「給付型」奨学金、創設相次ぐ 養護施設からの進学後押し

西日本新聞 2016年4月5日

児童養護施設を出て大学や短大に進学する若者を対象に、返済不要の給付型奨学金や一時金を創設する自治体が相次いでいる。返済が必要な国の貸与型奨学金事業で返済不能に陥る人が増えている中、学費や生活費を全て自分で賄わなければならない最も厳しい環境にいる若者の学びを支援し、「貧困の連鎖」を断ち切りたい考えだ。
親による虐待などを理由に、児童養護施設で暮らす子は全国で約3万人。大学や短大、専修学校などの高等教育機関に進学するのは22・6%で、全高卒者の76・9%と比べ開きがある。
進学後もアルバイトに追われ、体を壊して中退する学生が少なくない。九州・沖縄の89施設に対する2011年度の調査では、06~10年度に進学した210人中、29人が中退。うち16人が経済的理由を挙げた。
給付型奨学金は京都市が14年度に創設。在学中の特例で、施設退所を延長できるのは20歳未満までのため、20歳以上となる大学3、4年生の学費の半額(上限年36万円)を補助する。
長野県も15年度から、月5万円を最大4年間支給。この春からは、東京都世田谷区が月3万円を最大4年間、札幌市が「生活が軌道に乗るまで」として月5万円を1年間支給する。
一方、九州では入学金や住宅費としての一時金支給が主だ。北九州市の取り組みが早く、12年度から入学金に29万円、住宅費に20万円を補助してきた。
福岡県はこれに倣い、今年4月から進学費用として30万円を上限に支給を始めた。本年度は10人の利用を見込んでおり、「進学は無理とあきらめていた若者の後押しになれば」と話す。宮崎県は15年度から受験料と受験の交通費(最大計10万円)を補助している。

「貸与型」32万人未返還
全学生のおよそ2・5人に1人が利用している日本学生支援機構による貸与型奨学金は、未返還者が14年度で約32万8千人、総額は約898億円に上っている。非正規雇用など卒業後の就労環境が不安定で、借金返済に追われるケースもあり、国による給付型奨学金の創設が急務との声が強まっている。自治体による児童養護施設出身者への給付型支援の拡大が、貧困に苦しむ若者全体への支援につながるか注目される。
文部科学省によると、民間財団や大学などが行っている給付型を受けているのは全受給者の1割で狭き門だ。熊本県は11年度から生活保護世帯からの進学者に生活費を無利子で貸し付けると同時に、10万円を給付する制度を設けたが、こうした自治体は少ない。
自治体による施設出身者への独自給付が広がっているのは、「家族による使い込み」など不正の恐れが低く、市民の理解を得やすいためとの側面がある。
一方、国と地方は本年度から、施設出身者への月5万円の貸付事業を始めたが、「仕事を5年間継続すれば返済免除」との条件付きで、厳しすぎるとの批判がある。安倍晋三首相は3月末、一般学生への給付型奨学金の創設を明言したが、財源や対象者など具体像は示していない。
元文科省官僚の寺脇研・京都造形芸術大教授は「給付型奨学金は住む場所による差があってはならない。全ての若者に高度な教育機会を与えることは社会全体のためになる」と国による創設の必要性を訴える。
その上で「貧困の世代間連鎖を断ち切るためには、生活保護世帯出身者にも学費減免など国民の理解が得られる方法での支援が求められる。自治体の試みはその風穴になるのではないか」と期待を寄せる。

【貧困の連鎖を断つ】路上生活、雑草を食べたことも…心中免れ、支援する側に

西日本新聞 2016年4月5日

綾香=仮名=が小学6年の冬。父親が失業したため、一家は住んでいた九州北部の社宅を追い出された。
最初は車で生活し、時々はホテルに泊まって風呂に入っていたが、現金が底を突くと車も借金のかたに取られ、路上生活となった。
ある公共施設にたどり着き、日中は施設内で過ごし、閉まると敷地内で夜を明かした。寒さをしのぐため、花壇のコンクリート壁を風よけにして4人で寄り添いながら寝た。
食べるものがなく、冷水器の水を飲んで空腹を満たし、雑草やレストランが廃棄したごみを拾ってきて食べたこともある。
「死にたい」。そんな生活が続いたある日、父が川に身投げしようと言い出した。川に飛び込む直前、3歳下の妹が「嫌だ」と泣きだし、思いとどまった両親は警察に保護を求めた。

