養子縁組制度で実現!異なる親子の愛のカタチ

JIJICO [ジジコ] 2015年5月4日

養子縁組制度には普通養子縁組と特別養子縁組の2つがある
子どもを望む夫婦の希望、よく分かる養子縁組制度日本には、古くから養子縁組制度があります。ここ最近、里親問題がクローズアップされていますが、養子縁組制度や里親問題にはどのような背景があるのでしょうか。
民法では、普通養子縁組と特別養子縁組という2つのタイプがあります。普通養子縁組は、縁組をすることにより養親・養子の間に法的な親子関係が発生しますが、実の親子関係も存続するものです。したがって、子は養親だけでなく、実親についても相続できる立場にあります。特に家督制度が存在していた頃には、普通養子縁組は「家」を守るために家督相続させたい相手を養子にしていたケースがあったようです。今でも、娘の配偶者を養子とする「婿養子」という話は耳にするでしょう。また、節税対策で養子縁組が使われるケースもあります。

再婚によって連れ子の養子縁組をするケースが増えている
また、再婚の増加に伴って増えているのは連れ子の養子縁組です。再婚すると事実上は新しいお父さん、お母さんができるように見えますが、法律上の親子関係は親の再婚ではなく養子縁組が必要になります。通常の未成年者の養子縁組の場合には、家庭裁判所の許可が必要ですが連れ子再婚の場合には不要です。
普通、養子縁組で注意をしたいのは、高齢者などの財産を狙って本人が十分意味合いを理解せずに養子縁組に応じてしまう場合です。最近は遺贈の場合、公証人が事前の確認をきっちりするようになったこともあり、養子縁組が悪用されるケースが見られます。養子縁組をする意思は、行為能力(法律行為をするのに必要な能力)がなくとも認められる場合があるからです。

特別養子縁組では実親との親子関係が消滅
さて、一方で特別養子縁組はというと、これはいわゆる「藁(わら)の上からの養子」というように、養父母を実親同様として親子関係を結ぶ制度です。特別養子縁組を結ぶと、普通養子縁組同様、実親から養親の戸籍に入りますが、普通養子縁組が親の記載箇所に実親の記載が残るのに対し、特別養子縁組では実親の記載がなくなります。
また、養子となる子が6歳未満であることが条件ですが、6歳未満から事実上養親と生活をしていれば、8歳未満までは特別養子縁組をすることができます。親の方にも条件があり、少なくとも片方の親は25歳以上である必要があります。ちなみに東京の児童相談所では、年齢の上限を50歳未満としています。
特別養子縁組は、児童相談所や民間のあっせん機関を通じて行うのが通常で、まずは顔合わせから始めて、最終的には家庭裁判所の審判を受けて養子縁組をします。一度特別養子縁組をすれば、離縁するのは余程の事情がなければ認められません。実親子がどんな事情でも親子関係をなくすことができないことを考えれば、当然といえるのかもしれません。

法的な親子関係を結ばずに愛情のもと、子どもを育てる里親制度
この制度と似た制度が児童福祉法に定められた里親制度(養育里親)で、これは法的な親子関係を結ばないのですが、事実上里親が子を養育して、愛情を持って育てられるための制度です。養育期間はまちまちで、数週間の場合もあれば、成年になるまで里親として養育する場合もあります。
これまでは保護者のいない子どもや保護者からの虐待により引き離された子どもは、児童相談所から児童養護施設で育てられるケースが圧倒的に多く、里親制度や特別養子縁組制度が大きく広がることはありませんでした。また法律上の制約はないのですが、「共働きでは里親になれない」など事実上の制約があるがため、今のライフスタイルからすると里親としてのハードルが高いということもあるのかもしれません。
ずっと子どもが欲しいと思っている人がたくさんいる一方で、育てられるのを待つ小さな命が少なからずいることを考えると、もっとマッチングに携わる機関があってもいいと思います。

