誰が「新しい奨学金」を受けられるのか?

今野晴貴 NPO法人POSSE代表 2016年12月2日

11月30日、政府は給付型奨学金制度を2018年度から本格的に導入すると発表した。現状では、日本には一部の民間財団などが実施しているものを除けば、貸与型奨学金しか存在しない。しかも、その大半は「利子付き」の教育ローンであり、返済困難者が毎年数千人も発生し、訴訟件数も高止まっているのが現状だ。
そこで、政府は今年5月に政府が発表した「1億総活躍プラン」に給付型奨学金の創設を盛り込んでおり、それ以降継続的に議論されてきた。
具体的な予算や導入方法についてはこれから議論されるということだが、報道などで徐々に明らかになってきた全体像をみると、その内実は海外においける給付型奨学金とはほど遠いものになっている。
私が代表を務めるNPO法人POSSEでは、弁護士などと連携し、奨学金返済に困った方々の相談に応じきた。最近では返済者よりも家族の相談も多い。海外との比較に加え、日本の相談現場の実情を踏まえ、政府の制度案の問題点について検討していきたい。

とてつもなく限定的な給付型奨学金
報道によって明らかになった給付型奨学金は以下のようなものだ。
時期:2018年度入学者から(一部、来年度から)
対象者:非課税世帯、生活保護受給世帯
条件:内申点が5段階評価で平均4以上
金額:未定だが、以下のプランが検討されている
「国公立大・自宅」は月2万円
「国公立大・下宿」と「私大・自宅」が月3万円
「私大・下宿」は月4万円
対象人数:毎年約2万人

まず、給付型奨学金を受けるには、家庭が生活保護を受給しているもしくは非課税世帯になっていることが条件となっている。夫婦と子2人の世帯だと年収256万円以下の世帯のみが対象ということになり、ほとんどの家庭はここで給付型を受給する条件から外れてしまう。
さらに、用意されている財源は年間2万人分ほどと言われている。これは2015年に大学・短大に進学した58万3533人の内、わずか3.4%であり(専門学校進学者17万8069人を加えると、全体の2.6%)、給付型奨学金の創設といいながら、ごく一部の、かなり生活に困窮している世帯にのみ給付される制度になる見込みだ。
また、金額も最大で年間48万円と、これでは国立大学の学費ですら賄うことができないほどわずかな金額に設定されている。その一方で、財務省は今後国立大学の学費を40万円値上げする方針を打ち出しているのである。

内申点規定が及ぼす高校生への制約
そして上記の所得制限を満たして大学進学を希望したとしても、給付型奨学金を受けられるかどうかは、高校での内申点によって左右される。政府の案では、5段階評価で平均4以上の成績を条件としている。
期末試験の成績やセンター試験の点数であれば、努力の方向性も明らかで評価をつける側も評価を受ける側も納得するだろう。しかし、日々の生活態度や授業での積極性などを考慮する内申点を給付型奨学金の選定の基準にすることには大きな問題が生じる。
日頃行われるテストで100点を取り続けても「授業態度」が悪ければ内申点3を付けられる可能性があれば、生徒はなんとか大学進学するためにも先生に従順な「優等生」で居続けるしかない。えり好みの激しい教員にあたったり、暴力的、あるいはパワハラ体質の教師にあたっても、彼らに反抗することは給付型奨学金を諦めることを意味するため、我慢するしか無いだろう。あるいは、教師による「対価型セクシャルハラスメント」が発生する温床にさえ、なりかねない。
しかも、給付型奨学金の対象者は全員、学校推薦によって決められるようである。つまり、単にテストができて成績がいいだけでは足りず、教員の具体的な「支持」も得られて初めて月3万円を手に入れる権利が生じるということだ。内申点と推薦という形で、まさに教員に自分の将来を握られていると言っても過言ではない。
そもそも、世界的にみて奨学金の給付にあたって成績を考慮する国自体が少ない。例えばアメリカ政府の主要な給付型奨学金である「ペル奨学金」は家庭の経済状況が一定水準以下であればほぼ自動的に受給することが出来る。また、ドイツ政府の給付型奨学金も経済状況が主な要件になっている。イギリスの「生活費給付奨学金」も成績は関係ない。
そして、大前提として、給付型奨学金がなく、大学の学費が有料の国はOECD(経済協力開発機構)諸国では日本しかない。アメリカでは約半数の学生が給付型奨学金を受けており、ヨーロッパには、授業料が無料で日々の生活費のために給付型奨学金が存在する国もある。
いかに日本で議論されている給付型奨学金の水準が「グローバルスタンダード」から逸脱しているかが分かるだろう。

