【貧困の現場から】引きこもり15歳「夢ない」 母の精神不安定、家は散乱

西日本新聞 2016年1月18日

彩(15歳、仮名)は毎日昼すぎに万年床から起き出す。母と2人、九州のある街に暮らす。自宅アパートは2DKで家賃4万5千円。収入は母が受給する生活保護費と児童扶養手当などの約16万円だけだ。
毎朝、母が中学校の担任教諭に「今日も休みます」と電話を入れる。学校からは、そろそろ進路を考えてと言われている。
しかし、もう2年間も学校に行っておらず、公立高校は受かりそうもない。私立は経済的に難しい。「小学生のころはイラストレーターになりたかったけど、もう忘れちゃった。将来の夢なんて、ない」。彩は、衣類や雑貨が積み重なり、足の踏み場もない部屋で力なく語った。

家にはごみが散乱 頭にシラミ

彩が記憶をたぐる。小学校低学年のころは幸せだった。父は会社に勤め、マンションも買った。
だが、やがて父の母に対する暴力が始まり、それは激しくなる一方だった。「夜、ふすまが飛んできても目をつぶり、寝たふりをした」。父はギャンブルにも手を出し、約500万円の借金を抱えて自己破産。心を病んでしまった母は、彩が小学3年の冬に1人で家を出た。
父はタクシー運転手となったが、手取りは10万円前後。家事を全くせず、食事は彩が見よう見まねでカレーやパスタを作った。そうしないと生きていけなかったから。家にはごみが散乱。頭にシラミが湧いていることに気付いた先生が、見かねて家の掃除に来たこともある。
小5の春、親戚の家に引き取られることになり、クラスでお別れ会まで開いてもらった。だが親戚間でもめて、話が立ち消えになると「いまさら学校に行けない」と登校しづらくなった。その年の冬から小6が終わるまでは、ずっと学校の保健室通い。中学生となり、数カ月は教室に通ったがなじめず、以来ずっと引きこもったままだ。

職員から「引きこもりなのに働けるの」
中学進学と同時に、生活保護の受給が決まった母と一緒に暮らし始めた。母の精神状態は安定せず、パニックを起こして児童相談所の一時保護所に入れられた時は「捨てられた」と怖かった。
母からは「あんたは私を恨んでいるんやろうね」とよく言われる。「恨みはない。母も大変だったのは知ってるから」。母が、自分を置いて家を出たことに苦しんでいるのを、彩は分かっている。一方で「大人は勝手だ」という拭いがたい不信感もある。
彩は先日、がんばってハローワークに行き、「定時制高校に通いながらできるバイトを探したい」と相談した。この家を出て、アルバイトしながら学校に通いたい。そうしないと、このまま一生抜け出せない気がするからだ。
しかし、職員からは「引きこもりなのに働けるの」と言われた。何も言い返せず、落ち込んだ。「将来」が見えないまま、彩は今日も、散乱した部屋の中で過ごす。

精神疾患と貧困
貧困の背景には、ひとり親や低学歴、非正規雇用などさまざまあるが、病気で働けなくなった結果によることも少なくない。特に親に精神疾患などがあり、適切な支援が受けられなければ、子どもの生活や命にまで影響を及ぼしかねない。
厚生労働省が2005年1月~14年3月に子どもが虐待死した777事例を分析したところ、実母に「育児不安」があった事例が25%、「精神疾患」と「うつ状態」がそれぞれ15%(複数回答)みられた。
一方、東京都の05年の調査では、育児放棄などの児童虐待が行われた家庭のうち、3分の1が貧困状態だったことが分かっている。子どもを守る観点から、精神科などの医療機関と保健所、生活保護担当部署、学校、児童相談所など相互の連携が求められている。

