性暴力の実相(1)後遺症 抑えられぬ不安、混乱

西日本新聞 2015年9月7日

小学3年の長女の帰宅が遅れると、心配で、居ても立ってもいられなかった。
洗濯などを放り出し、何度も学校に電話した。「娘が帰ってきていません」「何時に帰ったか確認してください」。家を飛び出し、校区内を車で走り回った。緊張して、過呼吸で病院に運ばれたことは一度や二度ではない。
北部九州に住む女性(43)は約10年前を振り返る。娘が小学3年に上がるころになって、不安に歯止めが利かなくなり、そんな状態が1年は続いた。
原因は、自身が子どものころに受けた「性暴力」。被害時とわが子の年齢が重なったとき、心的外傷後ストレス障害(PTSD)で恐怖がよみがえり、娘に同じことが起こらないかと、強烈な不安にさいなまれた。

夕闇迫る塾からの帰り道。「遊園地はどこ」。そう尋ねてきた男に、小学3年だった女性は右手首をぐっとつかまれた。「声を出したら殺す」。近くで同級生たちが不思議そうにこちらを見ていた。「助けて」の声が出ない。ビニールハウスの脇に連れて行かれ、襲われた。「死にたくない」と思った。
警察官数人が駆け付け、男を取り押さえた。その足音を聞いたとき、「助かる」と安堵(あんど)すると同時に「恥をさらしている」と感じたという。
心と体に「異変」が起きたのは、それから。ひどい頭痛に悩まされ、薬を飲み続けた。「私に非があったのでは」と自分を責め、中学生になって体つきが女性らしくなると鏡を見られなくなった。眉毛を延々とむしることもあった。
成人してからも、両手が腫れ上がるまで部屋の壁を殴ることがあった。酒や買い物に依存したこともある。結婚して夫のサポートを受けて症状が出る頻度は減ったが、時折、事件が脳裏をよぎり、パニックになった。

関西に住む30代のマリさん=仮名=は高校2年の春、見知らぬ男に襲われた。被害後も通った学校では、次第に勉強が手につかなくなった。約1年後、公園で大量服薬して自殺未遂をした。マリさんは「当時、事件の記憶が抜け落ちていた」という。思い出したのは、入院した精神科病院で治療を受けているときだった。
つらい体験から自分を守るため、性被害者は一時的に記憶をなくしたり、外から自分の体を見ているような感覚になったりすることがある。こうした症状は「解離性障害」と言われ、専門家によると、重い場合は複数の人格を持つようになるとも言われる。
マリさんも人格が二つあると感じている。「2人の私が同時に自己主張するので、頭の中がよくぐしゃぐしゃになる。感情が制御できない」。被害のことは、家族に話せていない。後遺症は消えない。

法務省の有識者検討会が8月、性犯罪の厳罰化を柱にした報告書をまとめ、国は法制化の検討に入る。被害者の心身に深い傷を刻みつける一方、表面化しにくいとされる性暴力。社会はどう向き合えばいいのか。被害の実相をたどった。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)
強烈なショック体験や精神的ストレスにより引き起こされる障害。恐怖を感じた時の記憶や感覚が突然よみがえるフラッシュバック▽過度の緊張状態による不眠や集中困難▽自身への強い嫌悪感や負の感情-などが1カ月以上たった後も続く。米国の研究では、PTSDの発症率は地震など自然災害を体験した女性で5%程度だが、強姦(ごうかん)被害に遭った場合は46%に上るとされている。

性犯罪の罰則に関する検討会
2014年10月に発足した法務省の有識者会議。メンバーは大学教授や検事、臨床心理士など12人。強姦(ごうかん)罪の法定刑の下限(3年)を引き上げるなどの厳罰化や、被害者の訴えがなくても起訴できる「非親告罪」に改めるよう促す報告書を今年8月にまとめた。暴行や脅迫など強姦罪が成立する要件を緩和すべきかどうかも検討したが、否定的な声が多数を占めた。上川陽子法相は今秋にも、刑法などの改正を法制審議会に諮問する方針。