現在、基準を満たしていても確実に利用できない奨学金
さらに、今議論されている給付型奨学金制度が実際に導入されたとしても、条件を満たしている人全員が受けられる保証はない。経済的・成績的に条件をクリアしていても予算の枠しだいで受給できない可能性がある。
というのも、現在でも、同じような状況が起こっているからだ。日本学生支援機構(JASSO、旧日本育英会)の第一種奨学金(貸与型、無利子)は、家庭の経済状況と成績(内申点3.5以上)で借りられるかどうかが決まるが、第一種奨学金の予算枠がいっぱいになってしまったため、両者の基準を満たしていても借りられていない学生が2.4万人もいることがわかっている。彼らの多くは、やむを得ず有利子の第二種奨学金を借りている。
そのため、給付型奨学金の基準が示されてはいるものの、予算が優先され漏れてしまう人が出てくることも予想されるのだ。

より多くの人が「恩恵」を受けられる制度の創設を
もちろん、限定的ではあれ、これまで存在しなかった給付型奨学金が創設されること自体は評価できる。しかしながら、それが子どもの貧困対策と同じように、児童養護施設や生活保護受給世帯出身の学生のみに焦点が当てられるのであれば、あくまで貧困世帯に対する恩恵にとどまり、多くの住民の高等教育費が無償になっている、世界的の流れとは相いれない。
今、日本で問題になっているのは「特定の人たちの貧困」ではなく、多くの中間層でさえ、高等教育が受けにくくなっているという問題のはずだ。したがって、必要なのは、ある特定の所得層に対する支援ではなく、多くの人に恩恵が行き渡る、幅広い給付型奨学金制度や授業料の無償化である。
そもそも、私たちNPO法人POSSEに奨学金の返済に困って相談に来る人の9割以上は、生活保護基準以上の所得のある家庭出身にありながら、現在返済ができていないという状況にいる。中には、孫が借りた奨学金の保証人になっていて、非正規職しか見つけられなかった孫の代わりに年金から奨学金を返済しているという老夫婦もいる。
まさに、奨学金によって社会全体が、家族を巻き込んで「下流老人化」してしまうこのような状況は、今議論されている給付型奨学金制度の枠をより拡大していかなければ、解決することはできない。

いま、奨学金の返済で困っている方へ
ここまでみた奨学金制度が導入されるのは早くて来年度からで、これまで貸与型を利用していた学生の分が返還不要になるわけではない。しかし、現時点で、収入が低く自身の奨学金の返済に困っていたり、子どもや孫、いとこの連帯保証人・保証人になっていて自分に請求が来るか不安になっていたりする人が大勢いると思われる。
私が代表を勤めるNPO法人POSSEを始め、様々な民間団体が、奨学金の返済に困っている人の相談を無料で受け付けて解決方法をアドバイスしている。例えばPOSSEには、今年度だけで全国から100件以上の相談が寄せられている。
奨学金の返済を延滞していると、年5%の延滞金を余分に取られてしまい、延滞を続けていると、将来返済分まで含め、一括で請求を求める裁判を起こされてしまう。専門家のアドバイスを受けて事前に対策を採ることで、最悪の事態を避けることができる。そのため、奨学金の返済で困ったり悩んだりしたら、すぐに専門機関に相談してほしい。労働相談と同じように奨学金の相談に関しても、専門家のアドバイスを踏まえた上で行動することが大切だ。

無料相談窓口
NPO法人POSSE 奨学金ナビ
03-6693-5156
soudan@npoposse.jp
http://www.npoposse.jp/syogakukin/index.html
無料相談ホットライン実施中
12月3日(土)、18:00-22:00
12月6日(火)、16:00-22:00
電話番号:0120-987-215(通話料・相談料無料、秘密厳守)
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ガラガラうがいは日本だけ!カゼ対策のウソ・ホント

ダイヤモンド・オンライン 2016年12月3日

またインフルエンザの季節がやってきた。厚生労働省などの情報によれば11月末時点で警報は出ていないが流行の兆しはあるようだ。風邪の季節の到来でもあるが、インフルエンザを「流感」(流行性感冒=流行性の風邪)と呼んでいたのもふた昔以上前のこと。インフルエンザが厳密にはいわゆる風邪でないことは今や広く知られている。ではいわゆる「風邪」とは何なのか。

