<児童福祉法改正案>自立ホーム入所「22歳」に引き上げへ

毎日新聞 2016年3月16日

厚生労働省は16日、児童養護施設を出た15歳以上の子どもが共同生活を送る「自立援助ホーム」の入所条件を、現行の「20歳未満」から「22歳に達した年度末」までに引き上げることを盛り込んだ児童福祉法の改正案をまとめた。今国会に提出する方針。
有識者による専門委員会の議論では、里親家庭や施設で生活できる年限を「18歳未満」から「20歳未満」に引き上げ、例外的に22歳未満まで延長できるようにすべきだとの意見が大勢だった。
しかし、子どもを受け入れる里親や施設が不足しており、成人年齢の引き下げも議論されていることなどから、対象年齢の法改正は据え置き、20歳未満まで延長できる例外規定の積極的な運用をすることにした。一方、大学進学者を支援する必要性から、自立援助ホームの入所条件を見直した。
改正案には、児童相談所を設置できる自治体として新たに東京23区を加え、5年後をめどに中核市と23区で設置が進むように国が支援することや、親元で暮らせない子供は里親などの「家庭と同様の養育環境」で養育するとする理念が盛り込まれた。【黒田阿紗子】

「保育は家庭でしなければいけない」と「学校に行かなければいけない」という規範は、どちらが強力か

Yahoo!ニュース 田中俊英 2016年3月16日

さまざまな「あるべき」
年度末の多忙さでなかなかこの欄を書く時間が見つからず、あっというまに前回から1週間が過ぎてしまった。
前回は「保育は家庭で行なわなければいけない」という規範が日本を停滞させるといいうタイトルで、日本の保育所/園不足の根本には、日本に根強く残る「保育は家庭で」という規範があるのでは、という、古典的かもしれないが僕には重要だと思うテーマを指摘した。
日本には、子ども・若者に関するいくつかの規範が根強く残る。
規範とは、道徳や倫理を薄めた、「社会を目に見えないかたちで縛る決まりごと」のことだが、道徳や倫理(その究極は「人を殺してはいけない」だろう)までいかないものの、この社会にはたくさんの決まりごとがあり、それは道徳や倫理というふうにまとめてしまうと大げさになる。
社会にはさまざまな「~であるべき」が存在しており、それらは「人を殺してはいけない」ほど強烈ではない。
そのひとつが、「学校に行かなければいけない」であったり、「仕事をしなければいけない」であったり「結婚しなければいけない」だったりする。
それらは、社会の時代背景が変われば、「~いけない」の重さが薄くなってくる。
今の社会情勢であれば、「結婚しなければいけない」とはなかなか言えないだろう。また、「仕事をしなければいけない」はまだ生きているかもしれないが、「正社員でなければならない」とは、非正規雇用4割のこの時代にはなかなか言えない。

「学校に行かなければいけない」
「学校に行かなければいけない」にしても、70年前の敗戦直後においては、学校より「自分と家族が生きていく」ことが最優先だったため、学校は後回しにされた。少女時代の美空ひばりの映像などを見ると、そのことはなんとなく想像できる。
このように、「人を殺してはいけない」的道徳とは違い、規範とはその時々の社会情勢に左右されるものだ。
現在では、その典型が「学校に行かなければいけない」という社会規範だろう。
学校とは、親からすると、自分の子どもを絶対通わせたい施設だ。が、親の生活状態によっては、それは後回しになってしまう。
敗戦直後の混乱状態であれば、親は子どもに「小さい大人」であってほしい。小さい大人として、家にその稼ぎを入れてほしい。
また現在の貧困家庭であれば、親は生活保護を受給しながらも子どもにはアルバイトしてもらい、そのアルバイト代の大半を役所に内緒で家に入れてほしい。
生活保護を受給する親にとっては、学校に行く行かないは二次的なものになり、子どもは生活保護受給金の頭数の1つになる。
そして、生活保護費がアップするための頭数の1つとしてカウントしながらも、同時に子どものアルバイト代のほとんどを「搾取」する。その搾取したカネは、たとえば親のパチンコ代として消えていくのであるが、けなげな子どもたちは文句を言いながらも搾取され続ける。
まるでドストエフスキーの貧困家庭に出てくるエピソードのような話だが(ドストエフスキーのロシアにはパチンコはなかったが)、現在の日本の都市部で実際に繰り広げられている事態だろう。

政治は日本の「保育規範」に甘えている
話がついつい貧困問題に行ってしまったが、そうした事態が現在の日本の貧困層にあるとはいえ、我が国にはまだまだ「学校に行かなければいけない」という規範は残る。
これと、「保育は家庭でしなければいけない」という規範ではどちらが強力だろうか。
一見「学校」のほうが強いように思える。が、今回の「保育園落ちた日本死ね」ブログから始まる動きを見ていると、問題を十分理解しながらも世論動向を見て政策レベルにまで落とし込めない政治の姿から、この「保育は家庭でしなければいけない」は、我々の社会に相当強烈に食い込んでいる。
言い換えると、政治は日本の「保育規範」に甘えている。
保育に関する政治的決定(保育士の給与アップや保育所増設)に辿り着く前に、「日本では『保育は家庭で』という規範が残るので、そこに税の投入はできない」という言い訳が成り立つ。
「学校規範」は、10数万人という「高止まり」の不登校現象で表わされるように、崩壊寸前ではある。
これに対して「保育規範」は、今回の「日本死ね」現象で表沙汰にはなったものの、「保育所が悪い」ということにはなっていないし、そもそもこの問題(保育園不足)の大元に「保育は家庭で」という規範が隠れていることも認識されていない(少なくとも不登校は「教育は学校で」規範が共有されている)。
その意味では、保育のほうがリジット(堅い)な問題であり、やっと気づかれた問題でもある。★