性暴力の実相(2)身内 「安心な家庭」描けず

西日本新聞 2015年9月7日

「夜中に目が覚めるとお父さんの顔が横にあって…。それがすごく嫌だった」。10代後半のアイさん=仮名=が、里親のカズコさん=同、50代=にこう漏らしたのは昨冬のことだった。
幼少期に親を亡くしたアイさんは、小学生になったころ親戚の夫婦に引き取られた。養父から性虐待が始まったのは、小学校高学年のとき。夜に体を寄せてきて「(セックス)させなかったらたたかれた」。
回数は週1回ぐらい。殴られるのが嫌で、すぐに終わると思って我慢した。口止め料のつもりだったのだろう。養父はプレゼントを買って来てくれたが、何も知らない義姉たちからは疎まれた。
「暴力を受けている」と、担任の教諭に打ち明けたのは中学3年のころ。アイさんは児童相談所に保護された。「自分がされていた行為の意味を知り、耐えきれなくなったんでしょう」。カズコさんは少女の胸の内を思いやる。

児童養護施設に入所したアイさんは、荒れた。職員を無視したり、突然暴れたり…。集団生活になじまないと判断され、カズコさんの元に来た。
親元で暮らせない子どもたちを、何人も見てきたカズコさんは言う。「性虐待を受けた子は、みんな精神的な問題を抱えている。身体的虐待の子たちと比べて、信頼関係を築くのが難しい」
精神科医である久留米大医学部の大江美佐里講師ら専門家によると、幼少期に身内から性虐待に遭うと人格形成が妨害され、対人関係がうまく築けなくなる。被害が長期間に及ぶこともあるため、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状も重くなり、うつ病なども併発しやすいという。法務省の有識者会議は8月、親子など地位を利用した性暴力については新たな罰則を設けるべきとの意見を示した。
「家族なんかいらない」。投げやりなアイさんを見て、カズコさんは思う。「せめて安心できる家庭のイメージだけでも抱けるようにしてあげたい」

家族から性虐待を受けた被害者の多くは、その後も加害者と顔を合わせることになる。
リカさん=仮名=は小学生のとき、自宅で実父から体を触られ、「気持ちよくしてくれ」と迫られた。そのトラウマから「健全な家族像」を描けず、結婚や出産はしないと決めて、40代まで生きてきた。
母親には、被害は話していない。知れば、自殺してしまうかもしれないと思う。帰省のたび、「孫の顔が見たい」とあけすけに言われると怒りもわいてくる。
約10年前。葛藤に耐えかね、父親を問い詰めた。泣いてわびられた。
「私を育ててくれたのは事実だし、家族がバラバラになるのも嫌。他人が加害者ならば恨めばいいんだけど…」
家族ゆえに、苦しみが複層的に覆いかぶさってくる。

性虐待の脳への影響
福井大の友田明美教授(小児発達学)を中心とした研究によると、子どものころに性虐待を受けた女子大学生の脳は萎縮し、空間認知などをつかさどる「一次視覚野」の容積が平均して18%小さかった。特に11歳までに性虐待を受けた人の萎縮の割合がひどかったという。注意力や視覚的な記憶力の低下などが懸念されるという。友田教授は「残酷な体験のイメージを見ないように脳が適応したためではないか」と分析する。

