子どもの虐待死事件の根本にあるもの(上)―DVと児童虐待併存の困難さ

沖縄タイムス+プラス 2015年8月27日

1990年代にアメリカ・サンフランシスコ市にある「CPMC」という病院の児童思春期クリニックに勤務したことがあるのですが、児童虐待介入を受けた子ども達の受診数の多さに驚いた記憶があります。
例えば、当時10歳のタイソン君(仮名)は、学校や家庭で「キレる」「自傷行為が著しい」ということで、里親に連れられて相談に来ました。学校の先生がその様子をビデオで記録したものがあったのですが、尋常な怒り方ではなく、確かに「キレる」という表現がふさわしいものでした。彼はお母さんと二人の母子家庭でしたが、お母さんはヘロイン依存症のため養育ができない状況が続いていました。
最終的に児童保護課によりお母さんから分離され、里親家族に措置されましたが、その後お母さんはアパートを失い、ホームレスになり、消息不明になってしまいました。タイソン君は薬物依存のために生活がうまくやれていないお母さんを補うような、しっかりした男の子でした。フードスタンプ(保護世帯が福祉局から給付される買い物クーポン)の管理をしたり、朝の支度をちゃんとしたりして、学校を休むことはまれでした。そんな彼が、キレたり自傷行為をしたりし始めたのは、里親家庭での生活がはじまって数カ月して、お母さんと音信不通になってしまってからのことでした。
当時注目された “run away kids”(家出少年)の多くも、虐待介入の産物であるケースが少なくありません。彼らの多くは思春期に達した子ども達で、虐待介入後に措置された里親家族から逃げ出して、ストリートキッズになってしまい、青年後期・成人に達するとそのままホームレスになってしまうことが問題として取り上げられていました。ホームレス生活のなかで、薬物や性の問題、犯罪などさまざまな生活問題をともなっていくわけです。「単に親から分離するだけで十分ではない」「家族の力による修復が必要ではないだろうか」という議論がされていた時代でした。
虐待介入の歴史は、「虐待する大人(多くは親)から離す」という方向ですすみながらも、ここに紹介したような「家族から離すことによる弊害」に遭遇することになります。その結果、アメリカでは“Family Reunion”、日本では「家族再統合」といわれる、「家族からなるべく分離することなく、家族の養育機能を改善していく・補填していく」という支援の方向性を模索するに至っています。
「子どもが成長する前に早期に虐待介入すれば、介入の影響も少ないでしょう?」という意見もあるかもしれません。しかし実際には、介入の影響が少ないのは子どもがせいぜい生後数カ月くらいのもので、1、2歳からはその影響を避けるというのは難しくなります。そして何よりも、早期にキャッチできる虐待もあれば、そうでないケースもたくさんあるわけです。
いずれにせよ、「家族を分離することなく(あるいは最小限にして)、家族の養育機能を高める」ための支援・介入というのは、家族(特に両親)のなかにキーパーソンになる人との関係の構築が必要になります。特に母親が「現状をどうにかしないといけない」という認識を持ち、キーパーソンとして機能してもらうことは、支援を組み立てる際の大きなポイントになるはずです。
