リチャード・ウィルキンソン 「いかに経済格差が社会に支障をきたすか」

TED 2015年8月25日

翻訳
これからする話の真理は皆さんもご存知です 格差が対立を引き起こし社会を腐食させるという感覚は フランス革命以前から存在していました 当時と違うのは 形跡を調べ 格差の大きな社会と小さな社会を比較して その影響を見ることができることです 皆さんにそのデータをお見せして 後に紹介する関連性が 存在する理由を説明しますがまずはこの人々の惨めな表情を見てください (笑) ですが最初に ある矛盾について話したいと思います これは国民総所得に対する 平均余命を表しています 富裕国の平均値を比べています 右の方のノルウェーや 米国は 左の方のイスラエルやギリシャやポルトガルより2倍豊かだと分かります さらにこの値は平均余命に全く影響していません 関連性を示すものがないのです しかし社会の中で見ると 健康レベルの驚くような段階的な変化が 社会階級の間に見られます これも平均余命ですイングランドとウェールズの 小さな地域のデータで 左端が最富裕層で右端が最貧困層です 貧困層とその他の人々には大きな違いがあります 最富裕層から 一段下がっただけでも 健康レベルが下がります つまり所得は社会の中では とても重要な意味をもちますが 他の社会と比べると意味がないのです この矛盾を説明します 人は社会生活において 相対的所得や社会的地位 社会的身分などに目を向けます 他人と比べて自分がどの辺りか どのくらい差があるかを気にします この概念に気づいたら 次の疑問はこれでしょう 格差を広げたら あるいは狭めたら つまり所得格差を変動させたら どうなるだろうか?それをこれからお見せします 仮説的なデータは使っていません データは国際連合のもので 世界銀行のものと同じです 豊かな先進民主主義国の 所得格差の大きさを表しています 理解しやすく簡単に入手できるため 比較基準として 各国の上位20%が下位20%に比べ どのくらい富裕かというデータを使いました 左側に格差の小さい国があります 日本や北欧諸国です これらの国の上位20%は 下位20%より3.5~4倍ほど裕福です しかし格差が激しい英国や ポルトガル 米国 シンガポールでは 差がその2倍となります この基準によると 英国の格差は 他の繁栄している経済民主主義国家の2倍となりますでは 格差が社会に何をもたらすかをお見せします 社会的境遇に関する問題のデータを集めました 序列的構造の底辺で よく見られる類の問題です 国際間の比較が可能なデータで 「平均余命」「児童の算数や読み書き能力」 「幼児死亡率」「殺人発生率」 「囚人の割合」「13~19歳の出産率」 「信用率」「肥満率」 一般的診断分類で 薬物中毒やアルコール依存症を含む 「精神病率」 そして 「社会的流動性」から成っています これらの要素を1つの指標にまとめました 各要素の重率は同じです 国の位置がこれらの要素の平均値を示します この図で先ほどお見せした 格差レベルとの関係が分かります データをお見せする中でこの図は何度も使います 格差が大きい国々は これらの社会問題のほとんどに 上手く対応できていません 非常に密接な相関関係です しかし健康面・社会面の問題を まとめた同じ指標を 1人当たりの国民総生産や 国民総所得と比べても 何も見られません 相関関係は見られなくなります私たちが少し懸念していたのは 論拠に見合う問題を選んで 証拠を作り上げたと 思われるかもしれないということでした そこで英国医学誌で ユニセフによる児童福祉の指標についての研究を発表しました 他の人々が40個の要素を まとめて作成した指標で 「子供が両親に相談できるか」 「家庭に本があるか」 「予防接種率はどうか」「学校でイジメがあるか」など 考えられる要素は全て含まれています 先ほどの格差基準に対する関係を見るとこうなります 格差が大きい社会では子供の評価が良くありません 非常に有意な関連性です でも再び同様に 国民1人当たりの所得と関連させて 児童福祉を見てみると 関連性は見られません 関連性を示唆するものさえありません今までにお見せしたデータが意味するのは すべて同じことです 社会の平均的な幸福度は もはや国内生産高や経済成長には 依存していないのです 貧困国にとっては非常に重要ですが 裕福な先進国世界では重要でありません しかし社会の中での格差や お互いの相対的な身分は とても重要になってきます 私たちの作成した指標の要素をいくつかお見せします 例えばこの「信用率」は単純に 「大抵の人を信用できる」に 賛同した人の割合です 世界価値観調査によるものです 格差が一番大きいところでは 人口の約15%が 他人を信用できると感じています しかし格差が小さい社会では これが60%や65%まで増加します さらに地域社会参加や社会資本の比較基準に 目を向けると 格差レベルとの とても密接な関連性が見られます実を言うと この作業は二度行っています 初めに裕福な先進国を調査した後 次に別の検定対象として アメリカの全50州で同じ分析をしました 全く同じ質問です 「格差の大きい州だと これらの比較基準は下がるか?」 