幼少時の性虐待、救済に道 成人後の賠償請求認定
幼少期の性暴力であっても、それを原因とする病気の発症が20年以内なら損害賠償を請求できる-。最高裁が7月、こうした判断を示し、32年前の加害行為に損害賠償を認める判決が確定した。幼少期の性暴力は受けた行為を理解できず、訴えが遅れるケースが多いだけに、「被害救済の可能性が広がった」と関係者の注目が集まっている。
訴えていたのは北海道釧路市の40代女性。3~8歳のとき親族から受けた性虐待が原因で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したとして、2011年、この親族を相手に損害賠償を求めて提訴した。
裁判の焦点は、民法上の不法行為に対して損害賠償が請求できる「除斥期間」(20年)の起算点だった。
加害行為は1978~83年で、ここを起算点とすれば請求権は消滅している。一方、女性はPTSDと診断された2011年が起算点だと主張した。一審釧路地裁は性的虐待とPTSDの因果関係は認めたが、起算点は最後に加害行為があった83年ごろとし、「請求権は消滅している」と訴えを退けた。
だが、二審の札幌高裁は、女性側がPTSDに加えて主張したうつ病について、06年に発症した「新たな被害」と認定。起算点も06年とし、慰謝料や治療費など計3030万円の支払いを命じた。今年7月、最高裁は親族の上告を棄却、高裁判決が確定した。
女性の代理人を務めた寺町東子弁護士(東京)は最高裁の判断を「長年声を上げられずにいた被害者に、希望を与える画期的決定」と評価。ただ、「新たな症状が診断されない被害者は救済されない」として、幼少期の性暴力については、除斥期間の起算点を被害者が20歳になった時とするよう求めている。
性犯罪について、刑法上の時効撤廃を求める声も高まっている。だが、法務省の有識者会議が8月にまとめた報告書は、時間が経過して被害者の記憶が変わり、公判への影響が大きいことなどを理由に「消極的な意見が多数だった」としている。

性暴力の実相(3)無理解 「私が悪い」招く神話

西日本新聞 2015年9月7日

あなたは悪くない-。20代のユミさん=仮名=は、カウンセラーのレイコさん=同=から事務所でそう言われると、ボロボロ泣きだした。「初めて言ってもらえました」
数年前。ユミさんは職場の上司と酒を飲んだ後、強引にホテルに連れ込まれた。怒らせれば、クビにされるかもしれない相手。それでも「やめて」と何度も抵抗し、はぎ取られた服も一度は奪い返した。結局、男の腕力には抗えず、暴行された。
「飲みに付いて行ったあんたが悪い」
意を決して同僚女性に被害を打ち明けたユミさんを待っていたのは、乾いた言葉だった。「私が弱かったから被害に遭ったんだ…」。上司の名前を書類で見るたびに心臓が激しく鼓動し、涙が止まらなくなる。すぐに、職場にいられなくなった。
「ユミさんは、置かれた状況の中で精いっぱいの『ノー』を示していた。周囲の無理解が彼女を追い詰めてしまった」。レイコさんはそう分析する。

世の中には「強姦神話」と呼ばれる説がある。「露出の高い服装をしたり、なれなれしい態度を取ったりする女性が被害に遭う」「嫌なら必死に抵抗したはずだ」。そんな見方が被害者を萎縮させ、性暴力の存在を埋もれさせていく。
「神話」は司法界にも存在する、と指摘する専門家もいる。
千葉市の駅前で2006年、「ついて来ないと殺す」と男に脅された女性=当時(18)=が、ビルの外階段で強姦されたと訴えた事件。最高裁は11年に、逆転無罪判決を言い渡した。
「叫んだり、助けを呼ぶこともなく、逃げ出したりもしていない」「女性はキャバクラに勤務しており、接客経験も有しており…」。女性の話を「信用できない」とした判決文は、職業にまで言及した。
性暴力事件に詳しい島尾恵理弁護士(大阪)は「被害者は突然のことに恐怖で凍り付き、抵抗も、声を上げることもできなくなる。強姦神話など非科学的な理由をあげて供述の信用性を否定するケースは少なくない」と話す。

「まさかの不起訴!」「検察は合意があったとみたのではないか」。福岡市・天神のワッフル販売店で昨年起きた集団強姦事件をめぐり、インターネット上では議論が巻き起こった。
店員らは深夜に店内で20代女性に乱暴し、この女性をさらにホテルに連れて行って性暴力を加えた疑いがあった。
検察庁が出した結論は「罪に問えない」。ある捜査関係者は「被害者が抵抗できないほどの暴行や脅迫がないと、強姦罪は成立しない。無罪が出る可能性が高ければ起訴は難しい」と話す。
これに対し今年7月、一般市民がメンバーを務める検察審査会は、店員1人に不起訴不当を議決した。議決書では、「深く被害者の心理まで配慮した判断」を求めた。強姦神話に一石を投じているようにも見える。