ところが、子どもへの虐待だけでなく、DV(ドメスティックバイオレンス)というもう一つの問題を抱えた時、支援・介入の困難さは増していきます。
DVケースでの支援のひとつは、被害者(圧倒的に女性の場合が多い)を避難させることになります。まだまだ十分だとは言えませんが、被害者のためのシェルターや相談施設、相談員(ケースワーカー)、加害者に対する接近禁止の法制度が整備されて来ました。警察の協力もここ十数年で大きく変化してきたと思います。
しかし、DVケースの特徴は、暴力行為が被害者から報告されていたり、時には暴力痕(写真)が存在していたりしたとしても、被害者本人の承諾がなければ介入を始められないところにあります。DVケースの支援の経験がある方はご存じだと思うのですが、被害者はなかなか配偶者(および類する者)との関係に見切りをつることができず、介入に対する決心を渋り続けることが少なくありません。決心がつかない被害者に対して、焦りや憤りを経験したことのある相談支援担当者も少なくないはずです。
しかし被害者本人からすると、シェルター避難や接近禁止は、人生の大きな決断になるわけです。相談員の焦りで支援を急いだとしても、それに追い立てられるように感じてしまい、被害者が相談を止めてしまうこともあります。時には、いったんシェルターや施設に避難・保護となって後、再び加害者との(暴力の)関係に戻ってしまうことも少なくありません。暴力が取り返しのつかない結果にならないよう見守りつつ、被害者の自己決定を焦らず待つというアプローチが求められるのだと思うのです。
しかし、そこに子ども虐待が併存したとき、支援者はどういうスタンスでケースと向き合うのか、難しいさじ加減が求められるわけです。DV被害者は、暴力の被害者であると同時に、子どもを守る義務を持つ親(多くは母親)でもあるわけです。「焦らずに自己決定を待つ」というアプローチだけでいいのかという疑問が生じます。しかし、介入・支援への決心を強く促した時、唯一の支援の窓口(入り口)から遠のいてしまう可能性もあります。先述した「家族再構築」のために必要なキーパーソンである母親との信頼関係が損なわれてしまうリスクも生じるわけです。
今回、宮古島市での児童虐待死事件のようにDVと虐待が併存するケースは少なくないと思います。この事件については、児童相談所間での連携の不備を含めた様々な指摘がされています。
「子どもは社会が育てる」とよく言いますが、実際には、子を育てる親を社会が支えているわけです。難しいケースになるほど、親をすっ飛ばして社会が育てるということは、私達が考えるよりも多くの困難を伴うものだと思うのです。多くの里親の方々はそのことを日常の現実として、実感されていらっしゃると思うのです。
児童相談所や児童家庭課、そして里親の方々など、児童虐待の介入・支援に関わる人達は、社会が代行するには困難な「子どもの育ち」を、いかに社会が補填できるのかというミッション・インポッシブル(難しい職務)を背負っているのだろうと思うのです。彼らのミッション(職務)をよりポッシブル(possible、可能)にするような環境を作ってあげなければ、今回のような事件事故への反省は生かされないままになってしまうのではないかと思うのです。他府県に比べて様々な問題の多い沖縄に、児童相談所が2カ所しかないというのは、現状に見合ったものなのか、再検討が必要なのではないでしょうか。

