変えろ!児童養護施設出身者の望まぬ“末路”

日経ビジネスオンライン 2017年9月15日

ボーダレスキャリアの高橋大和社長に聞く
保護者がいなかったり虐待を受けていたりする児童を保護する「児童養護施設」。父母との死別や育児放棄など様々な事情により施設で暮らす児童たちの課題の1つが退所後の生活だ。大学に進学し就職する児童もいる一方で、転職を繰り返し貧困化していくケースもあるという。そんな苦境に陥った児童養護施設出身者の支援を掲げ、設立されたベンチャー企業がある。代表者に話を聞いた。
聞き手は鈴木信行

児童養護施設の出身者を支援するサービスを展開していると聞きました。

高橋:サービスの対象者は児童養護施設出身に限定しているわけではなく、国から何らかの「社会的擁護」を受けている家庭の児童はあまねく対象になります。ただし、現在、サポートしているのはいずれも児童養護施設出身者です。

彼らはどんな苦境に陥っているのですか。

高橋:児童養護施設は原則的に、中学卒業後、進学しない場合は施設を出なければならず、高校卒業後や高校を中退してしまった場合も、ほとんどは施設を出て就職することになります。その際に問題になるのが住む場所の確保で、自分でアパートなどを借りるには保証人が必要になりますが、彼らは保証人を立てることが難しいのです。

多くの子は、礼金・敷金に当てるおカネも十分にないし、保証人になってくれる保護者もいない…。

高橋:不動産契約に関しては、施設長が保証人になる制度もあるにはあるのですが、1人の施設長が大勢の退所者の保証人になるのには限界があります。

それでは家を借りられません。

1回、就職を失敗したらたちまち窮地に

高橋:そういった事情もあり、自分の希望に反して「社宅や寮付きの仕事」を選ばざるを得ない者もいます。具体的な業種で言えば、製造業や建設業です。もちろん、そうした仕事に適性がある子も沢山いますが、中には向いてない子もいる。その結果、すぐに退職してしまう子も少なくないんです。問題は、そうやって1度目の就職先を辞めてしまってからです。

1度目の就職先を退職した時点で、彼らは住む場所を失ってしまいます。

高橋:仕事を探そうにも住所不定だと就職先は1度目以上に限定されてしまう。より過酷な製造や建設現場、あるいは風俗関連などに身を寄せる子も出てきます。友人の家で居候しながらフリーターになる子もいますが、それとて結局、住所がないので労働条件のいい働き先はなかなか見つかりません。月給8万円で週6~7日の違法労働をさせられていた子もいます。そうなると、やがて2回目の就職先も辞めてしまう。

そりゃそうです。まだ18歳なのに大変過ぎます…。

高橋:そのうち職歴に空白期間が増え始め、ますます就職先が限られる、という負のスパイラルに陥っていく子もいます。

薄々知ってはいましたが、一部とは言え児童養護施設で育った子達がそこまで苦労しているとは…。

高橋:もちろん、ここまで苦境に陥る子は全体の一部です。この取材を受ける時に悩んだのは、こういう話をすることで「児童養護施設出身者=全員が可哀想で不幸」というイメージがついてしまわないかということでした。実は私自身、今の仕事をするまでそれに似た先入観を持っていたのですが、およそ4人に1人は大学まで進学しますし、高校を卒業して最初に就職した企業で元気にやっていく子も沢山います。しかし、たとえ一部でも、厳しい状況にある子がいるのも厳然たる現実です。誰かが何とかしなければならないと考え、支援ビジネスを始めました。

「2度目以降の就職」を支援し負のスパイラルを経つ

なるほど。ただ、この問題はとても根深いです。本当に改善するには、「高校を卒業したら、原則として施設を出なければならない」という児童養護施設のルールや、「保証人がいないと家を借りにくい」「住所がないと就職できない」という産業界・不動産業界の商習慣など、様々なものを見直さねばなりません。

高橋:それでも何かを始めなければ状況は変わりません。そこでまずは、児童養護施設出身者の中でも「1度目の就職に失敗し次が見つからない子」のサポートから始めようと決めました。

まずは、先ほど説明されたような末路に辿り着いてしまう児童養護施設出身者を1人ずつでも減らしていく、と。具体的には何をするのですか。

高橋:シンプルに「2度目以降の就職」を支援します。先ほど申し上げた「負のスパイラル」に陥りかけている児童養護施設出身者に、ボーダレスキャリアへ登録をしてもらい、それぞれに適性のある就職先を見つけ出し、正社員採用を前提として仕事を斡旋します。

困っている児童養護施設出身の子は住所がないので、就職は簡単ではないのでは。

高橋:確かに住む場所が安定しないと、就職やその後の就労で躓くケースは多いです。そこで私達も独自にシェアハウス運営会社と提携して保証人なしでも部屋を借りられる仕組みを構築しました。また、実際に事業をやっていると、住む場所の確保が出来ない人向けに支援をしている団体などとの繋がりもでき、そこは何とかなっています。

なるほど。それなら住所ができて、スタートラインには立てます。

高橋:登録してくれた人材は当社のメンターが丁寧に面談して、その適性を見極めます。中には、職歴に空白があったり転職が多かったりすると、「また失敗するのでは?」という不安を抱えた者もいるので、面接を受けて企業に採用が決まった後もボーダレスキャリアに在籍したまま、実際に企業で働いてみるという「プレ就職期間」を設けています。期間中に本人と企業の双方が適性を判断し、お互いが納得した上で正式採用となればその企業で正社員として働くという流れです。

その間のシェアハウスの家賃は?

