うつ病、支援体制の充実急務 休職者4割超が退職

京都新聞 2015年8月3日

うつ病などを患い、休職する人の中には、休職制度の利用中や、職場復帰後に退職するケースも多い。厳しい経済状況の中、休職や退職者の増加は企業にとっても痛手で、体制の充実が求められている。
厚生労働省によると、仕事が原因で精神疾患にかかり、2014年度に労災認定されたのは497件(前年度比61件増)、申請は1456件(同47件増)で、ともに統計史上最多だった。京都労働局によると、府内では認定が15件(同7件増)、申請が61件(同18件増)だった。
労働政策研究・研修機構(東京都)が12年に実施した調査によると、過去3年間にうつ病などのメンタルヘルスの不調で休職した社員の42・3%が退職していた。休職制度の上限期間が短い企業ほど退職率が高かった。
そのため、上限期間が短い企業が多い中小企業などは、千人以上の企業より退職率が高い傾向が出た。同機構は「大企業と比べて中小企業は人員の余裕がなく、相談体制なども整っていない」と分析する。
京都文教大産業メンタルヘルス研究所の森崎美奈子所長は「スムーズな職場復帰や病気の再発防止には、メンタルヘルスが不調になった背景や原因を把握することが大切」と指摘。「企業は不調になった社員にはきちんと支援プログラムを受けさせ、関わった専門家や本人と十分話し合って、問題の解決に取り組むことが必要だ」としている。

新幹線放火は5億円? 鉄道自殺 タブー視される賠償請求の内訳 遺族への負担大きく

産経新聞 2015年8月2日

自殺などで電車を止めると、どれくらいの代償を支払う必要があるのか-。この疑問が話題に上ることは多いが、鉄道各社は一様に回答を拒んでおり、詳細は謎のままだ。6月に東海道新幹線内で火が放たれたケースは、多くの新幹線に運休や遅れが出るなどし、自殺を図った男の遺族にすべての被害を考慮し損害賠償を求めれば「5億円を超える」と指摘する専門家もいる。一方、ある主要都市の在来線ではラッシュ時の場合の平均請求額が「800万円」(鉄道会社関係者)に上るともされ、いずれにしても遺族への負担は大きい。

新幹線で焼身自殺はレアケースだが…
6月の東海道新幹線新横浜~小田原間で発生した放火事件では、東海道新幹線計43本が運休、106本が最大4時間半も遅れ、約9万4000人に影響が出るなど、運行するJR東海に甚大な被害が出た。
過去にも自殺を図った人が走行中の新幹線に飛び込み、運行に障害を生じさせる事例はあったが、今回のように車内で焼身自殺を図るのは「レアケース」(JR東海)といい、特急券の払い戻しや事故に伴う人件費のほか、破損した車体の修理費など多額の損害が出たとみられる。
鉄道評論家の川島令三氏は損害額について、「かなりアバウトな単純計算」と断った上で、「特急券は本来の到着予定時刻よりも2時間以上遅れた場合のみ払い戻されるので、それを勘案すると、単純な比率で影響が出た全人数の半分より少し多い約5万2000人が払い戻し対象となる。特急券の料金約5000円としてかけると、2億6000万円になる」と算定。
さらに先頭車両の損害が大きかったことから、1両を丸ごと交換するとして、「16両全体で約40億円なので、1両は2億5000万円くらい」と推測する。
すでに5億円を超えている上、放火した男を除く1人死亡、26人重軽傷という人的被害の賠償額を加えれば、さらに高額になる。
男には岩手県に高齢の姉がいるが、JR東海は「まだ警察が事実関係を捜査中で、損害賠償を請求するかどうかも含めて話せることはない」と述べるにとどめる。

人身事故は10年間で100件以上増
「個別の案件に回答できない」とするのみで、損害賠償請求をしたかどうかについてすら、口を閉ざす鉄道各社。それはなぜなのか。
損害賠償に詳しい甲本晃啓弁護士は「日本人は『遺族』に対して特別な感情を持っている」と指摘する。
悲嘆に暮れている遺族に対し、さらに損害賠償を求めることで、一部世論から「亡くなった人の家族にどういうことだ」(鉄道会社関係者)と非難の声が上がることがあるという。デリケートな問題となっていることが、より口を閉ざす要因となっている。
国土交通省によると、平成26年度の自殺以外の要因も含む人身事故件数は前年度より28件多い449件で、死者数も10人多い193人。この10年間で事故件数は100件以上増えている。
そうした中、さらに今回の東海道新幹線での放火事件や、絶えないラッシュ時の飛び込みなど、“悪質”なケースが相次げば、利用者だけでなく鉄道会社にとって大ダメージとなる。
甲本弁護士は「損害賠償請求が(自殺の)抑止になる」とも語り、実際にある鉄道会社幹部は「自殺の抑止効果になるのだろうから、損害賠償請求について内容を明らかにしてもいいと個人的には思う」という声も聞こえてくる。