「この人は絶対に私を見捨てない」
綾香と妹は児童養護施設に引き取られたが、綾香は施設の生活になじめず脱走を繰り返した。
中学から高校にかけては、施設と児童相談所を行ったり来たり。その後、里親の元に預けられたが、17歳のとき家出し、高校も中退した。年齢を偽って、キャバクラで働き始め、やがて風俗嬢となる。
「あのころは、いつ死んでもいいと思っていた」と綾香は言う。仕事終わりに朝まで飲み歩く荒れた生活。18歳のとき妊娠したことが分かったが、夜の仕事を続けた。
そんなとき、妹の里親だった松下美子(52)夫妻=同=と出会った。当時、妊娠6カ月。美子は「出産するまで面倒を見る」と決め、綾香を同居させた。
当初、綾香は精神が不安定な状態で、昔のつらい記憶が突然よみがえるフラッシュバックに苦しんだ。美子ともたびたび衝突し、取っ組み合いのけんかもした。それでも、美子は粘り強く面倒を見た。
綾香が変わり始めたのは3年が過ぎたころ。「この人は絶対に私を見捨てない」。そう思えるようになったからだ。

「いつか資格を取り、児童養護施設で働きたい」
綾香は26歳となった今、美子夫妻が経営する飲食店の2階を借り、小学2年になった息子と暮らす。昨年4月には、夫妻と養子縁組もした。
そして今年、夫妻が子ども食堂を開設することになった。空腹と寒さに凍えた自分の過去。今も十分な食事が取れず、おなかをすかせた子どもたちが大勢いる現実。その巡り合わせに、綾香はある決心をした。
2月、地域住民向けに開いた説明会。綾香は今まで人前で生い立ちを話したことはなかったが、「自分の経験を今こそ発信すべきだと思った。これしかないと思った」とマイクを握った。すすり泣く声が漏れ、「そんな現実があるとは」とショックのあまり退席する人もいた。
飲食店を手伝う傍ら、美子とともに子ども食堂のPRに奔走する毎日。「こうしている間にも、食べていない子がいると思うといたたまれない」と言う。
綾香には夢がある。子ども食堂にとどまらず、「いつか資格を取り、児童養護施設で働きたい」。同じ境遇に苦しむ子どもに寄り添うために。自分自身も、貧困の連鎖を断つために。

急増する「児童虐待」、根因はどこにあるのか

東洋経済オンライン 2016年4月5日

いま、この国では児童虐待が急増している。
警察庁生活安全局少年課の発表によると、2015年1月から12月までの児童虐待事件の検挙件数は785件で、前年より87件も増加した(12.5%増)。検挙人員数も同92人増(12.8%増)の811人で、被害児童数は同99人増(14%増)の807人に上っている。また警察から児童相談所に通告した児童数は3万7020人と、いずれも過去最悪を記録した。
その原因として、同年7月から児童相談所共通ダイヤル「189」の全国的運用が始まり、通報件数が増えたことなどが考えられる。また2013年8月に「子ども虐待対応の手引き」が改正されて、心理的虐待の例示に「きょうだいに対する虐待」が追加されたことで、2014年度の児童相談所の虐待相談対応件数が8万8931件(速報値)と、前年度より1万5129件も増加している。

それでも氷山の一角に過ぎない
「しかしこれらは氷山の一角にすぎない。被害者は幼いために物言えぬ子どもたち。実態はもっと多いと思う」。民進党の林久美子参院議員はこう述べる。林氏は無戸籍児問題、不登校児問題など子どもの権利問題に取り組んできたが、いまもっとも関心を寄せるのが、子どもの虐待問題だ。
中でも、一番被害を受けている子どもの年齢はゼロ歳ゼロカ月だ。
生まれた直後に殺されるというケースが最多なのである。厚生労働省社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会が過去11回にわたって公表した「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」によると、心中以外の虐待死の子どもはゼロ歳が256人で44%を占めている。
実際に今年1月7日、都内のタワービル内のトイレで、生まれたばかりの女児の遺体が見つかるという事件が勃発。また4月1日には福井県福井市内の浄化槽で、へその緒のついた女児の遺体が発見されてもいる。
前出の林議員は次のように言う。「おそらくは望まない妊娠によって生まれたのだろう。母親も妊婦健診を一度も受けていないかもしれない。これは母体にとっても危険。こうした悲劇をなくすためにも子どもを引き取り、よりよい環境で育てる仕組みを構築しなければならない」。

