進学や就労に負の連鎖 児童養護施設、退所後の支援必要
 
京都新聞 2017年12月16日

児童養護施設退所者の困り事
 京都市がまとめた児童養護施設退所者の実態調査結果からは、経済基盤の弱さが進学や就労に悪い影響を与える負の連鎖が見えてくる。退所後の家探しや家事負担をはじめ、親との関係改善といった難しい課題を抱えているケースも多い。施設は退所後の有効な支援の在り方を模索するが、道半ばだ。
 4月から市内の食品企業で働く女性(23)は「大学院に行きたかったけど、お金がなくて諦めました」と後悔の念をにじませる。
 高校3年まで6年間過ごした児童養護施設を出て、京都府内の大学に通った。施設には、親の不在や虐待の被害などの問題を抱えて入る子どもが多いため、退所後も家族の支援は期待しにくい。この女性は奨学金を受けていたが生活費が足りず、アルバイトを掛け持ちする日々を送った。だが3年生の時に体を壊し、バイトを減らさざるを得なくなったため、指導を受けていた教授から勧められた大学院進学を断念した。
 市の調査では、進学したかったができなかったという退所者は14・3%に上り、全員が経済面を理由に挙げた。経済的な基盤が弱いため進学できず、その結果、比較的収入が高い正規社員にもなれない現実が浮かび上がる。
 このため、退所者を資金面から支える動きが広がりつつある。京都市北区の児童養護施設「京都聖嬰会」は、企業や個人の協力を得て退所者のサポートにつなげている。退所者4人がそれぞれ企業から月7万円の生活費を受けているほか、就職準備などの臨時支出に寄付金を利用している。
 退所して大学などに進むには、学費と生活費がそれぞれ年約100万円必要になるという。杉野義人施設長(54)は「返済義務のない奨学金は狭き門で、数百万を借金して進学するのは厳しい」と指摘する。社会的な支援制度が不十分な中では、企業や個人の善意に頼らざるを得ないのが実情だ。
 生活面のケアも模索する。20歳未満は賃貸契約に保護者らの同意が必要だが、家族の支援を受けられない退所者のために施設長が連帯保証人となって社会に送り出すケースも多い。
 退所者の支援を巡っては、施設職員から「組織的・体系的なアフターケアができてない」という悩みも漏れる。政府は2015年度に児童養護施設の職員定数を増やしたが、宿直があり、勤務時間も不規則な職場だけに人手不足は深刻だ。杉野さんは「退所者の育ちをよく知り、入所中から信頼を積み上げている職員が要る」と訴える。
 行政の取り組みが、当事者に十分届いていない実態もある。市は11月中旬、南区の南青少年活動センターで退所者同士の交流会を初めて催し、9人が参加した。市は7カ所の青少年活動センターを退所者の相談・支援の拠点にする構えだが、認知度の向上が課題として横たわる。
 市の調査に関わった佛教大の長瀬正子講師(社会福祉学)は「退所者が当たり前のように社会生活を送れるようにするために入所中を含む中長期的な支援が必要。当事者もアクセスしやすい仕組みを作ってほしい」と話している。具体策として、退所後の支援を手掛ける専門職の設置をはじめ、青少年活動センターや児童相談所、福祉事務所などの連携を提案している。

