なぜ防げなかった?乳児虐待死事件「特定妊婦」機能せず 母子支援に縦割りの壁

西日本新聞 2015年10月25日

宮崎県都城市の自宅アパートで昨年6月、生後5カ月の次男を放置し餓死させたとして保護責任者遺棄致死罪に問われた元ホステスの母親(22)の裁判員裁判で、宮崎地裁(滝岡俊文裁判長)が9月18日に言い渡した懲役5年の判決が確定した。未婚で経済的不安も抱えていた母親は、長男の育児放棄の疑いなど数々の兆候があり、市に情報提供があったが、妊娠期から支援する「特定妊婦」の対象にもなっていなかった。背景には、縦割り行政と各担当者の危機感の薄さが指摘されている。

機能しなかった「特定妊婦」
特定妊婦は、2008年の児童福祉法の改正で、「出産後の養育について、出産前の支援が特に必要な妊婦」として法的に位置づけられた。妊娠期から支援し、孤立して虐待に陥る可能性を防ぐ狙いだ。都城市は特定妊婦を掘り起こすため、11年度から妊娠届け時の独自アンケートを始め、事件当時には十数件の支援をしていたという。にもかかわらず、実際にはこの母親は支援対象とはならなかった。なぜなのか。
長男が生後2カ月だった11年、都城市は母親の生活保護申請を却下。その後、事件の1年半前までに保育園から2度、長男の育児放棄疑いの通報が市にあった。次男の妊娠届け時のアンケートでは、未婚で自らも父子家庭で、経済的不安を抱えていたことが分かっていた。これらの情報は、それぞれの担当課や担当者でとどまり、全体が共有されることはなかったという。

切迫感を…
事件を教訓に、都城市は今年2月、市民税課や建築課など関係課の職員を集めて虐待の研修会を開き、情報集約の態勢強化を図った。4月からは母子管理カードにはきょうだいの記入欄を設け、個々の児童の情報が妊婦単位で把握できるように改善。児童虐待防止を担当するこども課は、育児に不安がある妊婦や母親については、定期的に各課に照会して情報集約する仕組みに変えた。
NPO法人子ども虐待防止みやざきの会の花野典子理事=宮崎県立看護大名誉教授=は「母親の無責任さは非難されるべきだが、母親を責めて終わりではない。行政担当者の一人一人が子どもを虐待から守るという自覚を持つ必要がある」と話す。日本子ども虐待防止学会の中板育美監事は「特定妊婦の支援のノウハウは整いきれていない。虐待はさまざまなミスが重なって起きるもので、関係者にはいっそう切迫感が必要だ」と指摘している。

飲酒・喫煙「18歳」引き下げ 根強い反対論の背景とは?

THE PAGE 2015年10月25日

飲酒・喫煙の禁止年齢の18歳への引き下げが議論になっています。自民党の特命委員会は先月、「民法」上の成人年齢を18歳に、「少年法」適用年齢を18歳未満に引き下げる内容の提言を安倍晋三首相に提出しました。一方で、飲酒・喫煙については、「18歳以上」と現行の「20歳以上」の両論併記する形となりました。「引き続き社会的なコンセンサスが得られるよう、国民にも広く意見を聞きつつ、医学的見地や社会的影響について慎重な検討を加える」と今後も検討を続ける姿勢をみせていますが、党内外から反対の声も強く、白紙撤回したと見る向きもあります。

<国民投票法>3つの「18歳」があるってどういうこと?
では、一体なぜ飲酒・喫煙の解禁年齢を引き下げてはいけないのでしょうか? 各国の事情をみながら、改めて引き下げの是非について考えてみましょう。

主要国の多くで「18歳以上」の流れ
昨年6月に、憲法を改正することに賛成か反対かを決める「国民投票法」の年齢が18歳以上に引き下げられました。これに合わせ、選挙権の年齢引き下げの議論も活発化し、今年6月、選挙権の取得年齢を定めた「公職選挙法」が改正され、来夏の参院選挙から18歳以上が投票できるようになったのです。さらに、同じ20歳以上と法律で規定されている飲酒、喫煙に関しても、整合性の観点から議論が及んだのが今回の背景です。
さらに引き下げの理由として挙げられるのが、海外との比較です。法定飲酒年齢はフランスやイタリア、ベルギーなどが16歳以上、イギリス、オーストラリア、ポルトガル、タイ、台湾などが18歳以上で規定されています。アメリカは一部の州を除いて21歳以上です。喫煙は、イギリス、キューバなどで16歳以上、タイ、オーストラリア、アメリカ(一部の州を除く)などが18歳以上です。お隣の韓国では、2013年の民法改正で成人年齢が満20歳から満19歳に引き下げられ、飲酒と喫煙も満19歳になる年の1月1日から可能になりました。
世界的に見れば、飲酒・喫煙の最低年齢を20歳未満に規定することが主流なようです。日本は解禁年齢が遅い数少ない国ですので、世界と同調しようという動きがあるのでしょう。