[「こどもの日」に]自己肯定感育む支援を

沖縄タイムス 2015年5月5日

自分に自信が持てない子どもが増えているという。諸外国と比較しても、日本の若者の自己評価の低さは目立っている。成長の原動力ともなる「自己肯定感」は、なぜ奪われてしまったのか。
2014年版「子ども・若者白書」に、世界7カ国の若者を対象に自己認識について尋ねた調査結果がある。
「自分自身に満足している」と回答した人の割合は、米国が1番高く86%、6位の韓国でも72%だったのに対し、日本は46%と極端に低かった。「自分の将来に希望を持っている」と答えた人も、日本は62%で最下位、残り6カ国は80~90%台と高く、開きがあった。
これからを生きる子どもたちが、自分に誇りが持てず、将来を悲観しているというのは、ただごとではない。
「ありのままの自分でいい」「私は大切な存在なんだ」といった自己肯定の感情は、愛情を持って育てられ、頑張りを認められる経験を通して高まっていく。子どもたちは失敗を繰り返しながらも、成功したことで達成感を得て、自信を深めていく。
教育現場で自己肯定感を育むことの大切さがいわれるのは、それが学ぶ意欲や生きる力の土台となっているからだ。
少年犯罪や非行など問題の背景に、自己肯定感を持てずに苦しんでいる子どもの姿が見えることがある。周りに認められず育ったため、自分に自信が持てず、相手とうまく関われない。生きる意味が見いだせず、自暴自棄になっている姿である。

学力との相関関係が指摘される「子どもの貧困」の根っこにも、自己肯定感の問題が横たわっている。
平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子の割合「子どもの貧困率」は、2012年時点で16・3%と過去最悪を更新。6人に1人という深刻な数字だ。
自己肯定感の形成に大きく影響するのは、幼少期の経験である。働きづめで生活に追われる親は子どもと向き合う十分な時間が取れず、精神的にも余裕のないケースが多い。祖父母やご近所さんが子育てに関わっていたころとは違い核家族化の時代においては、経済的な苦しさが自己肯定感の欠落へとつながりやすい。
自信ややる気といった意欲格差が学力格差を広げれば、貧困の連鎖が生まれる。子どもが育つ基盤である家庭への手厚い支援が必要だ。

貧困の連鎖を断ち切ろうと各地で広がる無料塾など学習支援の取り組みは心強い。
今月、沖縄市には食の支援が必要な子に食事とともに居場所を提供する「ももやま子ども食堂」がオープンする。周囲から孤立しがちな子どもをサポートする新しい取り組みだ。
こどもの日のきょう5日から児童福祉週間が始まる。今年の標語は「世界には君の輝く場所がある」。
生きづらさを抱える子どもたちが目標を見失わず、希望に向かって進んでいけるよう、頼り頼られる関係をつくることが大人の役割である。

社会全体で子育てを支えよう

日本経済新聞 2015年5月5日

「団塊の世代」が生まれてすぐの65年前には3人に1人だった。30年前には5人に1人、そして今では8人に1人――。日本の総人口に占める14歳以下の子どもの割合だ。世代が2つ変わる間に、ここまで大きく低下した。
子どもを持つかどうかは、もちろん個人の選択だ。しかし子どもを持ちたいと望んでも、それを阻む様々な壁がある。社会全体で子育てを支え、子どもが健やかに成長する環境を整えたい。子育てに希望が持てる社会にするために、行政にも私たち一人ひとりにも、もっとできることはあるはずだ。

