必要な情報を共有してこなかった」

長崎モデルの明暗(3)「障害者は天使みたいにかわいい」タブー視された「犯罪」 58人の〝父親〟の矜恃

産経WEST 2015年7月1日

「ろうそくのように身を焦がし、日の当たらない障害者に光を届けたい」
社会福祉法人「南高愛隣会」(長崎県雲仙市)の前身に当たる福祉施設「コロニー雲仙」は、田島良昭前理事長(70)がそんな信念のもとに開設した。昭和53(1978)年、33歳のときだ。
小学生の頃から障害者福祉に関心を持ち、厚生大臣(当時)になることを夢見ていた。政治家の秘書にもなったが、政治よりも現場の方が志を遂げられると決断したという。
開設までには3年8カ月を要した。地域住民から「障害者は危ない」などと猛反対されたからだ。特別支援学級の教師を主人公にした映画の上映会を開き、「障害者は天使みたいにかわいい。犯罪者はいない」と必死に理解を求めた。
もちろん、それは建前だった。健常者と同様、障害者にも犯罪を繰り返す者はいる。当時はそんな「累犯障害者」を黙って受け入れるのが全国の福祉関係者の矜持(きょうじ)であり、口にすることはタブーだったという。
処遇が難しい障害者のそばにずっといられるよう、施設で寝泊まりし、身寄りがなければ保護者になった。現在は58人の〝父親〟だ。「愛情や奉仕といった『情』で救ってあげようと思っていた」と田島前理事長は振り返る。

「獄窓記」の衝撃
「収容者たちが抱える障害は、実に様々(さまざま)だった」。秘書給与詐取事件で1年2カ月間、獄中で過ごした元衆院議員、山本譲司氏(52)は平成15年、著書「獄窓記」(ポプラ社)で刑務所の実態を明かした。
これに衝撃を受けたのが、田島前理事長だった。累犯障害者をひそかに受け入れてきた現場感覚で、刑務所にあふれているとまでは思えなかったからだ。
試しにある刑務所に問い合わせると「障害者は一人もいない」と回答された。真偽を確かめるべく、翌16年に勉強会を発足させた。
18年に厚生労働省の科学研究費を得て本格調査を進めると、法務省が受刑者410人に知的障害の疑いがあると初めて公表した。中でも問題は、療育手帳の所持者がわずか26人(6%)という現実だった。
「94%はいわば『幽霊』。このまま社会に出れば、パスポートなしで入国するようなものだ」。事態の深刻さを理解した田島前理事長は、以後、累犯障害者を積極的に受け入れていく。「情」の福祉の真骨頂だった。

負担増加の果て
検察や弁護士らと連携する「長崎モデル」の礎はこうして築かれた。一方で「情」に溺れた結末が、県が認定した計23件の虐待行為ではなかったか。
確実に増していた職員の負担。5年ほど前から「南高愛隣会は仕事が厳しい」という風評が立ち、就職希望者が減っていた。長男の光浩理事長(40)は「若い職員は『身を焦がせ』というお父さんの言葉を理解できない。1日8時間労働の中で支援すべきだ」と苦言を呈していた。
田島前理事長は言う。 「一生懸命『情』を尽くせばだれにでも福祉はできる、という幻想がまかり通っていた。理性や知性で対応する福祉に変えることは、私にはできなかった」
新規利用者の受け入れ停止を命じた行政処分の後、施設を利用している障害者の家族らは「追い出されるのか」と不安を募らせ、福祉関係者には「南高愛隣会で受け入れられない障害者は、うちには無理だ」というあきらめが渦巻いた。
それでも、問題の責任を取る形で、田島前理事長は法人の理事と福祉施設の全役職を辞任した。
福祉にとって、本当に「情」は不必要なのか。