解決策のひとつは養子制度の充実
そのために養子制度を充実させるべきだと林氏は主張する。加えて母親のプライバシーが守られた環境で出産できる仕組みも整える必要があるだろう。
日本政府が批准した1994年の「子どもの権利条約」はその前文で、「(子どもは)家庭環境の下で幸福、愛情及び理解ある環境の中で成長すべき」と謳っており、2009年12月18日に国連総会で決議された「児童の代替的養護に関する国連指針」にも、「幼い児童、特に3歳未満の児童の代替的養護は家庭を基本とした環境で提供されるべきである」としている。すなわち子どもは原則として家庭環境で育てられるべきなのだ。
実際に施設養育より十分にアタッチメント(安らぎや保護を求める幼児性向)を形成できる里親養育の方が優れていることは、2000年に開始された「ブカレスト初期養育プロジェクト」などで実証済みだ。
では日本の現状はどうか。厚生労働省によれば、保護者が不在であったり、保護者から虐待を受けたり、という事由で家庭環境上養護が必要な児童の数は約4万人に上るが、乳児院や児童養護施設で暮らす児童の数は3万1205人で、その大半を占めている。
里親委託率については2002年には7.4%だったが、2014年3月末には15.6%まで上昇している。政府は2015年3月に閣議決定した「少子化社会対策大綱」で、2019年度までに22%まで引き上げる目標を掲げているが、まだまだ理想とはほど遠い。
そのような状況で4月4日の“養子の日”に、「子どもの家庭教育推進官民協議会」(会長は鈴木英敬三重県知事)が設立された。
同協議会は官民が協力して、「社会的養護においては、養子縁組・里親委託をはじめとする家庭養護の提供を優先的に進めること」「実親への支援により、家族分離の予防・家族の再構築を促すこと」「その他広く困難な状況にある子どもへの支援や子どもの貧困対策を進めること」を目指す。ただし彼らが「国の宝」と謳う子どもに良好な環境を与えるためには、そのハードルも高くなる。そのひとつが実親の権利だ。
実親が親として適性を欠くために子どもを養子とする場合、特別養子制度であれば親子関係は切れる。しかし特別養子縁組を成立させる審判の申立ては養親が行うため、実親の同意がなければ実親から不当な攻撃や要求が後になって出てくる危険性があり、養親の心理的な負担は大きくなる。
そこで今年3月14日に公表された社会保障審議会児童部会新たな子ども家庭福祉のあり方に関する専門委員会報告では、「実親との法的親子関係を解消させる手続き」と「養親との法的親子関係を生じさせる手続き」を分離し、前者の申立権を児童相談所所長に付与することで、養親のリスクを軽減させることを提案している。全国に先駆けて養子制度に積極的に取り組む福岡県福岡市では、こども総合相談センターに課長職の弁護士が常勤し、児童虐待の介入や保護に取り組んでいる。

ドイツで行われていること
もうひとつのハードルは、女性が秘匿で出産した場合、大きくなった子どもが自分の出自について知る権利だろう。これを調整したのがドイツで2013年に成立した「妊婦に対する支援の強化及び秘密出産の規制に関する法律」だ。
同法によれば、望まない妊娠をした女性が自分の名前を明らかにしたくない場合、匿名性を十分に保証された上で病院管理の下で出産することができる。検診も受けられる点で、母体を保護でき、胎児の安全も確保できる。女性は相談所で面接を受け、子どもとの生活を提案されるが、受け入れられない場合は母親の氏名を秘匿し て子どもは養子に出される。
それに対抗するのが、子どもの出自を知る権利だ。
子どもは16歳になると、連邦家族・市民社会問題庁で出自証明書を検閲することができるが、母親がその出自を知られたくない場合には、子どもが15歳になった日以降に相談所に説明し、閲覧を禁止することができる。もし子どもがこれに異議がある場合、家庭裁判所が調整する。なお出産に関する費用は連邦政府が負担する。
しかし、そもそもの原因を再考する必要があるだろう。子どもの虐待の多くは、貧困や格差社会が原因。その連鎖を断ち切ることこそ、政治の役割といえる。