これは連邦政府による格差に関する社会調査からの 信用率データです 似たような信用率の幅上の 非常によく似た散布パターンです 同じ現象が起きています 基本的に 各国の信用率に関係するものはほとんど全て 別に検定した米50州の信用率とも 関連性があると分かりました 偶然の関連性ではないのですこちらは精神病率です 世界保健機関が 国ごとの無作為標本に 同様の問診を行い収集したデータです これによって各社会の精神病率を 比較することができます この図は前年に 精神病と診断された人口の割合です 約8%から最高その3倍までの 幅となっています いくつかの国では 精神病率が他国の3倍なのです そしてこれもまた格差と密接に関係していますこれは暴力の割合です 赤い点がアメリカの州 青い三角がカナダの州を表しています しかしスケールの違いを見て下さい 人口百万人に対しての殺人件数が 15件から最大で150件に及びます こちらは囚人の割合を表しています だいたい10倍もの違いが 対数目盛り上に広がっています 囚人の割合は百万人に対し 約40人から400人です ここにある関係は 犯罪数に影響されていません 場所によっては犯罪数は原因の一部でもあります しかしほとんどの場合の原因は 懲罰的な厳しい裁判判決によるものです また格差の大きい社会では 多くの場合依然として死刑制度があります こちらは高校中退生の数です また大きな差が見えます 人口単位の能力活用性を考えると 非常に大きな悪影響ですこのデータは社会的流動性についてです 実際には所得を基に 流動性を測定したものです 基本的に何を見ているかと言うと 裕福な父親の息子は裕福で 貧しい父親の息子は貧しいか それとも父子の富に関連性はないのかです 格差が大きいところでは 父親の所得は非常に重要になってきます イギリスやアメリカがその例です 北欧諸国での父親の所得は そこまで重要ではありません 社会的流動性が高いからです これはよく言っていることですが― 会場にはアメリカの方がたくさんいますが アメリカン・ドリームを叶えたいなら デンマークに行くべきです(笑)(拍手)いくつかの要素に焦点を当てて紹介しましたが 他にも問題はたくさんありました 全て社会的境遇の良くない層で よく見られる問題です しかし格差が大きい国だと悪化する問題は 数え切れません 少し悪化するだけでなく 2~10倍に増加します この代償となる 人的損失の大きさを考えて下さい前にお見せしたこの図に戻りましょう 2つのことを強調するため 全ての要素をまとめた図です 1つは どの図を見ても どの問題の状況であれ 良くない結果になっている国は 格差の大きい国々で 逆に上手くいっている国は 北欧諸国と日本だということです つまりここにあるのは 格差に関連した全体的な社会的機能不全です 1つや2つのことが問題なのではなく ほとんどのことが問題になりますこの図で強調したい2つ目の重要点は 左下の方に目を向けると スウェーデンと日本がありますが この2国はあらゆる面で異なるということです 女性の立場や どれほど核家族単位であるかは 裕福な先進国の中では まさに正反対に位置します もう1つの重要な違いは 格差を小さくするやり方です スウェーデンは所得格差が大きいので 課税や社会保障制度 そして寛大な福祉などで 格差を小さくしています しかし日本ではかなり違います そもそも税込み所得の格差がずっと小さいのです そして税金が低く 社会保障は少なめです 米国各州の分析からも ほぼ同じ対比が見られました 所得の再分配によって上手くやっている州や 税込み所得の格差が小さいため 上手くやっている州もあります ですから結論としては 格差を小さくできるのであれば 手段は問わないということです完全に格差をなくせと言うのでなく 格差の小さい豊かな先進民主主義国で既に見られるレベルにということです この状況において もう1つ非常に驚くのは 