虐待予防、望まぬ妊娠に相談役…厚労省が配置へ

読売新聞 2016年8月29日

乳児の虐待死を防ごうと、厚生労働省は来年度、望まない妊娠に悩む女性を支援するため、産科医療機関などに児童福祉司らを配置するモデル事業に乗り出すことを決めた。
貧困や未婚などで悩む妊産婦の相談に乗り、出産後の生活をサポートすることで虐待予防につなげるのが狙い。まずは全国10か所で事業を始め、検証したうえで全国に広げたい考えだ。
厚労省によると、虐待死の詳細な検証を始めた2003年度から13年度までに虐待で亡くなった18歳未満の子供は582人(心中を除く)。このうち0歳児が256人(44%)と年齢別では最も多く、生後24時間以内の死亡は98人(17%)を占めた。
0歳児が被害者となったケースの大半は実母が加害者で、若年や未婚などによる望まない妊娠や経済的困窮、精神疾患などが背景にあったものが目立った。

ひとり親家庭の相談は8月に 困りごとの解決を

Yahoo!ニュース 2016年8月28日

最近、ひとり親家庭の貧困という問題への関心が高まっている。
どうすれば、ひとり親家庭の子どもと親の苦境は少しでも減らすことができるのだろうか。
銚子市で、家賃不払いで県営住宅明け渡しの日にお子さんを殺害してしまった事件でも、専門家からはもっとできることがあったということが指摘されている。
一方では困っている人にどうやってアクセスできるのかと言われる。
そこが大きなネックだろう。
実は、ひとり親家庭の親にアクセスするのに効果的な機会が1年に1度、8月にあるのだ。
約145万世帯のひとり親世帯。このうち106万世帯以上のひとり親家庭の親が、児童扶養手当を受給している。
ひとり親家庭の多くが受給する児童扶養手当は、8月に現況届を提出することが義務づけられている。そのときに、様々な困りごとや相談をできる体制ができないか。
こうした提案はしんぐるまざあず・ふぉーらむで行ってきた。
昨年から厚労省も乗り気になってきている。
この取り組みを明石市で実際に実施した。
明石市では、8月が現況届の時期だが、お盆休み前後の8月8日~17日までの平日7日間、児童扶養手当の現況届時を「ひとり親家庭総合支援月間」と名付け、生活相談、子育て相談、ハローワークによる就労相談、健康相談、離婚後の子育てガイダンス(面会交流支援等)を行った。
私たちも全面的に協力、相談員を派遣した。
アンケート提出してもらい図書券をお渡しする
仕組みは以下のようである。明石市子ども未来部児童福祉課は、本館の隣にある。現況届を提出にまずはひとり親のお母さん、お父さんがいく。手続きは混んでいるときもあるが、朝はわりにすいている。お盆前はかなり並ぶこともある。ここで現況届のチェックを受け提出が終わったあと、職員が案内して本庁舎を抜けて南庁舎の相談会場にきていただく。ここが50メートルくらいあった。
相談会場に到着した受給者に事前にお送りしていた、アンケートを提出していただき、図書券を子どもひとりに対し500円を渡す。2人なら2枚。3人なら3枚である。
この部屋には「まったりスペース」と名付けて、本やチラシなどを置いておき、ここで、少し待ってもらえるようなスペースを設けておいた。
子どもにも絵本を用意し、離婚にまつわる子どもの本や、10代の子ども向けの性教育の本なども用意した
ひとり親の皆さんには、今日は相談をやっているので、生活相談や就労相談、子どもの養育相談を受けていかないか、と職員から話しかけていただき、じゃあ、という方には生活相談や就労相談等受けていただいた。
児童扶養手当受給1年目の方たちには、全員子育てガイダンスをご案内した。
実際には、現況届の窓口でかなり待たされている、ママ、パパはここでもまた待たされたくないとそそくさと帰る人の方が多い。それでも、じゃあ、ちょっとだけでも話していこうかと相談ブースに入られる方もいらした。
私たちは、7日間で95件の生活相談を受けた。
シングルマザー、シングルファーザーは忙しい。お声かけしても、「これから子どもと出かける予定がある」など断る方がいる一方、こうした相談の機会があってよかった、と行って、相談を受けていく人もいた。
約2800世帯の児童扶養手当受給者のうち、相談につながったのはごく一部である。
しかし、将来的な困りごとが、ここで解決の道筋が少しでものではないかという手応えがあった。
母子家庭が9割、困りごとは子育て(教育費)が多かった
95件のうち、相談者母子家庭がほぼ9割、父子家庭が1割、障害家庭が一人だった。
困りごとは子育てに関するもの、経済的な問題、仕事、人間関係と多様で会ったが、その中で特に注目点を伝えよう。
今回は、「教育費どうする? 教育費サバイバル準備読本」(しんぐるまざあず・ふぉーらむ作成)を500冊提供し、年齢の高い(中学3年生以上程度)の子どものいる親にはわたし、合わせて、教育費についての情報提供をするので、相談しないかと聞いた。
多くの親が、教育費についての情報不足を感じており、お誘いすると多くが相談ブースに入っていった。ここで、子どもたちの進路も含め、様々な相談を受けることができた。
明石市のシングルマザーの月収は手取りで10万円から15万円というところが多く、10万円台後半の人は少ない印象であった。この収入であると、養育費がもらえている、家賃が掛からない、等の条件がない限り、生活そのものがギリギリである。大学や専門学校に通うためには、教育ローンと日本学生支援機構の奨学金を借りる選択肢が最も多いと思われる。母子父子寡婦福祉資金貸付金を借りる条件は厳しく、多くのひとり親は保証人の条件で借りられそうもなかった。
保育所不足、病児保育、ホームヘルプサービス
明石市も保育所に希望しても入れない「待機児童」問題がある。シングルマザー、シングルファーザーは優先的なポイントがあるとはいえ、求職中のシングルマザーは保育所に入れず、就職できない悩みを抱えている人が5人いた。仕事が決まっても保育所に入れないために諦めざるをえなかったという悩みを切々と訴える人、保育所に預けて働き始めたが子どもの病気で失職した人、保育所に入れないために近居の祖母が昼間は働いているので夜に子どもを見てもらって深夜12時~朝6時まで働いており、祖母ももう限界だという人。
明石市は保育所増設をしているが、解決に至っていない。
また、県が行う日常生活支援事業はほとんど利用できないため、安価な一時的な保育を頼むことができず、親族支援がないひとり親にとっては厳しい状況だと想像できた。
低年齢の子どもがいる世帯にとっては、保育の整備が何よりも先決だろう。
また学童保育のお迎え時間が早いためにパート就労しかできないという声も聞いた。
こうした問題についてはすぐに解決策を提示することはできないが、お話を聞き、孤立しがちな一人親の状況を傾聴することにも意味があると思われた。