長崎モデルの明暗(4)「社会に出るのが怖い」前科28犯をすくい上げる切れ目ない支援…罪でなく人を見る

産経WEST 2015年7月2日

前科28犯と聞けば、どんな凶悪犯を思い浮かべるだろうか。
更生保護施設「雲仙・虹」(長崎県雲仙市)が平成23年に受け入れた60代の男性。刑務所を出所するたびに食料品などの万引を28回繰り返していた。「社会に出るのが怖い」という動機だったという。
男性は軽度の知的障害がある「累犯障害者」。軽微な犯罪だからこそ、1回当たりの刑期は短い。「罪ではなく人を見て、対等に向き合おう」。前田康弘施設長(59)は決意した。
更生保護施設は、法務省の機関である保護観察所から、刑務所を出た元受刑者や、保護観察付き執行猶予判決を受けた元被告の保護を委託されている。原則半年の入所期間中に自立に向けた準備をする。
雲仙・虹は全国103カ所のうち唯一、社会福祉法人が作った更生保護施設だ。運営するのは「南高愛隣会」。約20人の入所者は、退所後も51事業所の福祉サービスを受けられる利点がある。男性もそうめん工場で職を見つけ、現在は県外の福祉施設で平穏に暮らしている。

矯正教育を担う
いわば刑罰の領域に足を踏み入れた南高愛隣会の取り組みは、これにとどまらない。19年には、従来の福祉サービスになかった矯正教育を始めた。障害の特性や程度を見極め、一人一人と向き合うことは、福祉が最も得意とするところであり、矯正教育にも応用できると判断したためだ。
担当するトレーニングセンター「あいりん」の福塚進事業所長(50)は言う。「累犯障害者には、一般の人とは異なる専用のプログラムが必要だ」
教育内容は、家畜の世話を通じて命の大切さを学ぶなどする基本訓練と、犯罪防止学習や対人関係のスキルを身につける特別訓練。
何をすれば犯罪になるかを教える自作のテキストには、すべての漢字にルビを振り、視覚で理解できるようイラストを多用した。刑務所を見学させて入りたくないという意識を植え付けたり、償いに代わる奉仕活動をさせたりもする。
累犯障害者の多くは雲仙・虹に入所した直後からあいりんに通い、別の福祉施設に生活の拠点を移してからも、継続して矯正教育を受けるという。

信頼で誘惑断つ
「植木のことは君に任せるのが一番安心だね」。福塚事業所長に褒められると、軽度の知的障害がある男性は、はにかんだ。
男性は長年、植木職人として働いていたが、25年に長崎市内のショッピングモールで缶ビールや食料品を盗んだとして逮捕された。懲役10月、保護観察付き執行猶予3年の有罪判決が確定。それまでもパチンコで借金を重ねては、万引を繰り返していた。
雲仙・虹で生活した後でグループホームに移り、日中は引き続きあいりんに通っている。地鶏の飼育や犯罪防止学習に加え、敷地内の樹木の手入れを任されたことが、男性の自信になった。あるときは、マツの根を見て「もうすぐ枯れる」といい当てたという。
南高愛隣会の職員たちは、自立への第一歩は「他者との信頼関係」だと考えている。少なくとも犯罪に手を染めそうになったときに「助けて」と呼んでもらえれば、飛んでいって再犯を防げるかもしれない。
雲仙・虹の前田施設長は言う。「刑務所に入るために生まれてきた人はいない。罪を忘れず、孤立せずに生きてほしい」
男性は今夏、同県諫早市の別の施設へ移る。刑罰と福祉のはざまにこぼれ落ちた累犯障害者をすくい上げるのは、「情」の精神ならではの切れ目ない支援なのかもしれない。

長崎モデルの明暗(5)「刑務所に入れて更生にどう役に立つ」 刑罰か福祉かを超えて…問われるのは社会の「情」

産経WEST 2015年7月3日

社会福祉法人「南高愛隣会」(長崎県雲仙市)の取り組みには、法務・検察当局も注目する。
長崎地検の幹部がこう打ち明けた。
「刑罰が理解できるのか、刑務所に入れて更生にどう役に立つのか。疑問を持たざるを得ない容疑者や被告はいる」
「累犯障害者」を司法手続きのレールに乗せるだけで、再犯は防げるのか。刑務所以外での処遇を模索する法務・検察当局の意識もまた、長崎から芽生えた。
地検が重視するのは、福祉施設で刑務所に代わる適切な矯正教育が行われているかどうかという点だ。南高愛隣会の施設見学や担当者との協議を繰り返し、知的障害のある容疑者や被告を起訴猶予としたり、執行猶予付きの判決を求刑したりする体制を、平成24年までに整えたという。
軽微な犯罪で、被害が回復され、被害者が処罰を望んでいない、という条件は付ける。弁護人には更生に向けた支援計画書の提出を求め、本人にも計画を守ることを書面で確約させている。地検幹部は「南高愛隣会のおかげで『長崎モデル』は機能している。逆に言えば、しっかりした福祉施設が増えないと全国には広がらない」と話す。