格差によって影響を受けるのが 貧困層だけではないことです 「人は一人では生きていけない」 ジョン・ダンの格言に何らかの真実があるようです 多くの研究から人々が格差の大きい国・小さい国の それぞれの社会階級の中でどのような生活をしているか 比較することができます これは一例に過ぎませんが 幼児の死亡率を表しています 何人かのスウェーデン人学者が親切にも 幼児の死亡率を英国統計局の社会経済的分類に基づいて分類してくれました 時代錯誤な 父親の職業による分類なので 「ひとり親」は別項目となります 左から2番目の「Low(下流階級)」は 訓練を要しない肉体労働職を示します 真ん中辺りは訓練を要する肉体労働者 そしてホワイト・カラーへと続き 右端の上流階級 つまり医者・弁護士・ 大企業の取締役などの 専門職となりますご覧の通り スウェーデンの幼児死亡率は どの社会階級を見てもイギリスより低くなっています 最大の差は下流階級で見られます しかし上流階級であっても 格差の少ない社会に住む利点が 少なからずあるようです このことは5つほどの別々のデータで証明しました 教育成果や健康に関する アメリカと世界のデータです どうもこれは一般的な現象のようです 格差縮小は労働者階級に最大の影響を与えますが 上流階級にもある程度の恩恵があるということですしかし実際に何が起こっているのか少しお話すべきですね 私は 格差の心理社会的な影響があるのだと思います 優越感や劣等感 評価の高低 尊敬・軽蔑などに もっと関係していると思います そして当然ながらこのような 地位争いから生まれる感情が 世の中の消費者主義を駆り立てるのです さらに地位的な不安にもつながります どう評価され どう見られているか 感じが良く気の利いた人と思われているかなど そういったことをもっと気にするようになります 社会的評価に対する恐れが 増加するのです興味深いことに 社会心理学で同じ類の研究が進められています 208件の別々の研究が検討されたのですが それらの研究では 心理学研究室に集まってもらった ボランティアたちの ストレスホルモンを測定し ストレスがたまる作業への反応を調べました データ検証で 彼らが見たいと思っていたのは どのようなストレスが 主要ストレスホルモンであるコルチゾールの値を 最も確実に上げるかでした 結果的にそれは 社会的評価を脅かすような作業でした 他人にマイナス評価される可能性がある 自尊心や社会的地位を脅かすものでした このような種類のストレスは ストレスの生理機能に 非常に独特な影響を及ぼしますさて 私たちは批評を受けてきています もちろんこの手の研究を嫌う人や たいそう心外だと思う人もいます しかし言っておきます データを選別していると批判されますが 決して選別などしていません 無条件のルールがあり データ源に調査対象国のデータがある場合 そのデータは分析されます 私たちではなく データ収集者が データの信頼性を決めます でないとバイアスが起こるからです他の国はどうなっているんだ? 論文審査のある学術誌には 所得格差の観点から見た健康の研究が 200件もあります この現象は対象国に限られておらず 普通の状況を 隠しているわけではないのです 同じ国を対象にして 同じ格差測定基準を 様々な問題に使っているが どうして他の因子を制御しないのか? 1人当たりの国民総生産は 関係ないとお見せしました そしてもちろん もっと高度な手法を用いている他の学者たちは 貧困や教育などの因子を 制御した研究を出しています因果関係はどうなのか? 相関関係自体は因果関係を証明しません じっくり考察しましたが 実際 結論のいくつかにおいては 人々は因果関係をよく理解しています 豊かな先進国における 健康の要因についての理解で 大きく変わったのは 免疫系・心臓血管系に影響を与える 社会的な慢性ストレスが いかに問題であるか分かったことです また別の例として 格差の大きい社会で暴力が増加するのは 人々が見下されることに反応するのが原因だということですこれを解決するには 税引き前後の所得格差是正に 取り組む必要があると言えるでしょう 上層部の給与やボーナス慣例などの所得を 制限しなければなりません 幹部が自社の従業員に対する責任を 何らかの形で持つようにするべきだと思います しかし覚えておいてほしいのは 根本的な人の暮らしの質は 人々の所得格差を下げることによって 向上できるということです 社会全体の心理社会的幸福度への 理解を私たちは突如得たわけです うれしいことですありがとうございました(拍手)