症状がまぎらわしいので、実は別の病気だったというケースも
風邪とはウイルスが上気道(鼻やのど)に感染することで起こる急性の炎症の総称である。診断前の段階では、後述のいくつかの症状を共通点とする「かぜ症候群」がいわゆる風邪のことだと考えていいだろう。診断後の病名としては「急性上気道炎」だ。
主な症状とされる鼻水やのどの痛み、発熱などは、ウイルスに対するからだの防御反応によるものが中心だ。発熱や身体のだるさだけ、あるいはあまり熱は上がらないがせきが出てのどが痛むなど症状は様々で、病院で医師の診断と治療を受けなくてもいつのまにか治ってしまうことも多い。例えば高熱の出る風邪をひいたが病院にかからずに治ってしまった場合(それ自体はよいことだが)、風邪だったのか、インフルエンザが運良く悪化せずに済んだのか、はたまた他の病気の症状だったのかはわからないままだ。
風邪のような症状が出る病気はあまりに多い。風邪が「万病の元」と呼ばれる理由のひとつがこのまぎらわしい症状にある。「今回の風邪は腹にきてキツかったがなんとか治った」というケースはノロウィルスなどの感染によるものかもしれない。発熱や全身のだるさは多くの病気に共通するものだし、それに腹部の痛みが加わった場合、内臓の病気、たとえば肝膿瘍かもしれない。
もちろん実際に「万病の元」であるケース、つまり風邪が悪化して重病にいたるケースもある。例えば「肺炎」だ。風邪(急性上気道炎)と肺炎は違う病気だが症状に共通点がある。風邪が悪化して肺炎になる場合もあり、子どもや高齢者に多いとされるが、働き盛りのビジネスパーソンにも決して珍しくはない。命に別状があるわけではないが、やっかいな蓄膿症・副鼻腔炎も風邪と似た症状を持ち、風邪を引くことにより悪化することもある。とにかく「風邪のようだが症状が重い」「風邪が長引いている」という場合には注意が必要だ。
「風邪や水虫の治療薬を発明したらノーベル賞もの」と言われていたこともあったが、水虫は治療できる時代になり、風邪についてはいまだに確固たる治療法はない。急性上気道炎を引き起こすウイルスや細菌の数は多く、特定の「風邪ウイルス」なるものが存在しないせいもある。熱や頭痛などの症状がつらいなら薬で抑えつつ、とにかく睡眠、水分、栄養をとることで対応するしかないのだ。

ガラガラうがいは日本だけ
予防法はある。他のあらゆる病気と同じく、ふだんの健康的な生活(十分な睡眠、適度な運動、バランスのとれた食事、ストレス回避)が基本だ。ここに耳にタコができるほど聞かされてきた「手洗い」「マスクの着用」「うがい」が加わる。「手洗い」はともかく「マスク」と「うがい」にはその予防効果に疑いの声も聞かれるが実際のところはどうなのだろうか。
まず手洗いだ。通勤時の電車のつり革、階段の手すりなどあらゆる場所に風邪を引き起こすウイルスや細菌が潜んでいると考えていい。私たちは無意識に口の付近に手を当てることが多い、手づかみで菓子類を食べることもあるだろう。そこに感染の危険がある。手洗いにはそれらのウイルスや細菌を殺すのではなく「洗い流す」効果があるのだ。もちろん石鹸をつけて丁寧に荒い、消毒ジェルなどを併用すればある程度「殺す」こともできるだろう。
マスクについては「ウイルスや細菌はマスクの編み目よりずっと小さいから通り抜けてしまうはず」という意見がある。実際そうなのだが、ウイルスは空気中を漂うだけでなく、せきやくしゃみの際の唾液や鼻水の飛沫内に大量に潜んでいる。マスクを着けていればそれらを他人に飛ばすことを避けられる。つまり他人への感染を防ぐ効果があるのだ。
では風邪をひいている人だけが着用すればいいのではないか? いやいや、マスクを好んで着けている人ならおわかりだろうが、冬には防寒具としても優秀だ。(インフルエンザウイルスの好む)冷たく乾いた空気を直接吸い込まないこと、呼吸器を乾燥から守ることができる。他人の飛沫を直接口や鼻の周辺に受けることを避けられる。というわけでマスクにもおおいに予防効果があるのだ。
うがいの目的はのどの粘膜についた細菌やウイルスを洗い流すこと、のどを刺激して(異物を痰とともに排出する)繊毛運動の衰えを防ぐことのふたつがあるとされている。ところが日本以外に風邪の予防法としてうがいを挙げる国はなく、これが「うがいは無意味」説の根拠のひとつらしい。実は、のどをガラガラさせるタイプのうがいの習慣がある国や地域は少ない。習慣がないのなら予防法に挙がらないのも道理だ。なお、水うがいの効果は京都大学の川村孝教授らのグループの研究により実証されている。
健康的な生活にしろ、手洗い・マスク・うがいにしろ、ほぼ確実に風邪を予防してくれるというわけではない。無菌室で暮らさないかぎり絶対にかかるのが風邪というものだ。そのうえ確固たる治療薬はなく、こじらせると命にも関わるとくれば恐ろしい病気のようだが、実のところ風邪に恐怖を感じている人は少ないだろう。絶対かかるが絶対治ることを身をもって知っているからだ。今後も恐れずに油断せずにというスタンスで付き合っていきたいものだ。