子どもの虐待死事件の根本にあるもの(下)―児童福祉の「資源」欠乏を補うには?

沖縄タイムス+プラス 2015年9月12日

前回のエッセーでは、DVと虐待が併存したケースの難しさと、虐待介入や子ども支援をめぐる環境整備が必要なのではないかということを書かせていただきました。虐待児童の支援を含む児童福祉の分野には、特に具体的な支援を行う「資源」欠乏という大きな問題が多くの支援者を困らせています。
以前このエッセーで、お母さんが統合失調症を患っていて、母子家庭で生活している小学生のみつる君(仮名)のことを紹介しました(「子ども達の地域支援から見えてくる「実践文化」のちがい」)。みつる君が赤ちゃんの時に、お母さんが統合失調症の症状のため調子が不安定で自殺念慮が著しく、緊急入院が必要になった時がありました。お母さんからの電話を対応した相談施設のケースワーカーが自宅訪問を行い、パニック状態になっているお母さんを説得し病院受診に同行。かかりつけの精神科病院でも、入院が必要という判断に至ったのです。しかし、まだ生まれて1歳にもならないみつる君をどうするかということになりました。みつる君親子は、近くに親戚や家族など頼れる人がいませんでした。その日は土曜日。児童相談所の休日対応の相談員と話をするのですが、乳児は一時保護所で緊急保護することはできず、乳児院入所しかできないこと、そして乳児院では緊急預かりができないことを説明されました。みつる君とお母さんを前に、病院に同行した相談員は困り果ててしまったわけです。
虐待事例から少し離れますが、非行少年介入の分野ではこういうことがありました。カズアキ君(仮名)は中学校3年生の時に起こしたある事件のために、少年院に入所してしまいました。彼が退所する時には高校生の年齢。すでに中学は卒業となっていて、家に戻ってきても通える学校もなく、教育委員会の支援「教室」にも対象にならない状況にありました。カズアキ君は、「1年遅れてもいいから受験して高校に行きたい」という希望を持っていたのですが、収入と生活の安定しない父親との2人暮らしでした。そのままだと日中何もすることがなく、ひきこもり生活、あるいは昼夜逆転生活から深夜徘徊、そして何らかの事件に巻き込まれてしまう懸念があったわけです。保護観察所の担当者から、カズアキ君の日中活動についての相談を受けいろいろと模索した結果、ある障害者就労支援事業所のはからいで、カズアキ君をその事業所のベーカリーとカフェ業務を手伝わせてもらえることになりました。彼はそこでわずかながら工賃をもらえるようになり、料理に興味を持ち始め、高校の食品科に入学していきました。
カズアキ君のケースに関わった時に、担当者がふと「障害福祉には使えるサービスや活動がたくさんあるのにねー」と漏らしていました。子どもが発達障害や知的障害などがあって障害福祉の対象になるのであれば、様々な「資源」の対象になるわけです。家庭や母親の負担が大きくなってきて虐待の可能性が出てきた時に、家庭から距離をとるために児童デイサービス(放課後等デイサービス)を利用したり、時にはショートステイ(短期入所)を活用して何日か自宅から避難することも可能になるわけです。カズアキ君のように就労支援を活用して日中活動を組み立てることも可能になるのです。ここに紹介したようなサービスや活動のことを「資源」と呼ぶのですが、虐待や非行・ぐ犯少年が対象となる児童福祉分野には存在しない「資源」を、障害福祉のそれで代用しながら支援を組み立てた経験のある支援者も少なくないはずです。
そもそも障害福祉も現在のようにアクセスの良い制度であったわけではありません。入所・入院施設が少し離れたところにあって、それ以外の施設を探すことが難しい時代が長く続きました。平成18年に障害者自立支援法が施行され、その後10年近くかけて現在のような、「生活圏の近く」にある福祉サービスへと様変わりしてきました。この制度転換のポイントは、小さな団体でも福祉サービス提供主体になれる制度にしたことです。それにより、生活の近くで、対象児童に必要なサービス(資源)が提供されるようになったのです。
言いかえると、障害者自立支援法(現法は障害者総合支援法)以降の制度は、福祉サービスの外注(アウトソーシング)システムを発展させたところに大きな転換点があったのです。巷の小さな団体を含めた民間団体を支援の中核に据えることによって、行政や大規模な法人では展開できない、地域の実情に合ったきめ細かく、そして多様性のある支援サービスを提供できるようになってきています。
虐待や非行ケース、あるいはその他障害の関わらない子どものケースに関わると、「通える距離に支援サービスがない」「緊急に使える支援サービスがない」「きめ細かく対応できる支援サービスがない」というのが実感です。障害福祉の児童デイやショートステイなど、具体的な生活を支えるような支援サービスの提供を行政と限られた福祉施設を軸とするものから、小さな民間事業所が行える制度に切り替えていく必要性があるかもしれません。
もちろん子どもを家族から分離するような法的執行力をともなう強制的介入は、児童相談所のような行政機関に委ねられる必要があると思います。前回のエッセーでも記したように、児童相談所(市町村の児童家庭課も含め)や児童福祉機関の仕事をより円滑にするための環境整備が求められていると思うのです。児童相談所の仕事を円滑にするということは、個々の子ども達とそしてその家族の抱える困難に対しても影響を与えるものだと思うのです。

現役保育士が「辞めてやる!」と思う時

@DIME 2015年9月11日

保育士や幼稚園教諭の人材紹介サービス「保育のお仕事」を展開する、株式会社ウェルクスは、保育士を中心とする「保育のお仕事レポート」の読者131人に、独自のアンケートを実施、働いていて思わず「辞めてやる!」と思った経験の有無について聞いた。調査の結果、「辞めてやる!」と思ったことがあると回答したのは、全体の96.9%で、ほとんど全員に近い人が、一度は仕事に大きな不満を抱えた経験があることがわかった。
では、実際にどのような時に仕事を辞めたいと感じるのか。調査によると、その原因として最も多く挙げられているのが、「上司・同僚との人間関係上の問題」で63.9%、次いで「業務量や残業の多さ」が19.8%、「園長・施設長に対する不満」が16.7%。園長や施設長との関係性も含めると、実に80%もの人が、職場内の人間関係が原因となり、不満を持っていることがわかった。
下記は自由記述回答。

