なぜ日本には3万9千人もの子供が養護施設にいるのに、里子に迎えられるのはわずか12%なのか?

週プレNEWS 2016年6月24日

英誌「エコノミスト」などに寄稿する、アイルランド人ジャーナリストのデイビッド・マックニール氏は先日、東京のある児童養護施設を取材した。
施設で暮らす子供たちの生活や日本の「養子縁組」の実態を調べる中で、彼は日本と西欧の大きな違いに驚いたという。その違いとは何か? 「週プレ外国人記者クラブ」第37回は、日本の養子縁組が抱える問題について、マックニール氏が語る。

日本の「養子縁組」について取材する中で、どのような点に驚いたのですか?
マックニール 東京の広尾にある「広尾フレンズ」という児童養護施設を取材したのですが、その取材を通じて、日本では親のいない子供たちを養子として引き取るケースが大変少ないことを知り、とても驚きました。
現在、日本には虐待などなんらかの理由で親と離れた子供が約3万9千人もいて、そのほとんどはこうした施設で暮らしています。しかし、里親に引き取られたり養子縁組をするなどして新たな家族の下で暮らせるのは、わずか12%ほど…。これは、豊かな先進諸国の中では最も低いレベルです。
ちなみに、日本では年間約8万件の養子縁組がありますが、これらのほとんどは家業を継いだり、あるいは遺産の相続などのための「大人の養子縁組」で、施設で暮らす子供たちの養子縁組は、そのほんの一部です。
統計によると、2014年に養子として新たな家族に迎え入れられた子供の数はわずか513人、2015年3月時点で里親の下で暮らす子供たちの総数は4731人に過ぎません。そのため、大多数の子供たちは親のいない環境のまま、大人になるまでこうした施設で育つことになります。

日本では親のいない子供たちを養子として育てるケースが他の先進国と比べて少ないのですね。ただ、日本人的な感覚からすると、今、マックニールさんが比較対象として挙げた、家業や相続などの理由による「大人の養子縁組」と、親のない子供たちを引き取る養子縁組は、同じ「養子」でも全く別モノという気がします。
マックニール 確かにそうかもしれませんね。それでも日本は西欧諸国と比べて里親になる人が少ないのは事実ですし、その結果、施設などで暮らす子供たちの多くが大きな社会的ハンディキャップを背負わされているのも事実だと思います。
私が取材した施設では、スタッフたちは愛情をこめて精一杯子供たちのケアをしていましたが、本来であれば子供たちは「親の愛情」を受けながら成長していくのが理想です。また、施設で暮らす子供たちの多くは経済的にも「格差」を背負ったまま社会に出ていかなければなりません。日本ではなぜ、こうした子供たちを里子として引き取り、新たな家族の一員として育てるというケースがこんなにも少ないのか? その理由や社会的な背景が知りたいと考えました。

日本で子供の養子縁組が少ない理由のひとつには、「血縁」に関するこだわりがあるのではないでしょうか? 子供が欲しいと思っているカップルはたくさんいますし、その中には不妊に悩み、高額な医療費をかけて不妊治療を続けている人も少なくない。
お金持ちの中には外国に行って、日本では認められていない「代理母」のお腹を借りてまで自分たちの血やDNAを引き継ぐ子供を作りたいという人たちもいます。そうした人たちはやはり、「血の繋がった我が子」への強いこだわりがある。西欧諸国も同じかと思っていたのですが…。
マックニール もちろん、そうした血縁やDNAへのこだわりを持つ人は西欧諸国にもたくさんいます。しかし日本はそれと比較してもこだわりが強いように思います。その背景にはかつての「家長制度」や、祖先を敬うことを大切にし一種の信仰対象とする儒教的な文化の影響もあるかもしれません。
もうひとつ非常に気になるのは、日本は「出生率」が下がっているにもかかわらず…つまり、子供の数は全体として減っているのに、こうした施設で暮らす子供たちの数は逆に増えつつあるということです。これは日本で「格差」が拡大しているひとつの表れだと思います。
日本は「子供の貧困率」、特にひとり親世帯の子供の貧困率が先進国中で最も高い国のひとつです。施設で暮らす子供たちの中には、こうした貧困が原因で親から離れて暮らさねばならなかった子供も多いですし、家庭内で虐待を受けていたり、親が薬物依存だったり…といった理由で、施設に引き取られたケースも多い。
格差が親世代に打撃を与え、その影響はそのまま子供たちを直撃する。その結果、施設に預けられた子供たちは初めから大きなハンディキャップを背負って新たな格差に直面し続ける…。この悪循環を断ち切るひとつの方法として、もっと多くの子供たちが里子として新しい家族の下で育っていける環境を作ることが挙げられると思います。