南高愛隣会の外へ
「いつか家に帰って今まで通りの生活に戻りたい」。軽度の知的障害を持つ20代の男性は、再出発への希望を口にした。
男性は24年、バスの車内で酒に酔って女性の体を触り、長崎県警に逮捕された。不起訴になり、南高愛隣会が運営する更生保護施設「雲仙・虹」で生活しながら、トレーニングセンター「あいりん」で罪と向き合う矯正教育を受けた。
昨年8月、別の社会福祉法人「山陰(やまかげ)会」(同県南島原市)のグループホームに移ってきた。現在は共同生活を送りつつ、農作業などの職業訓練を受けている。
男性は、山陰会が南高愛隣会の依頼で受け入れを始めた最初の累犯障害者だ。その背景を、施設管理者の本田崇一郎さん(35)は、図らずも「情」の福祉に通じる言葉で説明した。
「再犯のリスクや他の利用者への悪影響ばかり心配すると、行き場がなくなる。手を差し伸べる気持ちが本人に届けばいい」
南高愛隣会も支援を後押しする。職員は男性に「いつ戻ってきてもいい」と声をかけ、本田さんにも「何か問題が起きれば、すぐ行きます」と約束している。

計り知れない影響
最長2年間、社会から隔離して生活させる国立「のぞみの園」(群馬県高崎市)や、民間の視点で独自の自立訓練を行う刑務所「播磨社会復帰促進センター」(兵庫県加古川市)、そして長崎地検と山陰会。南高愛隣会が福祉関係者や法務・検察当局に与えた影響は計り知れない。
それは、累犯障害者の再犯防止と社会復帰を、もはや刑罰か福祉かという二者択一で考える時代でなくなったことも意味している。
精神年齢が4歳7カ月と鑑定された京都市内の男(38)。自動車盗を繰り返して10代のころから計7回服役しても、福祉の支援を受け続けても、車に乗りたいという欲求を抑えることはできなかった。
7月10日に控訴審の判決が言い渡される常習累犯窃盗事件で、1審通り懲役1年10月の実刑が確定すれば、前回事件の確定判決(懲役2年)と合わせ、刑期は3年10月。拘置所での勾留日数が差し引かれると、3年以内に社会に戻ってくる計算だ。
そのとき、刑罰や福祉に任せ切りにするのでなく、社会で生きるだれもが男に手を差し伸べることは、できるだろうか。問われるのは、私たちの「情」なのかもしれない。

刑務所出所後の“楽園”専用福祉施設の「毎日」…刑務所とは違う役割、暴れても「制圧」しない(上)

産経WEST 2014年8月掲載

「刑務所での反省と償いは終わりました。もう二度と犯罪はしません」。元受刑者の50代の男性は、自身が持つ軽度の知的障害をみじんも感じさせず、はきはきと語った。
昨年6月までの約2年間、スーパーで食品を万引した窃盗罪で服役していた。20代のころにはカッターナイフを持って消費者金融に押し入り、強盗罪で有罪判決を受けている。約30年の空白期間を経た2つの犯行の動機を、男性はいずれも「お金に困ったから」と簡単に説明した。