・職場の上司からの度重なる言葉の暴力で、体調不良になり、体を壊してその職場をやめた。(20代女性)
・先輩からは指導ではなく、嫌味、批判ばかり。誰かしらが誰かの悪口を言っている。(20代女性)
・休みがない。仕事量も多く、いつも仕事に追われている。(20代女性)
・園長に言われた通りに仕事をして、次の日そんなこと言ってないと言われた。なにか問題が起きた時、あたし責任取らないから!と逃げた。(20代女性)
・残業手当がつかないのがキツい。(30代女性)
・給与が上がらない。(50代女性)
・保護者からの理不尽なクレームがあった時。責任をすべて押し付けられると辞めたくなる。(30代女性)

今回のアンケートでは「辞めてやる!」と大きな不満を抱えた後、どのような行動をとったかについて聞くと、最も多かったのが「我慢しつつ働き続けている」というもので32.1%、また「実際に仕事を辞めた」「現在転職を検討している」という回答もそれぞれ22.1%に及んだ。

アンケート調査概要
・実施期間:2015年6月1日~6月15日
・実施対象:保育士(80.2%)・幼稚園教諭(10.7%)・その他保育関連職(5.3%)・その他(3.9%)
・回答者数:131人(平均年齢:32.6歳)
・男女割合:女性/97.7%・男性/2.3%
・回収方法:facebookおよびLINE@で告知

減らされる一方の年金 「繰り下げ受給」や「不可年金」活用を

NEWS ポストセブン 2015年9月13日

無職の高齢夫婦の生活費は平均して月6.2万円の赤字。65才から90才までの生活を貯金で賄うには1850万円が必要で、さらに年金減額や自宅リフォーム代、突発的な医療費などを加味すると老後に安心して暮らすには2850万円の資金がいる。そうした貯えがないと、いつか「下流老人」に転落する――。

「下流老人」に関してはこんな声も。
「年金は夫婦で10万円ちょっと。もうそろそろ貯金も底を尽きそうです。不安でたまりません」(60代後半女性)
「夫はリタイア直前。退職金から住宅ローンの残債も払うので、残る貯金は1500万円ぐらいです。どうすればいいのでしょうか」(50代主婦)
下流老人の生活は厳しい。月額5万円の年金でひとり暮らしをする首都圏の郊外在住のA子さん(75才)は電気代が払えず真っ暗闇で生活し、月3000円の薬代が払えず持病の発作に怯えている。年金受給日前は100円ショップで買い溜めした乾麺を1日1食、口にするだけ。持ち家なので生活保護を受けられないのだ。
「こんなはずじゃなかった。だけど、年を取ったら人生は取り戻せない。夫が生きているうちにきちんとすべきだったと悔やんでも悔やみきれないよ」(A子さん)

注意すべきなのは、女性は男性より「老後破産」のリスクが高いことだ。
厚生労働省の調査では、男性の年金受給額は平均180.7万円に対して女性は98.6万円にすぎない。実際、65才以上のひとり暮らし女性の「相対的貧困率」は44.6%(2012年)とひとり暮らし男性の約1.5倍に達する。ひとり暮らしの高齢女性の2人に1人が貧困にあえいでいるということだ。
しかも、後述するように今後、年金受給額は毎年、減額される。さらに2017年4月からは消費税が10%にアップする予定で近い将来、大幅な収入減と支出増が待っている。つまり、女性が老後破産するリスクは年々高まっており、誰でも「老後破産予備軍」といえる時代なのだ。