ところで、西欧ではなぜ日本よりも養子を取ることが一般的なのでしょう?
マックニール ひとつには文化的、宗教的なバックグラウンドの違いがあるように思います。西欧諸国では古くからキリスト教の教会などが中心となって、恵まれない子供たちを保護したり養ってきたりした歴史があり、そうした意識が文化の中に根付いているという部分はあるかもしれません。
もうひとつは、これは「西欧」といっても国による違いがありますが、大学も含めて高等教育が無料という国も多く、日本と比べて教育費の負担が小さいという点です。日本で子供を育てるとなれば教育費の負担だけでもかなりの額になりますよね。いわゆる中流以下のカップルにとってこれは大きな負担であり、重い責任でもある。
ただでさえ経済的な事情から「子供は欲しいけど諦めざるをえない」と考えている人たちも多いという日本の現状を考えれば、養子を取る人が少ないのは、ある意味、当然といえるかもしれません。裕福な家庭であれば、そうした心配はないのですが、そういう人たちに限って家や血統への意識がさらに強かったりしますからね…。

確かに、女優のアンジェリーナ・ジョリーが何人もの養子を育てているのを見ると、「ああ、外国の人はちょっと感覚が違うのかなぁ」と、文化の違いを感じることはありますね。日本の格差の拡大が「恵まれない子供たち」を増やしているのなら、その格差の上のほうにいる人たちが、その子供たちにもっと手を差し伸べてあげればいいのに…。
マックニール そうですね。ちなみに日本における子供の養育費、特に教育費の高さは、施設で暮らす子供たちの将来にとっても大きな問題で、子供たちの多くは経済的な理由から大学や専門学校などに進学し、専門的な知識や技術を学ぶ機会を得ることは困難です。
ヨーロッパ諸国のように大学教育が無償であれば、自分の努力次第で格差の連鎖から抜け出せる可能性もありますし、そうした将来への希望が見えることは、子供たちが育っていく過程でも非常に大切なことだと思います。
日本では、多額の治療費をかけて不妊治療に励む「親になりたい」カップルも多い反面で、「新たな家族を必要としている」恵まれない子供たちが数多く存在するという、一種の「ミスマッチ状況」が存在しています。このことについてもっと多くの人たちが感心を持って欲しいと思うのです。確かに日本には日本の文化や考え方があり、血縁や家族に関する考え方も、一概に西欧と比較してどちらがどう…という話ではないのかもしれない。
それでも、この国に「親になりたい」と痛切に願う人たちと「親を必要としている」子供たちが大勢いるのなら、そのミスマッチを解消し「新たな家族」を作ることで、新たな幸せが生み出せるかもしれないのです。文化や伝統は大切だけれども、時に人はそれを乗り越えることで新たな価値を生み出すことができるはず…。僕はそう考えています。

デイビッド・マックニール
アイルランド出身。東京大学大学院に留学した後、2000年に再来日し、英紙「エコノミスト」や「インデペンデント」に寄稿している

【つくられた貧困】「それで先進国なの」と驚かれる日本の教育事情 「貧困の連鎖」断つには

西日本新聞 2016年6月24日

阿部彩・首都大学東京教授に聞く
日本人は子どもの教育費は親が出して当たり前と考えがちだが、幼稚園から大学まですべて無償の国もある。日本では高校が義務教育ではないことを海外で話すと「それで先進国なの」と驚かれるほどだ。
経済協力開発機構(OECD)の2013年報告によると、子ども1人にかかる教育費に占める公的資金の割合は日本は70・2%で、OECD平均(83・6%)より大幅に低い。比較可能な32カ国で日本より低いのは韓国とチリくらいだ。
家計の負担割合が大きいほど、親の所得格差が子どもの教育格差を生む「貧困の連鎖」に陥りやすい。これを断つには、(1)教育費の格差縮小(2)学力の格差縮小(3)学校生活の保障-を進める政策に、もっと国家予算を投じるべきだ。教育は未来への投資だ。
もちろん財源には限りがあり、予算を貧困対策にどう使うかが重要となる。大学進学希望者を対象にした給付型奨学金制度の充実も重要だが、義務教育の底上げを優先すべきだと思う。
小中学校の教員を増やしたり習熟度別授業や補習を導入したりして、義務教育の質を向上させる手段を開発することがまず重要だ。
経済的に困窮する小中学生の家庭に学用品費などを助成する就学援助制度は、所得制限や援助費目に自治体間で大きな格差がある。完全給食が未導入の中学校もまだ各地にある。保護者の経済的な負担を減らすためにこれらも改善し、教材を買わずに済むよう、備品化を進めることも必要だ。

高校3年間は労働搾取や犯罪、若年妊娠などから子を守る意味も大きい
学校生活を保障する観点では、高校中退を防ぐ対策が非常に重要となる。高校中退は貧困層の子どもに多く、1年生の1学期に集中する。彼らは16歳という若さで教育制度から離れ労働市場に送り出されている。
高校の3年間は、学力はもちろんだが、労働搾取や犯罪、若年妊娠などから子どもを守る意味も大きい。将来の就労につながる基礎的能力を養う場を保障することが大切だ。
また、世界の貧困研究者の多くが就学前支援の重要性を指摘している。家庭環境が子どもの成長に大きく影響し、貧困が後の人生に一番大きく響くのが乳幼児期だからだ。この点、日本には保育所がある。ひとり親家庭の子は保育所に通っているケースが多く、福祉行政の観点で貧困対策の“最初の砦(とりで)”にすべきだ。保育士の処遇改善で保育の質を高めることに加え、親を支援するソーシャルワーカーの役割を果たす人材も配置できれば効果は大きい。
保育所から小中学校、高等教育へと貧困対策を切れ目なくつなぐ必要がある。