面識のない加害者は1割止まり
内閣府が2014年度に行った「男女間における暴力に関する調査」(約3500人の男女が回答)によると、女性の15人に1人が「無理やり性交されたことがある」と答えた。加害者は、元交際相手や職場関係者などが46・2%▽配偶者や元配偶者が19・7%▽親族や親戚が8・5%-などで、面識のない人は11・1%にとどまった。「(被害後に)誰にも相談しなかった」と答えたのは7割近くに上った。

被害者3%は男性 強姦罪に規定なく苦悩
性暴力の被害者は女性だけではない。法務省によると、2013年に全国で認知された強制わいせつ事件7654件のうち、2・7%にあたる208件は男性が被害者だった。刑法の強姦(ごうかん)罪は加害者を男性、被害者を女性と限定しており、男性被害者は「誰にも相談できずに苦しみを抱える人は多い」と訴える。
九州大の内田博文名誉教授(刑事法)によると、男性がレイプ被害に遭ったとしても法的規定がないため、犯人は強制わいせつ罪で処罰される。欧米ではこのような男女での区別はないという。法務省の有識者会議は8月に発表した報告書で、強姦罪をめぐり男性も被害者になることを指摘。男性被害者について「心的外傷後ストレス障害(PTSD)などのダメージを受けるのは女性と変わりない」としている。
50代の玄野(くろの)武人さんは20代のとき、知人の女性から何度も性行為を強いられ、精神科医からも被害を受けたという。40歳のころ、苦しんだ記憶がよみがえり、PTSDとなった。
当時、性被害の相談電話に助けを求めたが「男性のことは分からない」と言われ、男性被害に触れた書籍もほぼ皆無だった。「いまだに『男性が性暴力に遭うわけがない』という社会の偏見がある」と訴える。
玄野さんは2001年、男性被害をテーマにしたホームページを開設。他の男性被害者とともに自助グループ「RANKA(ランカ)」を立ち上げて年に1度、関東で被害者同士が体験を語り合う交流会を開いている。「男性の被害を理解してくれる人が少しでも増えてほしい」と話す。
国は今秋にも刑法改正の検討に入る。内田名誉教授は「心と体の性が一致しないトランスジェンダーなど性のあり方は多様化している。法の下の平等に基づき、被害者に寄り添う改正が望まれる」と強調した。

性暴力の実相(4)ネット 画像、一度載せると

西日本新聞 2015年9月7日

福岡県内に住むケイコさん(19)=仮名=は高校生だった2年前の8月、インターネットの匿名掲示板で、山口県防府市に住む派遣社員の男(28)と知り合った。ネットのテレビ電話「スカイプ」でやりとりし、しばらくして、こう持ちかけられた。
「アニメのキャラクターのコスプレをしてくれない? 電子マネーを1万円分あげるから」
それを引き受け、報酬を受け取ったケイコさんは約束を守らず、そのまま連絡を絶った。「身元はばれない」と思っていた。
だが、甘かった。ケイコさんについての情報を求める書き込みがネットにアップされるとともに、過去のネット上の会話なども徹底的に調べられた。
この年の11月、男から来たメッセージには、ケイコさんの実名や大まかな住所などが書かれていた。「これ、ばらすぞ」「(許してほしければ)50万円払うか。それとも奴隷になるか」
怖さに加え、電子マネーの件の負い目もあったのだろう。ケイコさんは連絡を取り、スカイプで命じられるがまま、裸になって動画を録画された。脅しはエスカレートし、次は裸の保存動画を材料に性行為を迫られた。ケイコさんは昨年3月、警察に駆け込んだ。