かりそめの自由
どんな犯罪者であれ、たとえ再犯を重ねる知的障害者、いわゆる「累犯障害者」であっても、刑期を終えれば社会で自由に生きる権利がある。それでも男性は刑務所職員の勧めを聞き入れ、出所後、自ら福祉施設に保護を求めた。
国立の入所施設「のぞみの園」(群馬県高崎市)。民間の施設が他の障害者に配慮して受け入れを避ける傾向にある中、園内の自活訓練ホームを累犯障害者の専用としている。他人や社会への信頼感を育て、自立のためのスキルを学ばせる数少ない施設で、モデルケースと位置づけられる。
入所者に向けられる監視カメラや居室に閉じ込める鍵はない。それでいて、東京ドーム約50個分(約232万平方メートル)の敷地と周囲に広がる山林は、刑務所の塀と同じくらい険しい。
世間から隔絶された場所で与えられるかりそめの自由。「職員さんは優しいし、楽しく過ごしています」。男性はまるで「楽園」で暮らすかのように穏やかな表情を見せる。

制圧しない職員
入所者たちの生活は規則正しい。起床は午前6時。自主的にラジオ体操をした後で朝食をとる。午後3時半まで延々と畑仕事を続け、8時半からのミーティングで日記を発表し合う。
ある入所者の日記には「まじめにがんばります。もっとがんばりたいです。悪い人とつきあうのをやめます」とあったが、職員は冷静に受け止める。「彼らは嘘がうまく、私たちをしょっちゅう裏切る」
ホームの目的は、あくまで累犯障害者を社会へ戻すこと。刑罰を与えて反省を促し再犯を防ぐ刑務所とは、根本的に役割が異なる。例えば、入所者の反抗やとっぴな行動で身の危険を感じたとき、職員はその場から逃げるというのだ。
刑務所のように制圧しない理由を、職員はこう明かす。「福祉は受ける側の希望と同意が必要なサービス。手を出すことは契約にないし、出してしまえば福祉でなくなる」

京都の男にも
累犯障害者の受け入れを最長2年と区切り、定員7人に職員6人がほぼマンツーマンでつく。施設全体が得る国からの交付金は、今年度で19億円。全国の福祉関係者にとっても、のぞみの園は「楽園」だ。
昭和46年の設立当初から、重度の知的障害者を一生保護するという事業を続け、累犯障害者を受け入れ始めたのは平成20年。独立行政法人になって事業の見直しを迫られてからだ。民間施設で累犯障害者に支援が届きにくいケースがあれば職員を派遣し、福祉関係者らに助言や研修を行う。
自動車盗の常習累犯窃盗罪に問われながら、重度の知的障害で精神年齢が「4歳7カ月」と鑑定され、平成25年8月に1審京都地裁で無罪とされた京都市内の男(37)=検察側が控訴=に関しても、職員は京都に赴いて福祉関係者に助言した。社会に戻っていた男が今年2月、再び自動車を盗んだとして逮捕された事態を重くみたためだ。
男は同罪で起訴され、京都地裁で公判中。逮捕まで母親と暮らし、通所施設に通っていた男の今後について、職員は母親から離して入所施設で処遇することが望ましいと伝えた。ただ、その助言が生かされるめどは立っていない。親子が同居を望んでいるという。
職員は言う。「本人の意思がなければ思い通りの支援はできない。福祉の限界とは言いたくないが、とても難しいケースだ」

更生した累犯障害者が再び刑務所に送られず生きていく道はあるのか。8月12日に言い渡される男の控訴審判決を前に、福祉の役割を考える。

それでも脱走する累犯障害者の“心理”…20代女性入所者は男部屋に忍び込もうとした(中)

「810円持っていて、おなかがペコペコです。スーパーに行ったら何を買いますか?」「うん。たばこ」「たばこ? おなかペコペコなのに?」「うん」
5月下旬、累犯障害者を受け入れる「のぞみの園」(群馬県高崎市)の自活訓練ホームで、4月に入所したばかりの20代の女性が授業を受けていた。テーマは「お金の正しい使い方」。社会で生きていくための知恵を教わるのだ。
真剣なまなざしでメモを取る女性には、軽度の知的障害がある。講師からの質問にかみ合う答えを出せない。過去に財布をなくしたなどと嘘をつき、人から金をだまし取る寸借詐欺で3度有罪判決を受けたことは、想像できなかった。
入所者にとって「楽園」であるはずののぞみの園で、女性は“脱走”を試みた経験がある。「地元に帰りたい」と荷物をまとめて居室の窓から抜け出し、近所を散歩していた住民に見つかって連れ戻された。
共同生活に慣れ始めると、今度は男性の部屋に忍び込もうとした。かつては家出を繰り返し、出会い系サイトで知り合った男性たちと行動をともにするなど、男性依存の傾向が根深いと職員はみている。

