無罪相次ぐ児童虐待 切り札は「司法面接」 子供の心を開く“魔法のアプローチ”とは

産経新聞 2017年10月2日

 「それで?」「それからどうなったの?」。虐待や性的被害に遭った子供からこんな風に聞き取る「司法面接制度」を導入する動きが法務・検察当局で本格化している。家庭内の「密室」で起きる児童虐待は、事実認定が難しいのが特徴だ。被害者の子供の供述は重要だが、何度も聴取を受けているうちに記憶を混同させ、供述が変遷することもある。無罪判決も相次いでいることから、法務省と最高検が虐待の専門知識を検事に学ばせる研修を始め、検事の捜査能力向上に乗り出した。

「記憶の汚染」防げ
 司法面接は「フォレンジック・インタビュー」の訳語。もともと米国などで、子供への不適切な事情聴取から無罪判決が相次いだことで開発された。
 「昔から手探りでやってきたが、学校の先生や親に子供の記憶が汚染されてしまうということが問題だった。子供の生の声をどうやって引き出すかが重要だ」
 検察幹部の一人は、研修の意義をこう強調する。子供は認知機能の発達が未熟のため、何度も聞き取りを重ねると他人の言葉を自分の記憶と混同させることがある。「記憶の汚染」といい、児童虐待事件の捜査で課題になっていたという。
 「事件について辛い部分の話を聞くのは1回だけだ」と話すのは別の検察幹部。児童相談所や警察、検察と複数の機関がそれぞれ聴取を行えば、子供に何度も嫌な体験を思い出させかねず、精神的な二次被害が引き起こす恐れがある。
 子供の負担を軽くするためにも、検事が児童相談所や警察と連携し、一度に聴取する。それが司法面接だ。

基本は「それで?」
 各地の地検や法務総合研究所で司法面接の講義を行っている立命館大の仲真紀子教授(発達心理学)は、「身体的な虐待であれば傷やあざが残っているので分かるが、性的な虐待は子供の供述に依存する部分がある。供述を誘導するすることなく子供から話を聞き出すことが大事だ」と話す。
 詳細な事実認定をするためには、犯罪の態様など子供から丁寧な聞き取りを行わなければならないが、司法面接では、「いつ」「誰が」「どのように」といった「5W1H」の質問は極力せず、「何があったのか最初から最後まで全部話してみて」と、子供に自発的な発言を促すのが特徴だ。
 一例を挙げれば、「おじさんって言っていたけど、それは誰?」と尋ねるのではなく、「おじさんが来たんだよね、それで?」と尋ねる。「司法面接では、子供にぬいぐるみ持たせたり、対面ではなく、ソファで横並びで座ったりして話を聞いていく」(検察幹部)という。
 子供への聞き取りでは、全過程を録音・録画する「可視化」が行われている。仲教授は「子供の記憶が変わる前の初期段階で録音・録画という形で記録しておくことが不可欠。子供の表情や声音も撮影することが大切だ」と指摘する。

相次ぐ無罪判決
 司法面接を導入する動きが本格化した背景には、児童虐待事件で相次ぐ無罪判決がある。目撃者のいない「密室」で起きる虐待事件は事実認定が難しく、「犯人と断定する証拠はない」などとして無罪判決が言い渡されるケースが相次いでいるのだ。
 「脱水や低栄養に加え、うつぶせ寝で鼻と口がふさがったことで死亡した可能性を否定できない」
 東京都渋谷区のマンションで平成25年11月、面倒を見ていた知人の生後3カ月だった長女を死亡させたとして、傷害致死罪に問われた事件当時18歳の元少女に対し、東京地裁は今年2月、無罪判決(求刑懲役7年)を言い渡した。
 元少女は、女児を虐待したこともあったと供述する一方で、「首は絞めていない」と否認し無罪を主張していた。
 京都地裁では昨年7月、生後約6カ月の長女を揺さぶり、後遺症が出るけがをさせたとして傷害罪に問われた父親に無罪判決が言い渡された。
 父親は、自宅で複数回にわたり長女を激しく揺さぶり傷害を負わせたとして起訴されたが、地裁は「犯人は被告か妻しか考えられない」としながらも、「『自分は揺さぶっていない』とする妻の供述を根拠に、被告の犯人性を認定することには躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない」とし、「犯人と断定するだけの証拠はない」と判断した。今年3月の控訴審判決も1審無罪判決を支持し、検察側の控訴を棄却した。

問われる検事の総合力
 児童虐待は増加の一途をたどっている。警察庁によると、親などの虐待の疑いで全国の警察が今年1~6月に児童相談所へ通告した18歳未満の子供は3万262人で、昨年同期より5751人増え、半期ごとの統計がある23年以降で初めて3万人を超えた。
 児童虐待事件では、幼い子供の供述が立証の柱となることも少なくない。公判で証拠としての信用性を高めるためにも、司法面接の重要性が高まっている。
 最高検の幹部は、検事の虐待研修について、その意義をこう強調する。
 「司法面接の手法だけ習得すればよいわけではない。事件捜査の知識はもちろん、関係者の取り調べ能力も重要だ。検事の総合力が問われている」

子どもの性暴力被害、傷つけず聞き出すには

朝日新聞デジタル 2017年9月29日

 チャイルドファーストジャパンが運営し、司法面接などを行う「子どもの権利擁護センター」。待合室にはぬいぐるみなどが置かれている=神奈川県伊勢原市
 子どもへの性暴力は学校や家庭など身近な場所で起きていて、決してひとごとではありません。被害に遭った子どもをさらに傷つけずに事実を確認し、支える取り組みが徐々に広がっています。