知っていますか? 虐待から生き残った子どもたちの「その後」

ダ・ヴィンチニュース 2016年1月18日

突然ですが、電話番号に関するクイズをひとつ。緊急時にダイヤルする番号で、110番は、警察。119番は、火事と救急。118番は…海上事故の通報です。では「189番」は、何の番号でしょうか?
正解は、「児童相談所全国共通ダイヤル」。2015年7月1日に開設されたこの番号へ電話すると、日本全国どこからでも、近くの児童相談所へつながります。そして、この番号で主として受け付けているのが、児童虐待に関する通報です。
厚生労働省の発表によると、2013年度に起きた子どもの虐待死は、全国で63件。実に69もの幼い命が犠牲になっています。そして同年度、児童相談所が、虐待に関する相談に対応した件数というのは、7万件を超えています。これが示すところはつまり、死には至らなくとも、心身を傷めつけられている子どもたちが、何万人も居るということです。
私たちが普段、テレビやネットのニュースで目にする虐待事件の多くは、最悪の結果を迎えてしまったものです。逆に言えば、命さえ助かれば、その子たちの受けた痛みなどについて、大きく報じられることはありません。
では、虐待を生き延びた子どもたちは、どのように「その後」を過ごしているのでしょうか。こうした疑問に答えてくれる本が、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(黒川祥子/集英社)です。
著者である黒川祥子氏は2010年、ある虐待事件の裁判を傍聴したことをきっかけに、子ども虐待についての本格的な取材を始めます。調査を始めたころはまだ、虐待の「全景」に明るくなかった彼女。同書の冒頭では、以下のような記述もなされています。
虐待を受けた子どもというのは、どんな状態にさせられているのだろう。それまで私は、虐待を受けた子どもは、児童相談所によって保護されて親から離されれば、それでひとまず問題は解決すると思っていた。少なくとも、もう殺される危険はないのだと。
黒川氏は、虐待から生き残った子どもたちの「その後」を支える、さまざまな人たちへの取材を試みます。小児専門の総合病院で、被虐待児と向き合う医師たち。両親と離れて暮らす子どもたちの家「ファミリーホーム」の里親。そして、自らが子を持つ親となった元被虐待児…。自身もシングルで二人の子どもを育てた経験があるという黒川氏にとっても、現場で見聞きする過酷な現実は、かなり衝撃的だったようです。
私が印象に残ったのは、幼いころに寺へ預けられ、その後一緒に暮らすようになった父親と継母から虐待を受けるようになったという、ある女性への取材記録でした。自身も子育て中だという彼女。かんしゃくを起こす子どもにつらく当たってしまうなかで、これは自分が、父親や継母に言いたかったことを、わが子にぶつけていたのだと気づきます。「自分が育ててもらったことがない」というその女性は、「育児モデル」を持たないまま、自身の子育てと向き合っていたのです。
心身に大きなダメージを負った被虐待児や、元被虐待児たちに、直接手を差し伸べることのできる機会は、なかなかあるものではありません。また、そうした場に恵まれたとしても、十分な知識や経験を有していなければ、かえって相手を傷つけてしまう可能性だってあります。では、そんな子どもたちのために、我々には何ができるのでしょうか。
同書の結びにて黒川氏は、このような言葉を残しています。
生きていてくれたのだから、生きていてよかったと思える意味を、一人一人に持ってほしい。そう思えるようにしていくのが、私たち大人の責任なのだ。
家庭に居場所のない子どもたちも、健やかに暮らせるような環境づくりを。そして彼らが大人になった時、子育てに迷ってしまわないような仕組みづくりを。幼い命を世の中全体でフォローしていける体制の整備は、現代日本社会の急務であるといえそうです。

<検証 阪神から>子どもの影響 進行形

河北新報 2016年1月17日

1995年の阪神大震災をきっかけに誕生した遺児たちが集える支援施設「レインボーハウス」を、東北でも仙台、石巻、陸前高田市に開所した。
「遊んでむしゃくしゃした気分を発散したり、おしゃべりしたりしながら、子どもたちが『一人じゃないんだ』ということを実感できるように心掛けてきた」
「阪神で分かったのは、子どもの心の安定には保護者の心の安定が欠かせず、並行した対応が必要ということ。施設では同じ境遇の親同士も話し合える。ただ、運営スタッフが限られている上に東北は神戸よりはるかに広い。親子が集いに参加しづらいという悩みがある」

<状況は個別化>
遺児たちは、どんな環境にあるのか。
「時がたつほどより個別化している。母子家庭で母親を亡くしたある子は親類に預けられたがうまくいかず、児童養護施設で暮らした後、新しい里親の元で落ち着いた。父親を亡くした遺児は『再び災害になったら会えないのでは』と不安で家族から離れられず、不登校が続いている。学費の支援を受け進学しても、生活苦で退学する子もいる」
「震災が過去になっていく一方、子どもへの影響は現在進行形で起きている。それを理解しないと必要なサポートにつながらず、状況がさらに悪化する恐れがある」

阪神と異なり、親が行方不明の子が少なくない。
「遺児たちの集いで自己紹介するとき、『津波で親を亡くした』と言えない子がいた。遺体を見ていないのでちゃんとお別れできず『あいまいな喪失』を抱えながら生きている。もう諦めないとと思う子、実感が湧いてこないと言う子とさまざまだ。死をどう理解しているかによって、親子、きょうだいでも状況は違う」
「心の持ちようは本人しか決められない。決めなければいけないというわけでもない。自己否定的になるのが一番良くない。『どれも自然な気持ちだよ』と受け止める姿勢が大切だ」

<連携再構築を>
これからの支援で重要なことは何か。
「家族、親類、先生、スクールカウンセラー、野球チームの監督といった身近な大人が、子どもの状況を見極めるまなざしの精度を上げることだ。レインボーハウスも施設に来た子や保護者に対してだけでなく、子どもへの関わり方のノウハウなどをもっと発信していきたい」
「遺児に限らず、気持ちや進学、親の貧困など子どもを取り巻く問題はさまざまで、単独で抱えきれない。被災地では、多くの官民が連携して子どもの健康改善に取り組んだり、教員関係者に外部の支援組織を周知したりしようとする動きがある。学校、行政、民間同士のつながり直しが必要だ」