将来的な健康被害や教育現場の混乱
一方で、引き下げには否定的な声も根強くあります。どのような理由から反対するのでしょうか? 日本禁煙学会の理事を務める片山律弁護士は次のように指摘します。
「まず挙げられるは健康被害です。『喫煙と健康問題に関する実態調査』(平成10年度厚生労働省)には、吸い始める年齢が若いほどニコチン依存度が高い人が増えるとの報告があります。20年後30年後に、禁煙できるかどうかや、がんなどになっているかもしれないと想像して、喫煙を始めるかどうかを決めるのは難しいですよね。18歳で選挙権があるからといって、たばこを吸うか吸わないかの自由もあるだろうというのはナンセンスです」
厚労省によると、喫煙の開始時期を“青少年期”と“成人後”で比べると、青少年期に始めた方が虚血性心疾患やがんなどの危険性が高くなるデータもあります。肺がんでは、20歳未満で喫煙を開始した場合の死亡率は、非喫煙者に比べて5.5倍となっています。
アルコール依存症に関しても、青年期の飲酒が深く関わっています。同省には、「15歳以下から」と「21歳以上から」で、お酒を飲み始めた場合を比べると、アルコール依存症になる確率が3倍以上に上がるという調査や、未成年のうちから飲酒しているとアルコール依存症のリスクが高まることが報告されています。科学的な根拠として、早期の飲酒喫煙の開始の危険性が認められているのです。
「そのほか現実的に問題があると思われるのは、学校教育の場面ではないでしょうか。校則では禁止されている一方、法律では許可されるというねじれた状況は、教師が困ることになるのは想像できます。生徒は3年生の途中から順番に18歳に達していくので、一律に喫煙を禁止する指導ができません。法律で喫煙が認められていても、校則で喫煙禁止を規定することはできますが、現実問題として生徒にどうして駄目なのかを問われた場合に、『校則だから』としか言えず説得力に欠けます。教育現場の混乱を招くでしょう」(片山弁護士)
いつどの生徒が18歳を迎えるか把握する必要がでるなど、教師の負担が増えるのは確実です。二日酔いでの登校なども考えられ、飲酒喫煙は学校教育の観点からは不適切を考えるようです。

立法趣旨が「公職選挙法」などと違う
片山弁護士は、そもそも立法の趣旨が公職選挙法や民法の成人年齢とは違うとも指摘します。
「法律の立法趣旨からも賛成できません。未成年者喫煙禁止法や未成年者飲酒禁止法の第1条は、『満20年に至らざる者は…』と規定されており、『“成年”に至らざるもの』としていません。選挙権や成年の年齢引き下げと、飲酒喫煙の年齢を引き下げる話はその立法趣旨が異なるので一緒に検討すべきものではないのです。『早いうちから政治に関心を持つ』という趣旨での引き下げはわかるが、『若者の健康を守る』という趣旨からすると、こちらはスライドする必要はなく、むしろ引き上げたっていいとも思います」