キレやすい、冷静になれない・・・感情に振り回されやすい人5つの特徴

TABI LABO 村松奈美 2016年3月16日

つい、イライラして周りの人を巻き込んでしまったり、自分だけが嫌な目にあわされていると思い込んだり…。ダメだと思いながらも、自分の感情に振り回されてしまう人がいます。彼らに共通するある特徴とは?さらには、心理学の観点からその改善法と合わせてご紹介!

01.物事を大げさに捉え1つのことで頭がいっぱい

感情的になった人をなだめる時、よく「冷静になれ」などと言いますよね。これには2つの失敗パターンがあるのです。「物事を大げさに捉えてしまうこと」と「1つのことで頭がいっぱいになってしまうこと」です。
後者について例を挙げましょう。
たとえば、とても厳しい上司がいて報告書を出しに行くたびにキツイ言葉で叱られるとします。「また叱られたらどうしよう」という不安にかられると、頭がいっぱいになってしまい、大事なことに気が回らなくなってしまいますよね。このように、人は感情的になると、バランスを考えて行動することができなくなるのです。

02.ひとたび「負の感情」が湧くと脳を支配されてしまう

世界的ベストセラー『EQーこころの知能指数』の著者、ダニエル・ゴールドマンは「人は感情的になりすぎると、心が感情によってハイジャックされてしまう」と述べています。つまり、「感情」に脳が乗っ取られてしまい、「思考」によるコントロールの制御がきかなくなってしまうのです。怒りの感情が非常に強いタイプの人がキレると暴力を振るったり、物を投げたり、相手を怒鳴りつけたりするのもこれが原因。
こんな事態を避ける方法は、事前策のみです。感情が高ぶってきたら、あまり強くなりすぎる前に食い止めること。具体的には、気分転換で感情をリセットすること。そして、自分を支配している思い込みに気づくことです。

03.「被害妄想」と「権利意識」2つの思い込みが強すぎ!

私たちが感情的になってしまう時は、何らかのネガティブな思い込みが背景にある場合が多いもの。その思い込みの1つが、「被害妄想」です。相手は悪いやつで、一方的に自分が嫌な目にあわされている、という考え方。
たとえば、急に恋人から「待ち合わせに遅れる」と連絡があった時、「いい加減な人」だとか「バカにされているとしか思えない」…と考えているうちにどんどん怒りが大きくなる。といった場合です。
もう1つは、「権利意識」と呼ばれるもので、”自分にはまっとうに扱われる権利があるはずだ”という、これも思い込み。先ほどの待ち合わせの例で言うと、「こんな目にあうのは不公平だ」「自分にはもっと大切に扱われる権利があるはずだ」という考えが、これに当たります。
「ひょっとして自分の考えは極端すぎるのではないか?必ずしもそうとは言えないかもしれない」と、逆の視点から問いかけてみると、もっと冷静な考えが出てくるはずなんですけどね。

04.悩んでいるときに解決の“優先順位”を付けられない

人は、何かに悩んでいる時にも頭がパニック状態になり、何をどうしたらいいのか整理できなくなってしまうものです。この場合も「思考」がうまく機能しておらず、感情的になっている状態。そんな時は、自分にとって何が一番大切なのか優先順位をつけてみるとスッキリするでしょう。
ある男性の例を紹介します。
職場を異動してから仕事がなかなか覚えられず、役に立てていないと引け目を感じているため、新しい人間関係に溶け込めません。だんだんと職場に行くのも憂鬱に。でも、冷静になってみたとき、この職場でできる限り多くのことを学び、今後のキャリアに役立てることが重要だと気づいたのです。みなさんも、方向性が見えなくなった時は、何が一番大切かを考えましょう。

05.結局、自己理解ができていない

健康的な心を手に入れるための重要なポイントは、自分のことをどれだけ知っているかです。つまりどれだけ「自己理解できているか」。これさえ身につけてしまえば、精神的におだやかに過ごすことができ、生きる自信も自然と身に付いていくことでしょう。
自己理解を深めるためには、日常の中で自分について考えたり、分析したりするクセをつけることが大切です。じっくり自分と向き合うために、以下のような方法がおすすめです。

自分について深く知る方法の例

・日記をつけ、起きた出来事とその時の感情・行動を記録。
・信頼できる仲間と、自分の思考や行動パターンについて話し合う。
・他者の視点から人生を見つめるため、映画を見たり本を読む。
・普段と違う自分と出会うため1 人旅に出る。
・自分の考えの客観性を高めるため、他人に考えを聞く。
・自分が抱えている悩みや考えについて、専門的なカウンセリングを受ける。