妊娠中からきめ細かく
子育ての状況は大きく変わった。専業主婦家庭が減り、仕事と子育ての両立を目指す共働き家庭や、離婚によるひとり親家庭が増えた。地域のつながりが薄れ、子育てをする人の孤立感が高まった。時代に合わせて、支援のあり方も変わらなければならない。
まず大切なのは、保育サービスの拡充だ。安心して子どもを預けられる場所を増やすことは、仕事か子育てかの二者択一をなくし、成長戦略が掲げる「女性の活躍」を後押しするうえでも欠かせない。政府は2017年度末までに、待機児童をなくすという。民間の力を生かし、機動的にサービスを増やしてほしい。
4月からは、消費税財源を使った新しい子育て支援制度も始まった。待機児童の解消はもちろんだが、親子が集い、交流する場を増やすなど、地域の実情に合わせてきめ細かく支援することに役立てたい。
問題は、こうした支援が本当に必要な人に届いているかどうかだ。子育ての悩みを抱えた人ほど、周囲から孤立し、支援を受けられないことがある。
埼玉県和光市は14年秋、妊娠中から相談に乗る取り組みを始めた。妊娠・出産に不安はないか、身近に支えてくれる人はいるか。経済的な問題はないか。母子手帳を受け取りに来た人から話を聞き、必要に応じて医療や福祉などのサービスの利用につなげる。
支援の網から漏れる人をなくし、悩みを早く解決する。行政の縦割りを廃し、子育て家庭の幅広い課題に一元的に対応する。こうした工夫はもっと広がっていい。
若い世代では、収入が少なく生活が安定しないために、結婚や出産に前向きになれない人もいる。就業支援により、経済基盤を安定させることも大切だ。職業訓練を通じた非正規社員の処遇改善や、正社員への転換を後押ししたい。
最近では、親の経済基盤の弱さが、子どもの学力格差につながるとの懸念が強まっている。学びは子どもが自立する力をつけるための大きな武器だ。よりきめ細かい教育支援をどう充実させていくかが大きな課題だ。
子育てや子どもを支える施策には、一定の費用がかかる。20年までの少子化対策をまとめた大綱は、財源を確保して予算を増やすとしたが、具体的な手立ては盛り込まなかった。
子どもの貧困対策として、政府は夏までにひとり親家庭や子どもが多い家庭への支援策をまとめる予定だ。この財源もどう手当てするのか。どんな施策を優先させるのかを含め、議論を深めなければならない。

一人ひとりが担い手に
忘れてはならないのは、子育てや子どもへの支援は、行政だけが担えばいいというものではないことだ。誰もが子育てに関心を持ち、自分に何ができるかを考える時期に来ている。
子育て支援のNPOや住民同士の助け合い活動として、小さな子どもを預かったり、小学生の放課後の世話をしたりする例は増えている。子育てが一段落した人や退職した人など、活動に参加する人は様々だ。住民向けに研修会を開き、支援者を育成しようという自治体は多い。
中学生向けの無料学習会などを開いているNPO法人キッズドア(東京・中央)には、大学生がボランティアとして参加している。大学生と身近に接することで、子どもたちは進学を具体的にイメージできるようになり、勉強の意欲も高まるという。
多くの大人が活動にかかわることで、子育て家庭の負担は軽くなる。参加する人にとっても生きがいになる。かつて支援を受けた人が、やがて支援をする側に回るという好循環も期待できる。
少子化がこのまま進めば、日本経済は活力を失い、社会保障制度の土台も揺るぎかねない。行政も私たち一人ひとりも、前に踏み出すときだ。