経済的な困窮
来月からどう暮らしていけばいいのか、経済的に困窮しているひとり親も數人いた。病気で働けていない、あるいは、体を悪くして失業した、介護で働けなくなった、というひとり親がいた。
経済的な困難の解決ができなければ、生活保護を受ける道もあることを伝えながら、本人が就労相談を希望した場合は隣につないだ。このあたりはむずかしいところであった。
声をかけお話するだけではらはらと涙を流すシングルマザーもいらした。
東京と状況が違い、すぐに繋げられるフードバンク事業がなかったようだったので、悩みながら私たちのお米支援の情報提供をした方もいらした。

仕事についての悩み
専門的な就労相談は隣のブースで行っていたのだが、それでも就労にまつわる内容の相談は受けた。
全体として思うのは、離婚後2~3年でパート就労など、親子がギリギリ暮らしていく仕事に就き、なんとか生活ができている状況の方が多いが、その先のスキルアップと転職をめざす人が少ないという事実だった。体力的にもギリギリなのはわかっている。子どもが高校生など待ったなしの教育費の相談を受けながら、もう少し前に、ライフプランを考えて転職を提案したかったと感じることが何度かあった。仕事と生活をやりくりするだけで精一杯なひとり親に酷なのかもしれないと思いつつ感じたところである。

父子家庭の相談
今回の相談で、手応えを感じたのは父子家庭の相談である。
ひとり親家庭の声を聞こうとしても、なかなか届かないのが、シングルファーザー、父の声である。今回は、おとうさんには必ず声かけをして、お話を聞かせてもらった。
声掛けのときに、「何も相談することがないからいい」というお父さんが多かったが、やや強引に相談ブースに入っていただくと、いろいろな悩み事が出てきた。
例えば「子どもの祖父が要介護となり、父が働けななくなり祖父の年金で暮らしている」というようなお話も聞いた。「料理が作れなくて惣菜ばかりだ」という声や「PTA委員に決められ、仕事を休んでいたら会社を退職せざるをえなくなった」という声もあった。解決は一筋縄ではいかない。一人で頑張らないように伝えた。あるいは、「子どもだけで登校準備をしている」ご家庭もあった。
父親の相談の間に、一緒に来た女の子には、性教育本を見せて気に入ってもらい、「本を買いに行こうね」と親子で行かれた方達もいた。
まったりスペースも効果を上げたのである。
その他、養育費の相談、お子さんの障害による複合的な悩み、児童扶養手当の運用への貴重な意見もあった。