のしかかる責任
この職員が心配するのは、女性が施設を出た後の暮らしだ。依存心を逆手にとった男たちが月数万円の障害者年金に群がり、女性が無一文になれば、衝動的に再犯に走る可能性は捨てきれない。「知的障害者は犯罪者に狙われやすい。そこから今度は自分が犯罪の泥沼に入り込むこともある」と職員は警戒する。
だが、犯罪の連鎖を断ち切るためのまっとうな支援が、皮肉にも別の犯罪を引き起こすこともある。
入所者の50代の男性は、施設内で禁止されていた喫煙が見つかり、夜中に施設を抜け出した。所持金は数百円。約30キロ離れた民家で食べ物をあさっていたところを住人に見つかり、住居侵入と窃盗未遂容疑で逮捕された。
職員は「彼は根が真面目で気が小さい。たばこを吸ったことが私たちへの裏切りだと思い、居づらくなったのだろう」とかばったが、男性の逮捕は9回目。常習累犯窃盗罪での前科もあり、起訴されれば実刑は確実視された。
にもかかわらず、検察当局は男性を不起訴処分にした。のぞみの園で支援が十分に得られると見込んだのだ。刑務所よりも再犯防止に役立つと評価されたのぞみの園には、重い責任がのしかかったといえる。

5分の1が再犯
なぜこうも“脱走”が相次ぐのか。モデルケースともされる「楽園」での自立支援は無力なのか。
驚くべき数字がある。のぞみの園が累犯障害者を受け入れ始めた平成20年からの6年間の入所者19人のうち、地域社会へ戻ったのは15人。このうち3人は再び罪を犯して刑務所で服役しているというのだ。
のぞみの園の小林隆裕・社会生活支援課長は「彼らには刑務所に入ることへの不安がない」と自立支援の難しさを語るが、「累犯障害者」(新潮文庫)の著者で元衆院議員の山本譲司氏は別の見方を示した。「社会から隔離された状況に置かれれば、ルールを守る意識が希薄になるのも当然だ」
山本氏は、累犯障害者の尊厳を大切にすることが重要だと説く。命令されているうちは、犯罪をせずに社会で生き抜く力を自分で身につけようとしないとした上で、こう提言した。
「今の福祉施設は刑務所と重なる部分がある。累犯障害者から選ばれる福祉に変わることが必要だ」

刑務所に入れられることへの不安がない累犯障害者、“刑罰”の無力…福祉はどこまで有効か、取り残される「被害者感情」(下)

精神年齢が「4歳7カ月」という鑑定結果を理由に、京都地裁が自動車盗を繰り返した男(37)に無罪を言い渡して約1カ月後の平成25年9月。今度は30代の累犯障害者の女性に大阪地裁が執行猶予付きの判決を出した。前科があったため実刑もあり得たが、判決理由には「福祉の援助が期待できる」とある。
女性は店舗で万引をし、とがめられた保安員にけがをさせたとして窃盗と傷害の罪に問われていた。検察側は控訴せず、判決は確定。女性は勤務先や病院を紹介してもらい、家族とともに平穏な生活を送っているという。
執行猶予付き判決を求めた弁護側にブレーンとして加わったのが、社会福祉士だった。女性の支援計画を練り上げ、刑事裁判に使える証拠を作ったのだ。
「のぞみの園」(群馬県高崎市)のように刑務所を出た累犯障害者に特化できる福祉施設の「楽園」は、現実には数少ない。ならば最初から刑務所に入れず、福祉の力を借りながら地域社会で更生させればいいのではないか。「基本的人権の擁護」を使命とする弁護士が、福祉の専門家に着目したのは、自然な流れともいえる。