所得格差の大きい社会はどういうわけか悪化していると私たちは直観的に感じています。リチャード・ウィルキンソンは信頼できる経済格差のデータを図表にし、格差が広がりすぎると健康や寿命、さらには信用のような非常に基本的な価値観などに対する実質的な影響が悪化するのだと説きます。 ( translated by Naoki Funahashi , reviewed by Sawa Horibe )

朝夕は保育士1人体制でもOKに?保育士の7割が省令改正案に反対

@DIME 2015年8月25日

現在、児童福祉法で定められている保育士の配置基準では、最低でも保育士の資格保有者を常に2人配置することが定められている。また、各自治体の認可外保育施設指導監督基準でも、常時複数の有資格者を置くことと明記されている。ところが、厚生労働省は、朝と夕方に限り、現状2人以上の配置が定められている保育士の数を1人に減らすことを検討している。
厚生労働省が検討しているのは、これを送迎の朝と夕の時間帯のみ、有資格者1名+「保育ママ」などの保育業務経験者1名で運営できるようにするというもの。これは2017年度末には約7万人の保育士不足が見込まれることから検討されている規制緩和で、すでに2015年4月からは、一部地域で試験的に取り入れられている。また、厚労省では、事業者や利用する保護者からの強い反対が無ければ、政令を改正する見込みだ。
そんな中、保育士や幼稚園教諭の人材紹介サービス「保育のお仕事」を展開する、株式会社ウェルクスは、この省令改正案について保育士さんを中心とする100名を対象に、意識調査を実施。省令改定の賛否について、現場で働く保育士のリアルな意見が寄せられた。
今回のアンケートでは、まずこの省令改正案に対する認知度を聞いたところ、「良く知っている」と回答したのは全体の10%にとどまった。「だいたい知っている」「聞いたことはある」という回答もそれぞれ9%、11%といずれも認知度が低く、一方で「知らなかった」という回答は70%という結果に。
続いて、改定の意図や内容を伝えたうえで、省令改定の賛否について伺ったところ、71%の方は「反対」と回答。「賛成」というご意見はわずか16%にとどまった。改定に賛成する方の意見としては、「無資格でも働けるチャンスが増えるから」という意見が最も多く、その他「既にそのような体制を取っている」などのご意見もあった。
一方で、反対理由の多数を占めたのが「朝夕は保護者対応などで忙しく、保育士2人体制は必須だと思うから」というもの。実に71人の反対回答者のうち63人がこの理由を挙げていた。その他「有資格者の負担が増えるから(39人)」「待機児童問題解消の根本的な施策になっていないと思うから(36人)」「保育の質が下がると思うから(35人)」というご意見の他、「子どもに何かあったときの対応は1人では厳しく、責任も重い。(20代/女性)」などの声も寄せられた。
この改正案について、自由記述形式で得られた意見は以下の通り。※一部抜粋
「朝夕は保護者対応があるのに保育士でない人が対応するなんて有り得ない。朝夕は怪我などの注意も日中以上に必要だし、欠席連絡などもありとても大変。保育士の待遇改善を考えず無資格者に対応させれば良いと言うのは、保育士を誰でも出来るような仕事だと思っているように感じる(40代/女性)」
「保育士の人材確保が難しいためとは言っているが、この改定案ではさらに責任や負担が増え、人材が減っていく一方だと思われる。(20代/女性)」
厚労省は、大きな反対がなければ省令を改正するとしているが、まずこの改正案について、現場を含めもっと広く広報することも必要だと思われる。同時に有事の際の責任はどうするのか、そもそも現状で人が足りていると言えるのか、保護者の意見は?保育士の意見は…?行政にはさまざまなことを入念に検討し、当事者の声をしっかりと収集することを期待したい。