男は昨年11月、強要などの容疑で逮捕され、有罪判決を受けた。同じ手口で20人以上の少女の動画を入手、拡散させており、ネット仲間から「カリスマ」と呼ばれていたという。
ネットには、過去に流出したとみられる女性の画像や動画があふれている。全国webカウンセリング協議会(東京)の安川雅史理事長は「拡散すれば完全消去は不可能」と言う。
安川氏によると、プロバイダー(接続業者)やサイト管理者に要請すれば削除でき、検索できなくすることはできる。ただ、その数から、全てに削除を求めるのは事実上不可能。海外サイトならば、法律や言語の違いもある。消しても、画像などが再度アップされれば、振り出しに戻る。
「少女たちはネットの世界で、素性の分からない男と安易に交流を始めてしまうが、実際には現実社会よりも危険だ」。捜査に携わる福岡県警サイバー犯罪対策課の的野史孝課長補佐の実感だ。

「セックスのビデオを売る。許可してほしい」。10年ほど前、関東に住む30代のハルカさん=仮名=の勤務先に、突然手紙が届いた。悪夢がよみがえった。
学生時代のこと。初めて交際した相手に「1人の時も楽しみたい」と性行為の撮影をせがまれ、好意から許した。後に別れを切り出すと、男の態度が一変した。侮辱するようなメールを何度も送り付けられた女性は、メールアドレスや住まいを変え、逃げ切ったはずだった。
思い当たったのはネット上の就職情報サイト。勤務先を紹介するために登場し、実名も写真も掲載していた。「また付きまとわれる」と怖くなり、退職した。
「ずっと隠れて暮らさないといけないのか」。ネット社会の怖さが今はよく分かる。

児童ポルノ摘発1248件
警察庁によると、少年少女の裸の画像などをインターネットに流出させたなどして、2014年に摘発された児童ポルノ事件は全国で1248件。09年(507件)の約2・5倍にまで増えた。元交際相手などの画像を公開する「リベンジポルノ」の被害相談は、リベンジポルノ防止法が施行された昨年11月末から同12月末までで110件。被害者の約6割は20代以下だった。

性暴力の証拠、民間が管理 大阪府が制度化
大阪府は、性暴力を受けた女性から採取した加害者の毛髪や体液を、病院内にある被害者支援団体に保存してもらう制度をスタートさせた。事件直後には、警察への相談をためらう人が多く、将来、警察への被害申告を希望したときに証拠物を提出できるようにするシステム。証拠物を警察以外で管理する制度を整えた自治体は全国で初めて。
大阪府によると、被害者が協力病院を受診した際、警察に届けない意思を示しても、同意を得て体液や毛髪を採取。阪南中央病院内(大阪府松原市)にあるNPO法人「性暴力救援センター・大阪」が一括保存する。後で被害者が刑事告訴などを希望した際に警察に提出する。
制度は、7月からスタート。現時点で協力するのは8病院で、証拠物の保管に被害者の金銭的負担はないという。警察や検察と作成したマニュアルに従って厳重に保管し、証拠能力を担保する。
被害者から証拠を採取できるのは事件後3~5日とされる。性犯罪の捜査では、加害者の遺留物のDNA型が有力な証拠となるが、被害者が警察への通報をためらい、証拠が乏しくなるケースが多いという。2014年度に内閣府が行った「男女間における暴力に関する調査」によると、被害者117人のうち、警察へ届け出た割合はわずか4・3%にとどまっていた。
大阪府は「制度を活用してもらうことで潜在的な被害者の救済につなげたい」と強調。協力医療機関も増やしていきたい考えで「他の自治体にも参考にしていただければ」としている。