どうすれば老後破産を回避できるのか。
厚労省によれば、65才以上の世帯のうち所得のすべてを年金に頼る世帯は5割を超える。ところが国の財政難から今後、年金受給額は毎年1~2%の減額となる。20年後に22%、40年後に45%の大幅カットをされる計画だ。
減らされる一方の年金を少しでも増やすことはできないか。その1つの方法が「繰り下げ受給」だ。
年金受給は原則65才からだが、希望すれば60才からもらえる「繰り上げ受給」や、受給年齢を70才まで遅らせる「繰り下げ受給」が可能だ。
前者は毎月の年金額が「繰り上げた月数×0.5%」減額され、後者は「繰り下げた月数×0.7%」増額される。
たとえば、国民年金に加入期間40年で満額受給する人が繰り下げ受給を選択し、受給開始を1年遅らせたとすると、月5400円ほど受給額を増やすことができる。最大5年間(60か月)受給を遅らせると、月2万7000円(42%)も増える計算になる。

国民年金加入者には「付加年金」の利用がお勧めだ。
「国民年金の保険料に追加して毎月400円払うだけで、将来の受給額(年額)が『200円×加入月数』だけ増える制度です。たとえば、50才からの10年間、付加年金を払うと総支払い額は4万8000円。『200円×10年間』で年額2万4000円が上積みされる。つまり、65~66才の2年間受給すれば元が取れます。その後は長生きするほど得になります」(「年金博士」として知られる社会保険労務士の北村庄吾氏)
何より年金を増やす大原則は「長く働くこと」だ。国民年金は最大40年しか加入できないが、厚生年金は働けば働くだけ上積みできることは忘れてはならない。

無料で早期発見! 判定率93%の「認知症診断アプリ」〈週刊朝日〉

dot. 2015年9月13日

認知症の疑いの有無が簡単にスマートフォンなどを使って無料で調べられるアプリが開発された。発表会見に参加した認知症早期治療実体験ルポ「ボケてたまるか!」の筆者・山本朋史記者は、役立つ可能性を感じたという。

このアプリは「客観式認知症疑いチェックアプリ」(配信名称は「認知症に備えるアプリ」)。第三者が七つの質問に答えると、93.9%の確率で認知症状がチェックできるという。NPO法人オレンジアクト(高瀬義昌理事長)が開発した。
高瀬さんは東京都大田区で認知症サポート医として地域包括ケアに尽力している。昨年11月にぼくが認知症サミットの後継イベントでスピーチしたときに知り合った。認知症関係の会合に積極的に参加、この世界では有名人である。
発表会見のメールが広告代理店から届いたのは8月上旬だった。5日午後2時から、厚生労働省記者クラブの会見場にて。幸い予定は入っていなかった。前日に出席の意思を伝えると、「希望者が多いので立ち見になるかもしれません」
注目されているらしい。霞が関にある厚労省には東京地検特捜部が摘発したKSD事件のときに何度も通った。医療関係の取材では昨年、認知症対策専門官に話を聞きに行って以来だ。混雑が予想されると聞かされたので30分前に行く。会見場の入り口に背広姿の高瀬さんがポツンと立っていた。ぼくの顔を見ると、
「来てくれたの。まさか来るとは思っていなかった」
だって呼んだんじゃない? へんなの。でもきっと緊張していたのだろう。会見が始まる直前にクラブの加盟記者が入室してきた。
前半がアプリの説明で、後半が一般社団法人「あなたの後見人」による「意思登録サービス」についてだった。アプリの配信開始は翌6日で、ぼくもiPadで事前に試そうとしたが、入手できなかった。
IT関係の説明は実際に起動させながらするのが最もわかりやすい。言葉だけではなかなか難しい。オレンジアクトによると、認知症患者が462万人いると予測されているのに、専門医への受診者は数十万人に過ぎない。本人の症状が進んで、子や配偶者から病院に行くことを勧められても、
「認知症なんかじゃない。大丈夫だから」
と断るケースが多いという。早期受診すれば対応の仕方も違ってくる。アプリを使えば、認知症の疑いの有無がつかめて病院に行きやすいというのである。疑いあり、という結果が出れば、地域の医療機関なども紹介してくれる。高瀬さんによると、年齢や性別などによっても違いはあるが、認知機能検査(MMSEと似た長谷川式テスト)で30点満点中の20点以下の人が「疑いがあります」になるという。
軽度認知障害(MCI)と診断され、すでに早期治療を始めたぼくにとっては今さら必要はないアプリだ。しかし、年齢のいった祖父母や親を、近親者が本人に無理強いしたり傷つけたりせずに調べるには便利かもしれない。