主要都市の在来線、平時でも「400万円」
賠償請求額の決定や請求をするかどうかは「ケース・バイ・ケース」(JR東海)で、一律に決まっているものではないという。
ある鉄道会社関係者によると、国内某主要都市の在来線でラッシュ時に飛び込んだ場合、損害額は「平均700万円~800万円」と話しており、オフピーク時でも「400万円台」。請求額については、基本的に損害額をそのまま求めるという。また、車両が使用不可になった場合は著しく損害額が増えるという。
自殺ではないものの、裁判に発展した事例で、請求額が明らかになったケースがある。
平成19年12月に愛知県大府市で、徘徊(はいかい)していた認知症の男性=当時(91)=がJR東海の電車にはねられ、死亡したケースだ。
事故が起こったのは夕方のラッシュ時で、上下線20本が最大2時間遅れ、34本が運休するなどして約2万7000人に影響。同社は遺族に振り替え輸送代などとして、約720万円の損害賠償を求めて提訴した。
訴訟の結果は名古屋地裁が「見守りを怠った」などとして男性の妻と長男に請求通りの賠償を認めたが、昨年4月に名古屋高裁判決はJR側にも不備があったことを認め、賠償額は約360万円に減額された。

死後もかかる家族への迷惑…「現実感持って理解を」
ただ、故人の遺産総額が賠償請求額と比べてマイナスとなった場合などでは、遺族が負債を含めた全遺産の相続を取りやめる「相続放棄」をして事実上の支払い拒否をすることも可能となっている。
交通事故の損害賠償に詳しい好川久治(よしかわ・ひさじ)弁護士によると、相続放棄によって損害賠償請求ができなくなることがあるため、鉄道会社側は示談で解決することも多いという。いかに泣き寝入りをせず、遺族の支払い能力に応じた請求額を設定するかが重要となるわけだ。
ただ、相続放棄をしたとしても、損害賠償の支払いを回避できるだけで、遺族が受け取るべきだった遺産が失われることに変わりはない。
鉄道会社関係者は電車を巻き込んだ自殺について、「遺体は凄惨(せいさん)なものになるし、鉄道会社や利用客はもとより、家族に一番迷惑がかかることになる。言われ続けていることだが、現実感を持ってそれを理解するべきだ」と話している。

過去の体験を糧に「今の自分」を輝かせよ[田中 勇一]

オルタナ 2015年8月1日

社会起業家として事業を生み出すときに大切なことは、「過去の体験に良い意味を見出すこと」と、「今を輝かせること」です。過去の辛い原体験を後悔していては、今の自分が輝かず、良いビジネスは生まれません。辛い過去の出来事にも良いイメージをもつことができれば自分の自信になります。また、今の自分を一生懸命磨くことで、過去も今も輝かせることができ、それが新しい事業の実現にもつながるのです。(社会起業大学学長・リソウル株式会社代表取締役=田中勇一)
社会起業家を目指す人の中には、「精神障がい者を支援したい」、「児童養護施設の子どもたちを支援したい」、「DV被害にあった女性を支援したい」など、社会的な弱者を支援したいという思いを持った人が多くいます。
そういう方々の話を聞いて、思いの強さに感心するのですが、同時に、「かつては自分自身が社会的弱者であった」と気付くことがあります。
実現したい事業の話を掘り下げていくと「過去の辛かったことを思い起こしたときに、『こんなサービスがあったら良かった』と思うので、この事業を考えた」というのです。
確かに、事業を考える際に自分の体験も必要な材料にはなり得ます。しかし、ビジネスとは、自分以外の顧客に対して、モノやサービスを提供し、その対価としてのお金を得るというものなので、過去の自分を対象にしている限り、なかなか事業化のめどが付けられないのです。
社会起業大学でも、「自分を救いたいのか、人を救いたいのか」という言葉が一時流行しました。過去の自分を救おうとしている事業計画の具現化は難しいのが現実です。では、過去に辛い原体験を持っている方々が、どうやったらその経験を生かして実現可能な事業を立ち上げることができるようになるのでしょうか。
その具体的な方法が、「過去の体験に良い意味を見出す」ことであり、「今を輝かせること」です。