性暴力の実相(5)支援 前向き歩けるように

西日本新聞 2015年9月7日

性暴力取材班は、30人を超える被害者や支援者から話を聞いた。その中で、被害者の多くが経済的苦境に直面している実態が浮かび上がってきた。
40代のアオイさん=仮名=は24歳のころ、上司から乱暴された。社会人1年目。貯金はほとんどなく、仕事を続けたが、約3カ月後には幻聴が始まった。不眠などから次第に引きこもりがちになり、被害から1年半後、退職した。
「収入がなくなり家賃も払えない。生きるために消費者金融から借金を重ねました」
生活費だけではない。被害を思い出したくないと、現場の自宅から転居しようとしても、費用が賄えないケースも多い。

犯罪被害者給付金など、公的な支援は存在する。ただ性被害の場合、スムーズに受給しにくい、と支援に携わる本間綾弁護士(福岡)は言う。「身体的な被害と異なり、心の傷は第三者には見えにくい。診断に1年以上かかることもあり、受給が遅れやすい」
被害者をバックアップしようと、自治体レベルでの支援の輪は広がりつつある。
佐賀県は2012年に、医療や法的な支援など必要な情報を1カ所で提供する「ワンストップ支援センター」を開設した。13年には福岡県、今年6月にも熊本県がセンターを開いた。熊本県の北沢卓センター長(68)は強調する。「365日、話を聞いてあげたい」。職員たちは、長期的な支援のあり方などを模索しながら、被害者と向き合う。
被害者側でも、緩やかにつながる「自助グループ」で語り合い、お互いの重荷を分かち合おうという試みが増えている。九州に住むエミさん=仮名=は年に数回、こうした交流会を主宰する。「同じ痛みを抱える人と話すことで、独りで抱え込まなくてよくなる」

「自分を大切に思えず、価値がないと思い込んだ時期もありました」。6月中旬、大分市。工藤千恵さん(43)は講演会の壇上にいた。連載の1回目で紹介した被害者である。
8歳で事件に遭った。25歳の時に結婚し、夫のサポートを得て暮らす中で、フラッシュバックなどの症状は落ち着きつつある。「被害者に寄り添う社会であってほしい」と、昨春からは実名を明かして実体験を語り始めた。
2年半前。「あの日」以来、初めて事件現場を歩いた。まるで違う場所にいるように風景は一変していた。「とても長い時間、私は被害と向き合ってきたんだ」と気付いたという。
今もエレベーターのような狭い空間や暗い場所に行くと、胸の奥がざわつくことがある。
「被害前と同じ私に戻ることはできない。でも被害に遭っても、前向きに生きられる力が人にはあると伝えたい」
工藤さんの声は同じ境遇にある被害者に、そして社会に向けられている。

性被害のワンストップ支援センター
産婦人科がある病院内に相談センターを設ける「病院拠点型」や「センターを中心とした連携型」がある。内閣府は2012年、各都道府県に最低1カ所はあることが望ましいとの考えを示したが、義務付けはしていない。九州では福岡、佐賀、熊本が設置済み。長崎、大分、宮崎、鹿児島も「設置する方向で協議中」としている。

「一人で抱え込まないで」 被害時、専門機関に相談を
性暴力の被害に遭えば、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの症状が出て、仕事や人付き合いなどがうまくいかなくなるケースが多いとされる。その対応について、専門家は「被害者は一人で抱え込まず、周囲は『あなたは悪くない』と繰り返し伝えることが大事」と強調する。
「安心して話せる相手を見つけて相談してほしい。第三者に打ち明けることで、支援につながりやすくなる」。こう話すのは、精神科医で久留米大医学部の大江美佐里講師。過去には、熊本市で強姦(ごうかん)被害に遭った20代の女性が、4カ月後に自ら命を絶ったケースもある。大江講師は「症状は良かったり、悪かったりを繰り返しながら、時間の経過とともに改善に向かう。被害者は決して人生をあきらめないで」と訴える。
周囲のサポートはどうあるべきか。臨床心理士で福岡犯罪被害者支援センターの浦尚子事務局長は「まず被害者の自責感を軽減してあげることが大事」と言う。PTSDなどに苦しむ被害者を1人で支えることは難しく「本人の意思を尊重した上で、医療や相談機関を頼ってほしい」と話す。