A4用紙数枚で
検察当局は累犯障害者を起訴するか不起訴とするかの判断に、社会福祉士の意見を活用する取り組みを始めた。が、先行していたのは弁護士の方だった。
大阪弁護士会は3年ほど前から「更生支援計画書」と呼ばれる書類を、刑事裁判の証拠として試験的に利用してきた。A4用紙数枚ほどの分量で、累犯障害者が身柄の拘束を解かれた後、定住する場所や利用できる福祉サービス、医療機関などを列記する。生活保護の受給を手伝うことや、長期にわたる支援態勢を詳述することもある。書くのは社会福祉士だ。
今年6月には、計画書を使う制度を本格実施に移した。全国の弁護士会で初めて社会福祉士会と連携。累犯障害者の刑事弁護を担当する弁護士を、福祉に詳しい弁護士が手助けし、社会福祉士につなぐ。
手始めに6月4日に開いた研修会には、弁護士約90人が集まった。登録3年目の若手弁護士が、精神障害がある被告の弁護で計画書を使った経験を紹介。「本人の更生に役立つし、何より執行猶予が取れる可能性が高まる。刑事弁護では当然、武器として使うべきだ」と強調した。

検証、報酬なし
だが、計画書の活用には課題が多い。
累犯障害者が計画書通りに福祉の支援を受けて更生しているかどうか、法律に基づいて検証する仕組みがない。また、福祉の善意に頼って報酬を出していないため、社会福祉士会からは早くも「財源を担保してもらわないと続かない」と危惧の声が漏れる。
何より、被害者感情を置き去りにしたまま、罪を犯していない大多数の障害者と同列に扱うだけで、累犯障害者が真の更生を果たせるのかという疑問が残る。福祉側も十分な受け入れ態勢は整っておらず、必ずしも累犯障害者の再犯防止につながるとはいえないのが現状なのだ。
刑罰を回避するだけの、福祉への「丸投げ」と批判されかねない状況を認識しつつ、計画書の導入を推進した辻川圭乃弁護士は、こう断言した。
「魔法のように効果が表れるわけではないが、続けるしかない。累犯障害者を刑務所に入れるのは、百害あって一利なしだからだ」

連載は池田進一、永山準、小川原咲、吉国在、小野木康雄が担当しました。

「知的障害=刑が軽くなる」は本当か 神戸女児殺害、奇行トラブル男の刑罰めぐるネット流言

産経WEST 2014年11月掲載

「知的障害なのに、黙秘って知っているものなの?」「無罪になりそう」「フリしてるだけ!」。神戸市長田区で9月下旬、小学1年女児(6)の切断遺体が見つかった事件。兵庫県警に逮捕された無職、君野康弘容疑者(48)に知的障害があると報じられると、インターネット上にある種の「反感」が広がった。背景にあるのは「障害→刑が軽くなる」という連想だろう。果たしてそれは事実なのか。(宝田良平)

「本当に知的障害?」
捜査関係者によると、君野容疑者は都道府県や政令市が知的障害者に交付する療育手帳を持っていた。程度は軽いとされる。
判定基準は自治体によって違う。神戸市ならIQに社会生活能力を加味し、軽度、中度、重度の3段階で判断している。同市の基準では軽度のIQは51~75。一般的に軽度の知的障害とは、身の回りのことができ、小学校を何とか卒業できる程度だとされる。
君野容疑者は9月24日に死体遺棄容疑で逮捕されてから1カ月近く、事件について黙秘を貫いた。
1人で暮らし、生活保護を受け、交流サイトのフェイスブックにも登録していた。ネットの掲示板にはこんな疑問が書き込まれた。「これで何をもって『知的障害』なんだろう」
実際、君野容疑者の障害の程度は詳しく分かっていない。10月14日に殺人容疑で再逮捕された後、一転して「大変なことをしてしまった」と女児殺害を認める供述を始めた。
だが、遺体を何カ所も切断したほか、遺体を入れたポリ袋を自宅そばの雑木林に捨て、ポリ袋の中には自身の診察券が入っているなど、行動に不可解な点も多い。
事件前は普段からほぼ毎日酒を飲み、パンツ1枚で周辺をうろついたり、目が合った人に「こっち見るな。殺すぞ」と暴言をはいたり…。奇行を繰り返して近隣住人とトラブルを起こしていた。
犯行当時も酒を飲んでいたとみられており、神戸地検は31日、刑事責任能力を調べるため裁判所に鑑定留置を請求、認められた。