辛い体験から意味を見出す
過去の自分を救いたいという思いは、過去への後悔とつながっていることが多いです。つまり、あの辛い時に自分を救ってくれるものがあれば、今の自分はもっと輝いているはずだ、という思いです。
しかし、冷静に考えれば、どんな人の人生も山あり谷ありで、良いときもあれば悪いときもあります。悪いときの自分に後悔をしているばかりでは、なかなか先に進めないものです。
私自身、実は一回目の起業で見事に失敗し、落胆の日々を過ごしたことがあるのですが、その時の自分を救いたいとは思いません。その失敗により起業の怖さや失敗に陥る過程について身をもって体験できました。そして、その体験があるからこそ、これから起業を目指そうとしている方々に、より的確なアドバイスをすることができると思っています。
つまり、過去の辛い経験について、そこにある良い意味を見出すことによって、自分の過去は輝いてくるし、さらには、今の自分への自信につながってきます。
これまで過去の話をしてきましたが、実は、今の自分を輝かせることができれば、過去の自分の経験は、辛いものも含めてすべて輝いてきます。なぜなら、今の自分が輝いているのは、過去の自分の経験すべてが影響しているからに他ならないからです。
つまり、今の自分を一生懸命に輝かせること、それが過去の自分をも輝かせ、さらには、自分が本来やるべき事業(使命)へと導くのです。

<携帯電話>日本の料金は国際的には高いのか安いのか

毎日新聞 2015年8月2日

携帯電話料金は高い!とお嘆きの人は多いだろう。スマートフォンユーザーなら、基本料金(音声かけ放題、2年縛り)+データ通信料金で、少なくとも月7000円はかかる。では、日本の携帯電話料金は国際的に見て高いのか、安いのか。野村総研上席コンサルタントで情報通信政策に詳しい北俊一さんがリポートする。

ガラケーは最高ロンドン6000円の4分の1
7月29日、総務省が2014年度の「電気通信サービス内外価格差調査」を公表した。毎年、携帯電話、固定ブロードバンド、固定電話などの電気通信サービスごとに、世界主要7都市(東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、デュッセルドルフ、ストックホルム、ソウル)の料金を比べ、公表している。
調査対象は、各都市で最も市場シェアの高い携帯電話会社の料金だ。ちなみに、為替だけでなく、各国の物価水準を考慮した「購買力平価」で換算、算出している。
まずフィーチャーフォン(ガラケー)の調査結果を見てみよう。13年度の日本の音声通信利用状況から導出した「1カ月73分」の通話料金を比べると、東京は1622円で、ストックホルムの1214円に次いで2番目に安い。最も高いロンドンは6093円だ。12、13年度も同じ順位であり、日本は音声通話中心のフィーチャーフォンユーザーにとって、お得な国と言える。
一方、スマートフォンについては音声通話1カ月36分、メール1カ月129通に加え、データ利用量1カ月2ギガバイト(GB)、5GB、7GBの3ケースで比較した。東京の順位はそれぞれ4位、5位、5位となった。例えば2GBでは、東京の7022円に対し、最安のストックホルムで4424円、最高のニューヨークでは1万601円だ。スマホユーザーにとって、日本は取り立てて高くもなければ安くもない、という結果になった。
結果の受け止め方は人によって大きく異なるだろう。内外価格調査は、正味の電気通信サービス料金だけで、対象端末の割賦代金や、「月々サポート」などの割引、MNP(Mobile Number Portability)に伴う各種キャッシュバック、キャンペーンによる割引が加味されていないからだ。
また、「dマーケット」「スマートパス」などのアプリや、端末補償サービスなどのオプション料金も加味されていない。さらに、最近では家族でデータをシェアするプラン、タブレットなどの複数回線契約、固定ブロードバンドとのセット割も普及しつつある。多かれ少なかれ、各国、各キャリアも似たような状況にあり、もはやユーザーにとって、携帯電話1契約あたりの正味の通信料金を国際比較することの意義は、薄れているのではないだろうか。