海外では解禁年齢「引き上げ」の動きも
最近では米国医学研究所(IOM)が、アメリカでのたばこを購入できる年齢を、18歳以上から21歳以上に引き上げることを支持する報告書をまとめました。その理由は早死にや低体重の赤ちゃんを減らし、15~17歳で喫煙を開始する少年少女を減らすことです。報告書では、最低年齢を21歳に引き上げれば、早産児が約28万6000人、低出生体重児が43万8000人減少すると見込まれています。公衆衛生局の2013年統計で、喫煙者の約3分の2は18歳になる前から喫煙し、10代だとニコチン依存症になりやすいというデータもあります。
このように科学的に喫煙の健康被害が立証され始め、ニューヨーク市やコロンビア市(ミズーリ州)などの都市では、最近最低年齢が21歳に引き上げられました。来年1月からはハワイ州でも喫煙の年齢が21歳以上に引き上げられる予定で、解禁年齢の引き上げの機運が高まっています。
飲酒に関しても、世界保健機関(WHO)が若者の飲酒問題の対策として飲酒禁止年齢の引き上げの提言をしているほか、厚労省も国民の健康づくりを推し進める「健康日本21」の施策の中で未成年者飲酒をゼロにすることが目標とする動きがあるのです。
解禁年齢の設定は、施行当時の時代背景などの影響を受けています。片山弁護士は「事実、今規定されている法律がすべて正しいわけではありません」と指摘し、現在の世界各国の基準に合わせるべきではないとしています。飲酒喫煙に関する世界の潮流の変化や健康被害に関するデータも揃ってきましたので、解禁年齢の引き下げは慎重に進める必要があるでしょう。

貧困と生活保護 扶養義務ってどういうもの? 生活保護との関係は?

読売新聞(ヨミドクター) 2015年10月25日

2012年、人気お笑いタレントの母親が生活保護を受けていたことをめぐって、一部の雑誌、民放テレビ、国会議員などが激しい生活保護バッシングを繰り広げました。その結果、2013年12月に行われた生活保護法改正では、扶養義務に関する行政の調査権限の強化が行われました。
しかし、この問題は冷静に考える必要があります。
法律上の扶養義務は、広範囲の親族に無条件に要求されるものではないこと、お笑いタレントのケースは、法律に触れる「不正受給」ではなく、道義的にどうかというレベルにとどまること、生活保護に関して親族の扶養義務を強調していくと、いろいろなマイナスの問題が生じることを、理解していただきたいと思います。
今回はまず、法律的に見てどうなのかを確認していきましょう。

民法はどうなっているか
扶養について定めているのは、民法のうち、いわゆる家族法の部分にある以下の条文です。

・民法752条
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
・民法877条
直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3 前項の規定による審判があった後、事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

その次の878条では、扶養の順位、扶養の程度・方法について協議がととのわないか協議できないときは、家庭裁判所が定めるとしています。その場合、扶養の程度・方法については、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して定めます(879条)。
したがって、民法上の扶養義務が一般的にあるのは「夫婦、直系血族、兄弟姉妹」の範囲です。このうち直系血族というのは、親、子、祖父母、孫といった縦の関係です。
それ以外の3親等内の親族が扶養義務を負うのは、特別な事情があって家庭裁判所が審判で定めた場合だけなので、例外的なケースです。たとえば過去に本人から多額の生活費援助を受けていためいが、何らかの理由で大金持ちになったような場合でしょう。
前者(夫婦、直系血族、兄弟姉妹)を絶対的扶養義務者、後者(それ以外の3親等内の親族)を相対的扶養義務者と呼ぶことがあり、厚生労働省が定めた生活保護の実施要領にも登場しますが、これらは非常に誤解を招きやすい用語です。以下で説明するように、前者は、けっして「絶対的」な義務ではないし、後者は「例外的な扶養義務」とでも呼ぶほうが内容に合うからです。
法学用語はいったん使われると、意味に問題があっても、漢字がむずかしくても、なかなか変わりませんが、民法関係の学会は、早急に用語を改めるべきだと思います(たとえば尊属、卑属という用語もそうです)。

「生活保持義務」と「生活扶助義務」
夫婦、直系血族、兄弟姉妹の扶養義務は、「生活保持義務」と「生活扶助義務」に分けて考えるのが民法学の通説(一般的な考え方)です。過去の判例でも、その考え方が確立しています。生活保護の実施要領や、実務用に出版されている『生活保護手帳 別冊問答集』も、同じ考え方に立っているのですが、ていねいな説明が書かれていないため、よく理解していない福祉事務所の職員もいます。
「生活保持義務」は、夫婦間と、未成熟の子に対する親からの扶養が対象です。自分と同程度の水準の生活をできるようにする義務があるとされています。これは内容的に「強い義務」だと言えます。ただし、自分の健康で文化的な最低限度の生活に必要な費用(生活保護基準額)を削ってまで援助する必要はないという解釈が一般的です。
「生活扶助義務」のほうは、成熟した子と親の関係、祖父母や孫との関係、そして兄弟姉妹の関係が対象です。自分が健康で文化的な最低限度の生活水準を超えて、しかも社会的地位にふさわしい生活を維持したうえで、なお経済的余力があるときに、援助する義務があるとされています。簡単に言うと、余裕があったら援助するべきという「弱い義務」です。
改めて整理すると、民法上の扶養義務は、次の3段階に分かれるということです。