こどもの日 地域のおせっかいが大切だ

読売新聞 2015年5月5日

「世界には 君の輝く場所がある」。「こどもの日」から始まる児童福祉週間の今年の標語は、千葉県に住む10歳の男の子が作った。
すべての子供が、希望を胸に、未来を切り開いていく。それを大人が支え、見守りたい。
今年の「こども未来賞」(読売新聞社など主催)に選ばれたエッセーのタイトルは、「子育ては公共事業よ!」である。
近所の人が子供たちを褒めたり叱ったりしなくなった――。最近の風潮に疑問を感じた京都府の主婦、笹谷豊子さん(68)が、子育て中だった約30年前の経験を交えて書き上げた。
3歳の長男と公園デビューをした。同じ年頃の男の子におもちゃを取られ、けんかになりかけた。見知らぬ子を注意することもできず、ハラハラ、ドキドキ……。
すると、相手の男の子をきつく叱った母親が、こう言った。「うちの子が悪いことをしたら叱ってやってほしいねん。子育ては公共事業や。頼むわなァ」
それから長男は、公園で近所の大人に叱られ、教えられ、褒められ、「ありがとう、ごめんね」を言えるようになった。生きる力を育んでいったとつづる。
子供に善悪の判断や社会のルールを身につけさせる責任は、地域の大人全体にある。そんなメッセージが伝わってくる。
地域ぐるみで子供に目配りする必要性は一段と高まっている。
所得が標準の半分未満の貧困世帯で暮らす子供の割合は、2012年に過去最悪の16%台に達した。低所得の家庭の子供は高校や大学への進学率が低い。食生活が乱れがちとの調査もある。
かつてのような地域の「おせっかい」を再生しようと、困難を抱える子供の学習や食事を支援するボランティア団体などが、各地で増えているのは心強い。
東京都豊島区で学習支援を行うNPO法人は、月2回、民家で子供たちに夕食を300円で提供している。大阪府吹田市などでも、同様の取り組みが広がる。
4月にスタートした生活困窮者の自立支援制度では、自治体の事業メニューとして、子供の学習支援を行う民間団体などへの補助が盛り込まれた。積極的に実施してもらいたい。
官民一体で子供の貧困問題の解決を目指す「子供の未来応援国民運動」も始まった。企業などの寄付で基金を創設し、学習やスポーツ活動を支援する。政府も、しっかり後押しすべきだ。

生活保護基準引き下げは「国による巧妙な切り崩し」(上)

アジアプレス・ネットワーク 2015年5月2日

国は2013年1月に発表した生活保護基準の改定に基づき、その年の8月1日、翌年4月1日、そして今年の4月1日と、3回にわたって段階的に保護費を切り下げてきた。
保護費には、家賃に相当する「住宅扶助費」や、「医療扶助費」、「教育扶助費」など、いくつかの給付項目があるが、引き下げられたのは食費など日常生活に充てる「生活扶助費」。その額は1世帯当たり平均6.5パーセント、最大10パーセントで、総額670億円に上る。(矢野宏/新聞 うずみ火)

全国で取り消し求める裁判
こうした引き下げに対し、全国の生活保護利用者たち1万2900人が行政機関に不服を申し立てる審査請求を行った。大阪府下でも1784件を数えたが、審査請求の結果、保護費が増額されることはあり得ない。生活保護基準は厚生労働省によって決定されているからだ。
請求棄却を受けて、佐賀県や和歌山県、滋賀県など全国19道府県で引き下げの取り消しを求める裁判が始まっている。近く東京都でも提訴される予定で、原告数は600人近くなるという。
「生活保護費の切り下げは、『健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する』憲法に反している」
大阪府では51人の受給者が立ち上がった。昨年12月19日、保護費の受給額を決めた府内13市に引き下げ処分の取り消しを求めるとともに、生活保護基準を決定した国に対しても1人あたり1万円の慰謝料を求めている。

障がい者の自立支える制度
この日の口頭弁論で、原告の一人である山内さんは「脳性マヒで生まれつき手足が不自由だった」と、自身の生い立ちから語り始めた。
「大学を卒業しても就職口がなく、親と同居するしかなかった。友人に誘われ、福岡から大阪へ出てきたのは40歳のとき。福祉施設の職員になれると思っていたが、就職できず、施設に通うだけ。月の給料が2万円を超えることなく、生活保護を受給することになった」
2005年に頚椎の手術を受けて車いす生活になった山内さんは働くこともできなくなり、ヘルパーの全面介護が欠かせなくなる。
「長年、障がい者は働くことを諦めざるを得なかったが、ようやく運動によって外出することも増えてきた。外出するのもヘルパーさんに同行してもらわねばならず、交通費や受講料などが2人分かかる。生活保護費が引き下げられたことで、外出する回数を減らさなくてはいけなくなった。『働かざる者食うべからず』というのでしょうか。私たち障がい者は仙人ではありません。生活保護制度は、そんな障がい者の自立を支えてくれるもの」
制度の必要性を語ったあと、山内さんは「私たちの後に続く人たちの道を閉ざさないでいただきたい」と訴えた。