高橋:登録者本人が負担します。プレ就職期間中も働いた分の給与はもちろん貰えるのでそこから自分で払いますし、企業に正式採用が決まった後も家賃さえ払えばそのまま住み続ける事もできます。

ならば、登録後、速やかに「プレ就職」だけでもしないといけません。

高橋:少しでもスピーディーな就職ができるように、ボーダレスキャリアの考え方に賛同し、そうした子達を前向きに受け入れてくれる企業のネットワーク化を進めています。

「こっそり良い事をしている企業」も結構ある

日本の大企業の中には、相変わらず新卒採用主義を掲げ、事実上の「年齢差別」「性差別」「国籍差別」をしている会社も少なからずあります。御社の趣旨に賛同してくれた会社は、中小企業やベンチャーが中心ですか。

高橋:いえ。大企業も手を上げてくれています。売上高1000億円近い流通業者や、全国的ネットワークを持つ教育関連企業など、「学歴や過去の経歴は一切気にしない。採用は人物重視ですよ!」と言う企業も増えてきています。

そうなんですか。「影で悪い事をしている企業」が沢山ある一方で、「こっそり良い事をしている企業」も結構あるんですね。

高橋:とはいえ、企業側から問い合わせを頂いても、吟味せず斡旋先候補に加えることはしていません。事情のある子達を責任持って受け入れ、しっかり向き合って育成してくれる――。そんな意欲やそのための仕組みがない企業は、むしろこちらの方からお断りしています。

今は人手不足ですから、「長期的に育成する気はないが、当面の人手を確保することだけを目的にこのプロジェクトに近付いてくる企業」もいる、と。

高橋:その為に、実際に働くことになる現場まで私自身が出向き、そこで働く若手社員の方に直接話を聴いて判断しています。

最近、プレ就職に成功した子は、例えばどんな子ですか。

高橋:22歳で、大変苦労をしてきた子です。両親と早めに死別し入所して、中学を卒業して専門学校に進学したのですが、1年半で中退してしまい、施設を出ることになりました。住所も仕事もない彼は、まず住み込みで建設の仕事を始めましたが、1カ月で辞めてしまいます。次は、新聞配達の仕事を1カ月で辞め、その後、再び建設会社で働き、ここには2年ほど在籍しましたが、先輩社員の指導という名の暴力行為が続き、結局、退職します。その後、やはり住み込みの飲食業で、最低賃金以下の違法な長時間労働を1年半させられていました。

…。

高橋:でも、決して能力が低いわけじゃないんです。社会経験の少なさもあって、今はまだ複数の業務を同時進行したりすることは苦手です。その代わり、自分で計画を立ててそれを粛々と実行する業務は、実に根気よく遂行します。そんな彼の特性をある企業が理解してくれてプレ採用してくれました。それが、今やっている営業の仕事です。

散々辛い思いをしてきたからこそ、強い

営業ですか。なかなか厳しい職種ですが、大丈夫でしょうか。

高橋:大丈夫です。いきなり飛び込み営業をやったり、最初からノルマをクリアしていったりするのは難しいかもしれませんが、今、お世話になっている会社は、育成体制がしっかりしているのと、こちらから電話を掛ける仕事なので、自分のペースで営業活動ができるという点で向いていると思います。

しかし営業先で怒鳴られたり、辛い思いをしたりするのでは…。

高橋:もちろん理不尽な言われ方をされたり、納得いかない事もあったりするかもしれませんが、そこは当社のメンターの出番です。目の前の事実を表面的な情報だけで判断をしてしまいネガティブな考えに陥る場合もあるので、そういう場合は、物事の捉え方や考え方、「こういった視点もあるよ」というのを伝えて、より広い視点で考えられるようにサポートをしていきます。そうやって、悩んだり失敗を繰り返したりしながら一歩ずつ成長していける環境が大切だと思っています。これまで散々辛い思いをしてきましたから、ちょっとやそっとのことではへこたれない強さも持っている子です。

なるほど。同世代の普通の若者達とは比べ物にならない苦労をしてきている。苦労せずに育った若者に比べるとずっと骨のある子かもしれませんね。

高橋:こうした子供達を一人ひとりサポートし、企業や児童養護施設、他の支援団体ともスクラムを組み、児童養護施設出身者が路頭に迷わない社会を作っていく。これが最終目標です。