望まれるシンプルな料金体系
実際、NTTドコモは7月29日、15年度第1四半期決算発表で、重要な経営指標の一つであるARPU(Average Revenue per Unit=1契約あたりの月間平均収入)の定義を刷新すると発表した。
固定ブロードバンドサービスである「ドコモ光」の提供開始に伴い、データARPUの内訳を「パケットARPU+ドコモ光ARPU」とし、「ドコモ光」のサービス収入を加えることとした。また、1人複数回線契約が拡大していることに対応し、ARPU算出時の分母を、従来の「契約数」から「利用者数」に変えた。ARPUの“U”は今後、UnitからUserに変わる。
技術やサービスの革新に加え、事業者間競争の激しい通信市場では、新料金プランやセット割引、キャンペーンなどがめまぐるしく変化し、今後も止まることはないだろう。このままでは、変化についていけないユーザーがますます増え、料金に対する不満やトラブルが増加していくだろう。しかし、逆にユーザーの理解が進めば、通信料金を漫然と「高い」と感じるユーザーは減るはずだ。
今後通信事業者の間で、よりシンプルで分かりやすい料金プランへの移行競争が巻き起こることを期待したい。そのためには消費者が、MVNO(仮想移動体通信事業者)を含めて誠実で、分かりやすい料金体系の通信事業者を選ぶことが求められている。

さらば、強欲資本主義。「ポケットマネー革命」が始まった

Forbes JAPAN 2015年8月3日

「99%」の人の投資が社会を変えるー
これまでは投資の世界で力を発揮したのはビッグマネーだったが、いま、世界を動かし始めているのはポケットマネーによる「革命」だ。

ウォーレン・バフェット 実行し続ける哲学の実践者
「社会問題の解決を民間に託し、浮いた行政コストをリターンとして償還」
「ベンチャーキャピタルの父」と呼ばれる英国人、ロナルド・コーエン卿が内閣府の地方創生推進室を表敬訪問したのは、5月28日のことだった。
欧州最大の投資ファンド「エイパックス・パートナーズ」の創設者であり、欧州NASDAQ代表や、社会事業活動で知られるコーエン卿と、内閣府副大臣らの面会時間は当初15分の予定だった。しかし、会話は尽きず、40分にまで延びたという。