・生活保持義務:夫婦間、未成熟の子に対する親=自分と同程度の生活水準を提供する
・生活扶助義務:成熟した子と親、直系血族、兄弟姉妹=自分の生活に経済的余裕があるとき
・例外的な扶養義務:3親等内の親族で、特別の事情がある=家庭裁判所が審判で定める

民法上の義務は、当事者間の問題
勘違いしてはいけないのは、民法上の扶養義務は、基本的には当事者間の問題であって、第三者がどうこうできる筋合いのものではないということです。
生活に困った人は、扶養義務者に対して扶養を請求する権利を持ち、話し合いで決まらないときは家庭裁判所に申し立てて扶養の実行を求めることができます。もしも審判や調停で確定した内容を相手が実行しないときは、裁判所を通じて強制執行することもできます。よくあるのは、別居中または離婚した妻が、子どもの養育費を夫に請求するケースです。未成熟の子に対する親の生活保持義務が、請求の重要な根拠のひとつになります。
とはいえ、権利があっても扶養を請求しないのは自由です。また、扶養義務を果たさないからといって、公的に責められることはなく、刑事罰はありません。

扶養は保護に優先するが、要件ではない
では、生活保護との関係はどうなるのでしょうか。
民法の扶養義務は、まともな公的扶助制度のなかった明治時代に作られた民法から引き継がれてきたもので、生活に困った人が私的扶養と公的扶助(生活保護)のどちらを選ぶべきかという規定は、現在も民法にはありません。つまりは本人の自由です。
けれども、生活保護法には「補足性の原理」があります。民法にもとづく扶養は、保護に優先します。「優先」とは、実際にあるならば、そちらを先に使うという意味であって、保護の「要件」とは違います。したがって、生活に困っている人の身内に経済力のある扶養義務者がいても、実際に援助を受けていないとき、援助の確実な約束と準備がないとき、援助の金額が保護基準額に足りないときは、保護を受けることができます。
実はかつて、扶養の請求が生活保護の要件であるかのような解釈を旧厚生省が示し、それに沿った運用が行われていたのですが、2008年度から2009年度にかけての実施要領の改正で、要件ではなく「優先」であることが明確にされました。扶養は自分の努力だけで得られるものではないので、活用すべき「あらゆるもの」には含まれないというのが厚労省の現在の見解です。
生活に困って福祉事務所に来た人に対して、窓口担当者が「生活保護より先に身内に援助を頼んで」などと言って申請させずに追い返すケースがしばしばありましたが、扶養の位置づけを取り違えているという面でも、申請権の侵害という面でも、間違っています。

福祉事務所は何をできるか
生活保護の申請があると、福祉事務所は、扶養の可能な近親者がいるかどうかを調査します。そして、扶養を期待できる扶養義務者がいれば、扶養を求めるよう本人に促します。正確に言うと、保護申請中の段階では「助言」しかできず、保護を開始した後に初めて「指導」できます。
とはいえ、扶養を求めるかどうかを決めるのは本人であり、応じるかどうかを決めるのは相手です。福祉事務所が強制することはできません。お金の援助について、法律をタテにして扱うと、人間関係が壊れてしまいます。できるだけ当事者間の話し合いによって円満に解決するべきだ、と厚労省は説明しています。
では、扶養義務のある近親者の中に大金持ちがいても、何もできないのか。生活保護法には次の条文があります。行政から、その近親者に対して事後的に費用を請求できるという規定です。

お笑いタレントの件は、不正受給ではない

・生活保護法77条
被保護者に対して民法の規定により扶養の義務を履行しなければならない者があるときは、その義務の範囲内において、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の全部又は一部を、その者から徴収することができる。
2 前項の場合において、扶養義務者の負担すべき額について、保護の実施機関と扶養義務者の間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、保護の実施機関の申立により家庭裁判所が、これを定める。