アンケート調査概要
・実施期間:2015年7月31日~8月20日
・実施対象:保育士(79.0%)・幼稚園教諭(6.0%)その他保育関連職(4.0%)・学生(4.0%)・その他(7.0%)
・回答者数:100人(平均年齢:32.4歳)
・男女割合:女性/99.0%・男性/1.0%

幼児プール事故、監視に人手不足の壁 防止策を模索

京都新聞 2015年8月25日

保育園や幼稚園でのプール事故が全国で後を絶たない。京都市でも昨年、男児が死亡する事故が起こり、市は保育園などに対し、監視専任者の配置や事故対応マニュアルの作成を求めている。各園は安全対策の見直しを進めるが、人手不足で限界があるとの声も漏れる。有効な事故防止策の模索が続く。
京都市内の保育園にはプールの水温や水質管理に関する規定はあったが、具体的な事故対応は各園の判断に任されていた。しかし、昨年7月に上京区のせいしん幼児園で男児=当時(4)=がプールで亡くなったことを受け、市は緊急時のマニュアルの手引きや、安全項目を確認できる点検表を作成。4月から市内の全保育園に、プールや水遊びをする際の留意点をまとめたハンドブックも配った。
ハンドブックは事故防止に特化した内容で、指導者とは別に監視に専念する人の配置や、職員対象の応急処置講習を行うことを指示している。市の担当者は「事故のリスクをゼロにすることはできないが、危険を認識することで重大事故を防ぎたい」と説明する。
幼稚園を管轄する京都市教委も2012年の左京区の養徳小プール事故を教訓に、救命救急研修用のDVDを幼稚園関係者に閲覧できるようにするなど対策に取り組んでいる。
保育現場の意識も高まっている。市内の保育園では、職員が自動体外式除細動器(AED)を迅速に使えるよう講習を繰り返し、プールでの出来事を日誌にまとめるなど万全な備えを目指している。市保育園連盟の片岡滋夫理事長は「安全対策について知らなかったでは済まされない。対策は常に見直していかなければならない」と強調する。
一方、安全対策を見直す中で課題もみえる。市内のある公立保育園の園長は、監視と指導の役割分担は必要だが、少子化などで経営が厳しく、新たに監視担当者を雇う余裕はないと言い切る。保育士同士の応援で対応しているが、手薄になる部署が生じており、「夏場だけでも人を増やせるよう、行政の支援がほしい」と話す。

リスク踏まえ工夫を
保育の危機管理に詳しい関川芳孝大阪府立大教授(社会福祉法制論)の話 規模の小さい園でもリスクマネジメントは必要。保育方法を見直して職員の負担を減らすなど工夫次第で、プール遊びの安全対策はできる。重大事故につながるリスクを日ごろから把握し、マニュアルの作成や改訂、過去の教訓の共有など、安全対策を徹底し繰り返すことが大切だ。

介護保険料月5000円→8000円 負担はどこまで膨らむのか?

産経新聞 2015年8月25日

「介護」が高齢者の家計や国の財政を直撃する負担激増時代の足音が迫っている。団塊の世代が75歳以上になる10年後の平成37年度は、高齢化の進展で介護サービスの利用者は200万人近く増え、670万人を突破する。介護給付費は倍増の約20兆円、介護保険料も全国平均で月額3000円近く増え、8000円を超える。政府は8月から所得に応じて介護利用料(一律1割)の2割負担に踏み切ったが、負担増到来への序章に過ぎない。