教育と格差
経済協力開発機構(OECD)の調査によると、2012年の加盟各国の国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出の割合は、日本は3.5%で比較可能な32カ国中、スロバキアと並び最下位だった。
生活保護を受けている家庭の子どもの高校中退率(12年度)は5.3%で、一般世帯(1.5%)の3.5倍。政府が14年にまとめた子どもの貧困大綱は、生活保護世帯の高校進学率の引き上げとともに、高校中退率の改善を掲げている。
就学援助制度を巡っては、生活が苦しい「準要保護世帯」の認定基準所得に、九州の市町村間で最大3倍超の格差があることが、西日本新聞の調査で判明。4人家族の課税所得が383万円程度で受給できる町がある一方、120万円以下でなければ受給できない町もあった。援助費目も市町村によって大きな差がある。

阿部彩(あべ・あや)首都大学東京教授
社会政策学者。首都大学東京子ども・若者貧困研究センター長。著書に「子どもの貧困‐日本の不公平を考える」など。

<精神疾患の母親>「子育て不安」連絡を 医療機関に要請

毎日新聞 2016年6月24日

千葉県柏市で昨年2月、うつ病と診断された母親が育児に悩み4歳と1歳の娘を絞殺した事件を受け、柏市は乳幼児を持つ母親らに精神疾患があり、育児の負担を訴えている場合、市に情報提供するよう医療機関に求める方針を固めた。医療機関の協力を得られやすくし、子供の虐待を未然に防ぐのが狙い。近く市医師会を通して産科、小児科、精神科の医療機関に要請する。【橋本利昭】
従来、医療機関からの通報は、入院治療が必要なほど親の精神状態が悪化しているほか、子供への虐待が疑われる緊急性の高いケースなどに限られていた。通報の判断は個々の医療機関に委ねられているため、守秘義務や個人情報保護との兼ね合いで「全国的にも行政に情報が入りにくい状況にある」(市こども福祉課)という。
市によると、柏の事件では2014年10月以降2回、母親が市内の医療機関を受診して「中等度のうつ病」と診断され、「1歳児の育児がままならない」と訴えていたことが明らかになった。しかし、入院を要する症状ではないとして、医師から市に連絡はなかった。母親は子供の病気をきっかけに悩みを深めて病状も悪化し、事件を起こした。
母親は2人の娘に乳児健診や予防接種を受けさせていた。県柏児童相談所や市にも通報や相談の履歴はなく、母親が受診した医療機関は市のヒアリングに対し「(虐待の)リスクを把握していなかった」と答えたという。
千葉地裁が昨年12月、母親に懲役5年の実刑判決を言い渡した(確定)後、市は再発防止のために医師ら有識者による検証会議を非公開で実施。同会議は今年4月、医療機関との積極的な連携を図るよう提言した。
これを受け、市は「精神疾患の診断と子育てを負担に思う発言の二つの条件がそろった場合、児童虐待のリスクが高いと判断できる」として、新たな通報基準を設けることにした。先の通常国会で児童福祉法の一部が改正され、「(見守りや支援の必要な)要支援児童を医療機関などが把握した場合、自治体に情報提供するよう努めなければならない」との規定が盛り込まれたことも後押しした。
市こども福祉課は「治療して問題なく子育てをしている親もたくさんいるが、心中による虐待死では精神疾患を持つ母親の割合が高いという国の報告もある。リスクの高い人を早期に見つけ、適切な支援ができるよう協力をお願いしていきたい」としている。厚生労働省虐待防止対策推進室は「個人情報保護などに配慮しつつ、医療機関が情報提供に抑制的にならないようにするこうした取り組みは今後も進めてほしい」と話している。

子ども守るために必要
児童養護施設出身で前茨城県高萩市長の草間吉夫・東北福祉大学特任教授の話 親のストレスがたまって、虐待が突発的に発生するケースがある。現在のシステムでは、児童相談所などで相談を受けてから対応しているので、相談がなければ行政側は手が打てない。親のプライバシー以前に、子どもを守るため、専門医の観点からキャッチした情報は早い段階で行政に上げてもらうようにすべきだ。

虐待の原因はさまざま
内科医でNPO法人チャイルドファーストジャパン理事長の山田不二子さんの話 虐待がひどくなるリスク要因は、精神疾患に限らず、他の病気や経済的困難、ギャンブル依存などさまざまだ。精神疾患に焦点を当てるのは不十分で限定的と受け取られかねない。(精神疾患への)差別、誤解を招く恐れもあり、もっと幅広くチェックして医療機関から積極的に情報提供してもらえるようにすべきだ。