専門家「氷山の一角」
 厚生労働省によると、2016年度に児童相談所が対応した性的虐待は1622件(速報値)で10年前の約1・4倍。警察庁の統計では16年、強姦(ごうかん)や強制わいせつなど18歳未満への性的虐待で保護者らを摘発した例が162件。加害者は養父・継父67人、実父42人など。今年7月施行の改正刑法では性犯罪が厳罰化され、親による家庭内の性暴力などを想定した処罰規定が新設された。
 文部科学省によると、わいせつ行為やセクハラで懲戒処分を受けた教員は15年度に195人、訓告などを合わせ224人。うち、自校の児童・生徒が相手だった例が91人。場面別では放課後が22人、部活動が12人、授業中が13人だった。
 16年には関東地方の中学校で、修学旅行中に男子生徒2人にキスをした男性教諭が懲戒免職に。九州地方の小学校では男性教諭が誰もいない教室に女子児童を呼び出し、下半身を触る事件が起きた。児童は怖くて被害を訴えられずにいたが保護者が気付き、警察に届け出たという。
 しかし、表面化する被害は氷山の一角だ。
 子どもの性暴力被害に詳しい大阪大大学院の野坂祐子(さちこ)准教授は、「誰にでも起こり得ると知ってほしい」と話す。子どもを守るには、大人とは異なる発達上の特性を理解する必要がある、と指摘する。
 子どもは体を触られると、違和感を抱きながらもスキンシップとして心地よさを感じることがある。人を信じやすい面もあり、こうした傾向を加害者は利用する。見知らぬ人であっても、やさしい口調で遊びに誘うなどの「手なずけ行動」をとるため、被害に遭っていると実感しにくいという。

保育士の子、優先的に保育所へ 政府、全国自治体に要請

朝日新聞デジタル 2017年10月2日

 政府は、保育士の子どもが来年度から優先的に認可保育施設に入れるようにすることを全国の自治体に要請した。保育士不足が待機児童問題の要因の一つとなる一方、資格がありながら保育所で働いていない「潜在保育士」は約80万人いるとされる。この人たちの現場復帰を促し、待機児童の解消を進めたい考えだ。
 内閣府と厚生労働省、文部科学省が9月29日付で都道府県などに通知し、管内の自治体への周知を求めた。実施するかどうかは各自治体の判断になるが、すでに実施している自治体もあるという。
 自治体は認可施設の利用希望者が多い場合、より保育が必要な人を選別する基準を設けている。親の働き方などを点数化するもので、通知では保育士の子どもが利用できる可能性が高まる点数付けを求めた。

保育は「量」だけでなく「質」こそ重要

ベネッセ 教育情報サイト 2017年10月2日

 保育所の待機児童対策が、依然として深刻な問題になっています。女性も男性も活躍できる社会のために、一刻も早い対策が求められていることは論をまちませんし、保育の負担軽減も求められます。今は「量」の確保に追われているのが現状であり、第一の優先課題にならざるを得ないことは、仕方ないのかもしれません。しかし、忘れてはいけないことがあります。保育は、子どもたちの健全な成長のためにあり、「質」こそ重要だということです。

「小規模保育所」を調査し効果検証
 保育の質に関して、慶応義塾大学の藤澤啓子准教授と中室牧子准教授が先頃、独立行政法人経済産業研究所に論文を寄せました。中室准教授は、『「学力」の経済学』で注目された、気鋭の教育経済学者(教育経済学は教育学ではなく、経済学の一分野)です。
 2015(平成27)年度からの「子ども・子育て支援新制度」では、「小規模保育所」が地域型保育事業の一つとして認可されることになりました。マンションの一室や空き家などを活用して、0~2歳児の子ども6~19人を受け入れます。定員20人以上の認可保育所よりも設置しやすいため、待機児童問題解消の一助となることが期待されています。
 中室准教授らは、東京都内と神奈川県内にある6事業体の協力を得て、小規模保育所20園と中規模保育所7園を対象に、エビデンス(科学的証拠)に基づいた調査を行いました。すると、担当保育士の保育士歴の長さと、保育の質のよさが、乳幼児の発達によい影響を及ぼすことがわかったといいます。
 とはいえ調査対象が限られていること、各園1クラスの観察にとどまっていることなどから、「小規模保育園の方が中規模園よりも保育の質が良いと結論を出すのは時期尚早」と慎重な姿勢を見せています。
 何とも歯切れの悪いのは、学術的研究だから仕方がないのかもしれません。ただ、保育の「量」の問題ばかりに注目が集まるなか、「質」の問題に注目したことは、評価されるべきでしょう。

サービスとしてより「公共性」に注目を
 論文でも指摘しているとおり、保育には、子どもの生活・発達への権利保障を行う「公共的な性格」と、サービスの一環として捉える「私事」の、2つの議論があります。これだけ待機児童問題が深刻化するなかでは、まず保育のサービスに対する保護者の期待・要求をどれだけ満たすかに注力せざるを得ません。しかし、保育サービスには、十分な保育ができない家庭を支援し、子どもの成長を社会が保障するという公共的性格があることを、忘れてはいけません。
 論文でも紹介されているとおり、米国では保育に関する大規模調査が行われ、早期からの質の高い保育が、就学後の高い学力につながり、ひいては大人になってからの高い収入や、犯罪率の減少にも現れるという、社会的に大きな投資効果があるという研究が蓄積されています。
 日本ではどうしても、旧来から子育ては家庭の責任であるという風潮が強く、近年では保育事業をサービスとして捉える傾向がますます強まっています。家庭をめぐる状況が困難を増すなか、改めて保育の「質」にも注目することが、もっと行われてよいのではないでしょうか。