天井知らず
在宅や介護施設で介助や食事などのサービスを利用した料金は、利用者が原則1割を負担し、残りは税金と保険料が半分ずつカバーしている。うち65歳以上が毎月支払う介護保険料は地方自治体や広域連合が3年に一度見直す仕組みだ。今年度は見直し時期にあたり、65歳以上は4月から新しい保険料が年金から天引きされている。
ただ、保険料は介護保険制度が発足した12年度以来、介護需要の高まりとともに、「天井知らず」の“高騰”を続けている。
発足当初は全国平均で2911円。15年後の今年度からは5514円になり、37年度には8165円(厚生労働省の推計)に達するが、あくまで全国平均で、保険料はそれぞれの自治体などが介護事業者に支払う費用を基に、介護を必要としている高齢者数などで算定しており、地域で保険料が異なる「地域格差」がある。
厚労省の推計通り37年度に全国平均8165円に達した場合、「保険料の最高額が1万円を突破する自治体も出てくる」(厚労省幹部)といい、年金暮らしの高齢者の家計を直撃する。
その予兆は今年度の見直しで読み取れる。高齢者の健康維持のため、介護予防に力を入れ、保険料を引き下げた自治体や広域連合は全体の1・7%に当たる27しかない。
逆に、全体の94%にあたる1488の自治体などは保険料を引き上げたのだ。最高額は奈良県天川村。美しい大自然に恵まれ、その4分の1が吉野熊野国立公園に指定されている山村の高齢化率は46・7%と高く、昨年度まで4849円だった保険料は一気に8686円にアップし、1万円台は時間の問題だ。
対照的に最も低い鹿児島県三島村は離島で施設が少ないことなどから、2800円(今回は据え置き)。天川村との差は5886円もある。厚労省によると、高齢化率や要介護の認定率が高いところほど上昇する傾向が強い。

被災地痛撃
今回の保険料改定では、東京電力福島第1原発事故に伴う避難区域の双葉、大熊、楢葉、浪江の4町と飯舘、葛尾両村が高額保険料上位20以内に入った。特に8003円の飯舘村は天川村に次ぐ2位となった。
国の特例措置で避難区域の高齢者について、保険料と利用料の自己負担は原則として全額免除されているものの、避難暮らしで体調を崩した高齢者が増えたことに伴い、要介護の認定率が上昇、結果的に保険料がアップした。
「事故前は三世代や二世代同居で高齢者の面倒をみる家族がいたが、避難暮らしで家族がバラバラなった。さらに、避難暮らしで引きこもり、畑仕事で身体を動かす機会も減ったからではないか」。厚労省幹部はこう分析する。
保険料の上昇は当然、介護費の上昇に直結する。介護給付費は26年度で約10兆円だが、団塊の世代をはじめ、介護を必要とする高齢者が増える37年度は約20兆円に跳ね上がる。こちらも天井知らずの膨張で、国の財政を圧迫する。

応益負担
家計も国の財政も介護費増大で破綻しかねない事態を回避するため、政府は8月から制度発足以来、初めて利用者の自己負担を現行の1割から2割に引き上げた。対象は一定の所得のある高齢者で、単身で収入が年金だけの場合は年280万円以上。個人単位で認定されるため、夫婦で年金合計額が346万円以上で「夫が280万円以上、妻が280万円未満」の場合は「夫が2割・妻は1割のまま」と負担が異なるケースもある。
厚労省としては、所得があれば高齢者でも支払い能力に応じて、より多く負担してもらう「応能負担」の方針を打ち出し、膨らむ介護費の抑制につなげるのが狙いだ。2割負担の対象になるのは60万人。介護サービス利用者506万人(4月時点)の約12%に相当する。厚労省によると、今回の負担増で、利用者負担を除く介護費は29年度に720億円の抑制になると試算している。
だが、2割負担を導入しても抑制額は介護費年約10兆円の1%に満たず、さらなる負担増の動きも出始めている。財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が6月に出した建議では、介護保険制度改革として「2割負担の対象者拡大」を盛り込んだ。
先手を打たれた厚労省は警戒するものの、超高齢社会が本格的に到来する37年度まで残された時間を踏まえれば、対象者拡大を含めて痛みを伴う改革論議が急務だ。(政治部 岡田浩明)