「是非、検討しましょう」
内閣府がそんな期待を寄せたのは、コーエン卿がG8で推進役として委員長を務める「社会的インパクト投資」なるものだ。
イギリスで生まれたこのモデルは、すでにアメリカ、カナダ、韓国、欧州で導入が始まり、昨年10月、日本の経済財政諮問会議の「選択する未来」会議でも言及されている。世界的に広がるのはなぜか? 来日中のコーエン卿に話を聞こう。
「電球がポッと灯った瞬間ともいうべき嬉しい出来事があったのは、2010年でした」と彼が言うのが、初のSIB(socialimpact bond=社会的インパクト債券)発行である。これで、刑務所の元受刑者たちの再犯防止を行ったという。
「イギリスの内閣府のウェブをご覧になってください。およそ600もの社会問題について政府が負担しなければならないコストが細かく記載されています。例えば、再犯者を1人収容するのに、2万2,000ポンド(約422万4,000円)かかります。再犯者を1,000人削減できれば、政府は2,200万ポンドの予算を使わなくて済みます」
どこの国も財政難から社会問題へのコストは重い負担となっている。しかも、こうした問題は、予算をかけたら解決するわけではない。
「ホームレスに少々のお金を渡しても、そのお金をホームレスがどのように使うかまでは関知してこなかったように、人道支援の効果を測定できるとは誰も考えていなかった。しかし、重要な社会問題は数値化して、“見える化”が可能だということが浸透してきたのです」(コーエン卿)
社会問題の予算をこれまでのような対症療法にではなく、民間から投資を募り、予防・防止策に振り向けるという発想の転換を行った。英ピータボロ刑務所の再犯防止策を例にとろう。民間から約8億円を調達し、4つのNPOが受刑者とその家族や地域コミュニティに社会復帰支援プログラムを実施。8年間のプログラムで再犯率が全国平均より23%も低くなった(中間報告)。
独立評価機関が「目標達成」と判定すれば、削減できた行政コストの一部を、投資家にリターンとして償還する。目標に到達できずに失敗すれば、投資家がリスクを負うので、行政にコストは発生しない。
画期的なのは、投資して成功した場合の「社会へのインパクト」をビッグデータなどの技術革新により数値化できるようになったことだ。インパクトの「見える化」によって、投資する側はより効果的な予防策を講じている組織に投資しやすくなる。
インパクトという考え方は、長年、社会事業への投融資を行ってきたコーエン卿自身が経験から学んだことでもある。
「イギリスに、THE GYMというスポーツクラブがあります。月々約60ポンドの会員費と入会金数百ポンドが必要なクラブです。このジムに投資して、最貧困層のエリアでの事業を始めました。1,500m2の巨大な敷地に200台のマシンを入れて、24時間営業、休日なし。地価が安いため、会員を4分の1まで抑えることができます。」
「その結果、人生で一度もジムに通ったことがない人々が会員全体の30~40%に及び、高くない投資額で収益が生まれるビジネスモデルが完成しました。さらに、最貧困層エリアでの事業は、雇用を生み、トレーニングによる健康増進、地域活性化など、社会にインパクトを与えたのです」
インパクトとは、すなわち人々の共感の輪を広げることだ。そこが従来の投資との違いだとコーエン卿は言い、こう続ける。
「投資家によっては社会的見返りが高ければ、金銭的リターンは市場平均より低くてもいいという人が出てくるでしょう。大事なのは、経済的リターンと社会的リターンの比重を案件ごとに設計する必要があること。つまり、年金基金、信託、基金などの役割見直しが迫られているのです」
現在、ホームレス、失業、家庭内暴力、家庭崩壊、教育、糖尿病予防など広範囲の社会課題の解決に向けて、45のSIBが世界で出ている。イギリスでは社会的投資銀行が設立され、アメリカではゴールドマン・サックスなど大手が参加している。
また、アメリカの22州と南米では、「B-Corps」という概念が導入されている。企業は収益を最大化するだけではなく、社会課題の解決と、その達成度を測定するというものだ。こうした世界的な潮流を生んでいるのが「ミレニアル世代」と呼ばれる1980年代以降に生まれた人々だ。
SIBを推進している日本財団の招きで来日したアメリカの「サード・セクター・キャピタル・パートナーズ」のティム・ペネルは、大学で声楽を学び、オーケストラで基金を担当していた経歴の持ち主である。12年に1件のSIBからスタートした彼らは、今年だけで37件を成就。加速度的に件数を増やしている。ペネルが言う。
「バンク・オブ・アメリカが出した『ミレニアル世代に関するレポート』が大きな影響をもっています。この世代は、上の世代と比べて圧倒的に社会的責任への関心が高く、商業銀行もミレニアル世代受けする商品を出したい。企業もPRの一環としてCSRをやるのではなく、ビジネスのコアに慈善目的を置くようになっています」
金融庁総務企画局企業開示課長の油布志行(ゆふもとゆき)もこんな話をする。
「アメリカの機関投資家やファンドの人たちと意見交換する際、彼らの口から地域貢献の重要性や雇用の話が出てくるようになりました。リーマン・ショックの反省から、かつての株主万能主義ではなくなってきていると思います」
今年策定されたコーポレートガバナンス・コードは、中長期的な企業価値の向上を目指している。ガバナンスの改善をもっとも期待するのが、中長期保有の株主であり、企業の重要なパートナーとなる人々だ。建設的な対話ができる車の両輪のような関係で、市場の短期主義をはねのける環境が整備されたといえる。つまり、リーマンショックをもたらした強欲資本主義と訣別する世界的な動きが起きているのだ。

一口1万円からの投資で地域社会に貢献し、リターンを得る
特筆すべきは、日本の草の根的な動きだ。
日本財団の社会的投資推進室の工藤七子は、2000年代から「ふるさと投資」を行っている投資会社「ミュージックセキュリティーズ」にSIBの事業を持ちかけた。同社は、ミュージシャンの音楽に共感するファンが小口の資金を出してファンドをつくり、売り上げに連動して利益が分配される仕組みをつくった。地方でものづくりに情熱をかける人たちにこの仕組みを用いたのが、「ふるさと投資」だ。