児童養護施設出た後、半数以上が非正規雇用
 
京都新聞 2017年12月16日

児童養護施設の退所者の大学や専門学校などへの進学状況
 京都市内の児童養護施設の退所者を対象に市が初めて行った実態調査で、就業者のうち雇用形態が非正規の割合が50%を超えていることが15日、分かった。4人に1人が高校を中退するなど進学でつまずいていることも判明した。経済的な基盤の弱さが日常生活の不安につながっている。
 調査は、公的支援が弱いとされる施設退所者の働き方や暮らしぶりを把握するため、過去10年に15歳以上で退所した327人を対象に行い、93人が答えた。
 就業者の雇用形態は、正規が35・4%にとどまった一方、非正規が50・8%に上った。府内の就業者全体の非正規割合は約4割とみられるため、収入が不安定な形態で働いている退所者の割合が全体平均よりも高いことが分かった。
 月収は、15万円以下が55・4%を占めた。同様の調査をしている大阪市の43・5%、東京都の52・5%に比べて収入が低い退所者の割合が高かった。
 困り事は、「経済面」を挙げる退所者が退所直後3年間(56%)、現在(41・8%)とも最多だった。続いて「仕事」(退所直後36・3%、現在33%)、「親との関係」(34・1%、27・5%)となった。
 進学に関しては、92・3%が高校に進学したが、25・3%が中退した。中退率は大阪市の退所者の3・4%、全国の同年代平均の1・4%に比べて突出して高かった。主な理由は「人間関係」や「目的を見いだせない」などで、市の担当者は「虐待を受けた経験や自己肯定感の欠如が原因となって、人間関係につまずきを覚える人が多いのではないか」と分析する。
 大学・専門学校を卒業したか、中退したと答えた退所者は14・3%だった一方、無回答も39・6%に上った。
 調査を監修した佛教大の伊部恭子教授(社会福祉学)は「京都市内の退所者は高校中退率が高いという特異な課題があることが分かった。学歴に相関して収入が高くなるという先行研究がある。学歴が全てではないが、大学や専門学校などへの進学率の低さも含め、改善を促したい」と話している。
・児童養護施設 児童福祉法に基づく児童福祉施設で、虐待を受けたり、親がいなかったりする子どもが多く入所する。原則18歳で退所するが、保護者を頼れない人が多い。

「数字合わせの退所は人権侵害」 新ビジョンの里親委託率で激論

福祉新聞 2017年12月15日

 厚生労働省の検討会が8月にまとめた新しい社会的養育ビジョンをテーマにしたフォーラムが11月19日、都内で開かれ、約200人が参加した。NPO法人「Living in Peace」(慎泰俊理事長)の主催。厚労省審議官や検討会座長が里親委託の推進に向けた数値目標に理解を求めたのに対し、施設側は「子どもの人権侵害につながる」と懸念するなど火花が散った。
 2016年の改正児童福祉法を具体化した新ビジョンは、原則就学前の施設入所停止や、7年以内の里親委託率75%以上など数値目標を定めた。また、施設に対しては、入所期間を1年以内とし、機能転換も求めている。これに対して全国児童養護施設協議会は、「驚きと衝撃だ」と反発していた。
 フォーラムには、山本麻里・厚労省子ども家庭局審議官や、検討会座長の奥山眞紀子・国立成育医療研究センター部長、前全養協会長の藤野興一・鳥取こども学園理事長が登壇した。
 奥山氏は、2000年以降の社会的養育について話した上で「新ビジョンは施設による地域支援がポイント。子どもがずっと代替養育でいるのは権利問題としておかしい」と述べた。
 山本審議官も、改正児童福祉法の理念を形にするには大きな絵を描いた方がよいとの認識で検討会を立ち上げたと説明。今後、新ビジョンを自治体の現場に落とし込むにあたっては、丁寧な議論が必要との認識を示した。
 これに対して藤野氏は、新ビジョン通りに議論が進むことを危惧し「数値目標を掲げれば人権侵害が続発する」と懸念した。子どもや保護者に個別対応することが大切だとし「何カ月以内に退所させると目標を掲げることは、子どもの権利条約に違反する」と持論を展開した。
 この発言に山本審議官は、個々のケースを判断する際に新ビジョンの数値目標が影響することはないと否定した。その上で「極めて高い数値目標が掲げられているが、里親支援などの体制を最大限努力せよという行政へのメッセージだ」と理解を求めた。
 奥山氏も「数字がなければ注目を浴びていなかっただろう。入れてよかった」と強調。続けて「新ビジョンは子どもの権利を守ることはどういうことか1年議論した結晶。ざっと読んで、すぐ分かるはずがない」と一蹴した。
 藤野氏は、施設の機能転換と里親委託を進めることで、児童養護施設は今後半数に減るとの見通しも示した。
 これについて、山本審議官は「里親委託を進めれば施設がなくなるわけではない」と明確に否定。奥山氏も「施設は高機能化して、里親と一緒に大変なお子さんを見てほしい」と語った。