生活保護基準引き下げは「国による巧妙な切り崩し」(下)

アジアプレス・ネットワーク 2015年5月4日

国は2013年から3回にわたって段階的に生活保護基準を引き下げてきた。その結果、受給額を引き下げられた人々が、全国各地で取り消しを求める裁判を起こしている。大阪でも51人の受給者が立ち上がり、「生活保護基準引き下げ違憲訴訟」に加わった。(矢野宏/新聞 うずみ火)

「一人の人間として」
大阪で古本屋を経営していたAさん(75)も原告の一人だ。9年前に立ち退きを命じられて店を畳んだ。その後、生活保護を受け、一人暮らしをしているという。
保護費は月11万7000円で、家賃を払うと手元に残るのは7万円ほど。食べるだけで精一杯だという。
「生活保護が切り下げられる一方で、消費税が上がり、物価も上がり、最低限の生活をするのが難しい。この4月、3回目の引き下げで月1230円減り、長年読んでいた新聞をやめた。冬場もストーブも使えず、厚着をして毛布2枚でしのいでいる。ぜいたくしていないのに、なぜ切り下げるのか。政府は声を上げにくいところから削ろうとしていると思い、裁判を決意しました」
このほか、生活保護受給者からは「1日の食事を2回に減らし、おかずもなし」「風呂も3日に1度、冬場は1週間に1度」などという切実な声が弁護団に寄せられている。
原告の一人で、新聞うずみ火読者の角南広子さんも「住宅扶助費は月4万2000円が上限と決められていますが、枠内では到底足りず、生活費から1万円ほどを回さなければならない」という窮状を抱えている。
「私の障がいは、常に身体が緊張し、身体の力を意識しても抜けない状態にあります。医師からはバランスの良い食事を取るよう、言われていますが、お肉や魚、野菜などは高くて食べられません。昨年、思い切って1回だけウナギを食べました。それも、買ってきた小さなウナギをもったいないと思い、2回に分けて食べたのです。その時、情けなくて情けなくて仕方がありませんでした。生活保護を受けている人間は、ささやかな娯楽や趣味も持ってはいけないのでしょうか。私は障がいがあろうとも、一人の人間として生きていきたいのです」
「生活保護基準引き下げ違憲訴訟」大阪弁護団事務局長の和田信也弁護士は、「生活保護を受けている人のほとんどは障がい者や高齢者。病気や障がいなどの関係で、節約とか工夫とかできない人もいます。憲法25条では『健康で文化的な最低限度の生活』を営むことが保障されていますが、文化面から削っていき、それでも足りない分は食事とか、お風呂とか、健康面を削っているのが実情です」と語る。
厚生労働省によると、生活保護の受給者は今年1月現在約217万人で、過去最低だった1995年の2.5倍。生活保護費が年間3兆8000億円に膨らんでいる。貧困が拡大する中で、「生活保護受給者は恵まれている。ぜいたくを許すな」という「生活保護バッシング」が吹き荒れている。和田弁護士は、「生活保護費の引き下げは利用者だけの問題ではない」という。

「国民生活が沈む」
「生活保護基準は、就学援助基準や住民税の非課税基準、国民健康保険料や介護保険料の減免基準などと連動しており、今まで無税だった人が課税されたり、非課税だと安くすんでいた負担が増えたりする可能性も出てきます。生活保護基準が下がれば、社会保障制度全体が下がり、国民生活の土台が沈みます」
今回の生活保護基準の引き下げで67億円。これだけで終わるはずがない。国の狙いは医療や年金など社会保障制度の見直しだとしたら、受給者を切った刀が次に向けられるのは私たちの生活である。