社長の小松真実が話す。
「一口1 万円からなので、『給料日に毎月投資をします』というOLさんから富裕層まで、いろんな方が投資されています。自分の分身であるお金が社会でどう使われているのか、現地に視察に行き、仕事を手伝ったりします。中には被災地応援ファンドのひとつ、気仙沼のうどんづくりに投資するうちにその製麺会社に転職をしたり、岡山県西粟倉村の森林事業への投資を機に移住された方もいます」
共感が支援、参加に変わり、その地域の文化やコミュニティの担い手となる。NPO職員、鴨崎貴泰(36)は、同社の「ユカハリファンド」に5万円を投資した。
「投資すると、西粟倉村の間伐材を使った床に敷くパネル板を安く購入できるんです。学生時代に森林の生態学を研究していましたし、捨てられた森を復活させたいという事業に関心があったので、お金を出してみました」
取材で話を聞いた30代の女性たちも、利益よりも社会的価値ある企業をみんなで育てることに賛同した」と口を揃える。
ミュージックセキュリティーズが一年を費やして投資を募ったプロジェクトがある。ペルーの日系人が作ったアバコ貯蓄信用協同組合への資本増強だ。地球の裏側の話のため、なかなか投資額が集まらずに苦労したと小松が言うが、この事業は画期的だ。
アバコは、貧困ゆえに農機具が買えず、生産性の低い農業を強いられていた農村を支援していた。これは、約100年前から日本人の祖先が地道に続けてきた組織である。ここに米州開発銀行という国際機関と連携することで、「時空を超えた支援」を行ったのだ。
こうしたポケットマネー感覚での社会的投資がSIBの導入で広がると、何が予測されるだろうか。
例えば、現在の生活保護費は年間3.7兆円。そこで、民間の優れたアイデアによる若者就労支援プログラムを選定し、中間支援組織が投資を募る。成功すれば、公的コスト3,700億円が削減されると予測され、さらに納税や社会保険料徴収が効果として期待できる。認知症の予防プログラムも、民間がもつアイデアと行政が連携すれば、真っ暗な超高齢社会が違う姿に見えてくるだろう。

「行政収支改善へ横須賀市で動き始めた、児童虐待防止へのSIB」
横須賀市はSIB導入に向けた国内第一号となるテスト事業を行った。「特別養子縁組の取り組み」である。これは児童虐待の予防策となる試みだ。横須賀市内の虐待件数は、13年は487件。2年間で100件の増加である。不本意な妊娠やDV、親の精神疾患などによって、子どもが虐待されている。最悪なのは出産したその日に捨てられて死亡する悲劇だ。
吉田雄人市長の説明を聞こう。
「親が育てられない子どもは児童養護施設に入所するケースがほとんどですが、施設は満杯状態です。また、乳児期を施設で過ごすのは愛着障害の恐れが指摘されています。学習の遅れや退所後の自立の難しさもあり、早期に温かい家庭で養育される機会を子どもに与えるべきです」
特別養子縁組のマッチング実績がある団体「ベアホープ」が、この事業の実行主体に選ばれた。評価機関も決まり、日本財団がテスト事業の資金を提供。市によるSIBの成果シミュレーションによると、年間目標4人の特別養子縁組が成立した場合、行政収支は約1,700万円改善されるという。
しかし、「子どもをダシにして金儲けをする連中を、福祉事業に組み入れていいのか」という批判が起こった。だが、子どもが虐待を受けてから行政が動く対症療法では手遅れだ。
今年5月、市内に住む16歳の女性が急に産気づいて出産すると、各機関がすぐに連携。待機していた養子縁組の夫婦に赤ちゃんは無事に託された。多くの関係者に見守られ、赤ちゃんは生みの親と育ての親が望んだ形で人生をスタートさせたのである。2016年3月末までに4件の成立とフォローをもとに成果の計測が検証されれば、今後、篤志家、助成団体、投資銀行など資金提供者の参加を呼びかけ、国や県とも連携をしていく予定だ。
日本の家計資産残高は1,694兆円。うち現金・預金は889.4兆円である。そのうちの1%だけでも誰もが共感する問題に振り向けられれば、社会は新しい次元に到達するかもしれない。
横須賀市とともにSIBのテストに取り組んできた前出・日本財団の工藤七子はこう言う。
「私たちが必要なのは、スーパーリッチではありません。みんなで支えていただくSIBを地域でつくっていく。日本にはそのポテンシャルがあると思うのです」