責任能力の判断基準
中京大法科大学院の緒方あゆみ准教授(刑事法)によれば、精神疾患がある人の刑事責任能力の有無・程度の判断基準は昭和59年7月の最高裁決定で示され、犯行当時の病状や事件までの生活状態、犯行動機などを総合的に考慮して認定することになった。
アルコールもただ酒に酔っていたという程度では責任能力の判断に影響しないとされる。犯行当時は異常な酩酊(めいてい)状態にあったとして本来は刑罰を科さない「心神喪失」と判断されても、酩酊状態になれば事件を起こすことが分かっていた、あるいは予見できたのに飲酒したとして、完全責任能力を認めた判例もある。
では、知的障害はどうだろうか。緒方准教授が近年の判例動向をデータベースで調べたところ、軽度の知的障害のみで心神喪失や刑罰を軽くする「心神耗弱」が認められた例は見当たらなかった。
軽度の知的障害に加え、責任能力に影響する精神疾患などがある場合に心神耗弱を認めた判例が平成11年以降に4、5例あった程度だという。

厳罰の現実
一般論として「障害があることで裁判が被告に有利になることは、まずあり得ない」と言い切るのは、障害者の刑事弁護に詳しい辻川圭乃(たまの)弁護士(大阪弁護士会)だ。
辻川弁護士の実務感覚では、精神年齢が10歳に満たず、言語も発達していないような重度(IQ20~34)や最重度(IQ20未満)のときに、ようやく減軽が考慮されるという。
昨今の刑事司法はむしろ障害者に厳しい。たとえ罪を認めていても、法廷で反省をうまく口にできず、情状は悪く受け取られる。このため、必要以上に厳罰に振れやすい。素朴な市民感覚が反映されやすい裁判員裁判の導入以降、特にその傾向が強まったと辻川弁護士はみる。
その典型例が、姉を殺害したアスペルガー症候群の被告に求刑超えの判決を言い渡した大阪地裁の裁判員裁判(24年)という。
被告が(1)十分に反省していない(2)社会に同症候群の受け皿がない-ことを理由に「刑務所収容が秩序維持に資する」とされ、求刑懲役16年に対し懲役20年の判決が下された。
裁判員制度の主眼がいかに市民感覚の反映とはいえ、日本弁護士連合会や日本自閉症協会など各種団体から「差別的な隔離判決」との批判が殺到。2審大阪高裁は「公的機関の支援など社会に受け皿はある」と1審判決を破棄し、後に懲役14年が確定している。

AVの痴漢シーンを…
アスペルガーなどの発達障害や自閉症の被告では「完全黙秘」も珍しくない。
強制わいせつ容疑で逮捕された自閉症の少年が、犯行時間帯のアリバイがあったのに黙秘を貫き、家裁で不処分になるまで一言もしゃべらなかったケースもあるという。
それとは逆に、取調官に迎合し、やっていないことまで話してしまうこともある。辻川弁護士がかつて受任した強制わいせつ致傷事件では、中度の知的障害のある男性が「毎朝、通勤電車で痴漢していた」と供述していたが、実際はバスを使っていた。
アダルトビデオ(AV)で見た電車内での痴漢シーンを、自分の体験としてしゃべっていたという。「(取調官が)喜んでくれる」というのが理由だ。
辻川弁護士は「障害があるから刑を軽くすべきだとは言っていない。ただ、必要以上に重くなることは防がなければならない」と話す。
繰り返すが、君野容疑者の障害の程度は定かではない。ただ「障害があるから刑が軽くなる」とは言い切れない。
法務省の矯正統計年報によると、昨年の新受刑者2万2755人のうち、IQ69以下の人は4665人。実に2割の受刑者が、知的障害とみなされるレベルにある。
犯した罪を自覚させ、どう償わせるかが一番の問題だが、国が管理する成人刑務所の更生プログラムではあまりにも不十分だ。