徴収と言っても、税金のように行政による強制徴収はできません。また、「生活保持義務」の関係にある場合を除いて、こういう強硬手段を取りうるのは、相手が明らかに富裕で、本人との関係も特に悪くない場合ぐらいでしょう。
ここまで説明してくれば、お笑いタレントの母親のケースが不正受給にならないことはわかるでしょう。扶養は、保護の要件ではなく、実際にあったら「優先」されるという位置づけのものだし、子どもから親への扶養は、弱い義務にとどまるからです。このタレントは、お笑いの世界に入ってから貧しい時代が長く、収入が多くなってからは福祉事務所と協議して母親に仕送りを行い、途中で増額したそうですから、法律上の問題は何もない。あるとすれば、仕送りの額が当時の収入に照らして妥当だったかという問題だけです。
不正受給とは、収入、資産、必要経費などを偽って保護費を得ることです。いいかげんな法律知識のまま、不正と印象づける報道や発言は、名誉毀損きそんにあたるし、母親の生活保護に関する情報の出所によっては、地方公務員法の守秘義務違反(刑事罰あり)かもしれません。(原昌平 読売新聞大阪本社編集委員)

いま「保育」と「介護」のサービス向上に求められている共通事項とは?

Mocosuku Woman 2015年10月26日

働きながら子育てをするために欠かせない「保育施設」、また身体障害や加齢に伴い介護を必要とする人に欠かせないのが「介護サービス」です。いずれも、時代の要請から生活に欠かせないサービスとなりました。ところが、施設数が足りない、サービスの質が悪いといった問題も起きています。そうした要因のひとつに挙げられるのが、働く保育士や介護士の仕事が、「仕事がきついわりに収入面でも魅力がない」と不人気職種になっていることです。

驚きの年収実態
平成26年の賃金構造基本統計調査によると、女性保育士の平均年収は、約314万円という結果でした。女性幼稚園教諭の年収と比べると、27万円程度低いのです。一方、介護分野では、福祉施設(高齢者施設など)の女性介護員の年収が約299万円、訪問介護サービスを行う女性ホームヘルパーの年収は約291万円と、さらに少ない額です。
専門職であるケアマネージャー(女性)といえども、その平均年収は約363万円と、全産業の平均年収の379万円を下回る水準に止まります。
保育士、介護士に共通しているのは、「女性活躍職種」であるという点です。一般的に日本では、どのような職種においても賃金の男女格差は存在しており、その格差是正は急務であることは間違いありません。保育・介護職種においてもそれは同じです。ですが、この分野に限っては、男性であっても賃金は低く、全業種平均に届いていない実態なのです。

公定価格によるところが大きい職種
もうひとつ共通点として挙げられるのが、保育にしても介護にしても、収入の柱は公定価格で決められている点です。たとえば、保育園等であれば一定の利用者負担とともに公的な給付金等により成り立っており、国により公定価格が定められています。介護も同様に公的な負担が中心となり介護報酬が定められています。
同様の仕組みは、保険診療報酬についても見られます。とりわけ高度な知識と技量を有する医師と収入レベルを同列で考えることは不適切であるとしても、公的な価格統制の仕組みで保育士・介護士の賃金が決まる要素が大きい以上、社会的ニーズが高まっている現状では保育士・介護士等の処遇改善は急がれていいはずです。

少しずつ始まっている改善
2015年4月より「子ども・子育て支援新制度」がスタートしました。その中には、「質の向上」を目指した処遇改善等加算という項目もあり、保育士の賃金向上を意識した公定価格の改定が予定されています。
また、介護報酬に関しても平成27年介護報酬改定に向けて「介護職員の処遇改善」を挙げており、一定の賃金改定はおこなわれる予定です。
しかし財源の問題があるにせよ、単年度改定の都度に待遇改善をうたうのではなく、せめて全業種平均の賃金に到達するまでを当面の目処として、「安定的な昇給を図り続ける」という約束された施策が求められます。
保育士さんにしても介護士さんにしても、生身の人間をお世話する仕事であり、精神的にも体力的にも厳しい状況下で仕事をしています。他の業種と比べて低賃金が続くようであれば、不人気業種が定着しまうことで人材の確保・育成が滞り、施設利用者へのサービス低下に直結しかねません。賃金が安定して上昇することが約束されていれば、「安心して働く」という動機に結びつきやすく、人材も育つのではないでしょうか。