相談の展望
8月の現況届を利用するこうした試みは、今後他の地域でも検討してもらいたい。実際に、ハローワークとの連携を実施した自治体など新たな試みが始まっているという情報が入ってきている。
できれば、窓口対応とは別の、親身になった相談が好ましい。
私たちは、当事者団体であることを自己紹介し、相談者との距離を縮める努力もした。
容易ではないひとり親家庭の状況だが、8月には受給者は全員が来ることになっている。このときに困りごとを解決していくことが、受給者自身にも伝わっていき定着していけば、かなりの効果を生むことだろう。
そのためにも相談員の質の向上もまた図らねばならないのである。
既存の枠組みを効果的に利用することで、やれることがある。そう実感した。

うちの子、寝すぎ? 思春期は生理的に眠くなる傾向がある!?

ベネッセ 教育情報サイト 2016年8月28日

「中2の息子は学校から帰ってくるといつもリビングでゴロゴロしている」「休日は部活で疲れているのはわかるけれど、勉強の途中で居眠りしている」などとお悩みの保護者のかたは少なくないようです。特に思春期の男の子にこうした傾向があるようです。寝すぎてしまうのには、何か理由があるのでしょうか。

思春期は生理的に眠気が強くなる
中学生にもなれば、小学生の頃のようにたっぷり寝なくても大丈夫だと考える保護者のかたも多いと思います。しかし、思春期は生理的に眠気が強くなる時期のようです。実際に第二次性徴が完成する前と後では、体が必要とする睡眠時間は同程度であるという研究もあります。(内山真著「今度こそ「快眠」できる12の方法」/CCCメディアハウスより)
また、この時期に必要な標準睡眠時間は、13歳で9時間15分、15歳で8時間45分という研究結果もあります。(*1)ベネッセが第一志望の高校に合格した生徒を対象に実施したアンケート(2015年)でも、7割以上の生徒が夏休みに7時間以上寝ていることがわかりました。
昔は「四当五落」といって、寝る間も惜しんで勉強して4時間の睡眠なら合格できるけれど、5時間も眠っているようでは合格できないと言われていたので、特にお子さまが高校受験を控えている場合、「こんなに寝ていて大丈夫かしら?」と心配になる保護者のかたもいるかもしれません。しかし、心身ともに成長過程であるうえ、学校や塾、部活などで忙しい中学生にとって4時間では十分な睡眠とはとうてい言えません。受験生だからといって寝る間も惜しんで勉強するのではなく、睡眠時間を十分に取ってメリハリのある生活を送ることが大切と言えます。

眠くなる思春期を乗り越えるためのポイント
夜、十分な睡眠を取っているにもかかわらず、日中眠くなる場合はどのようにすればいいのでしょうか。眠くなりがちな思春期を乗りきる3つの方法をご紹介します。

◆朝型に生活を切り替える
ベネッセが実施したアンケート調査で、夏休み中に一番勉強がはかどった時間帯として、「早朝」「午前中」という回答の合計は40%を超えました。一方、「深夜」と答えた先輩はわずか2%にすぎませんでした。頭の冴えている午前中に集中して勉強をしていた人が多かったことがわかります。
これは、夏休み中だけでなく、平日にも同様のことが言えるはずです。平日の夕方は部活で疲れてしまい宿題が手につかないという場合は、朝型に生活を切り替えてはいかがでしょうか。部活動から帰ってきたら夕食や入浴を済ませ、早めに寝るようにします。その分、朝早く起き、宿題の時間にあてることで勉強も効率的にすすめられます。

◆寝室にスマホを持ち込まない
早めに寝ているはずなのに、いつも眠そうにしている場合は、寝室でスマホなどを使っていないでしょうか。ベッドに入ってからスマホでSNSやゲームなどに熱中すると、夜更かしの原因になります。また長時間、スマホのバックライトによる光の刺激を受けると目が冴えてしまい、なかなか寝付けないことがあるので注意が必要です。寝室にスマホを持ち込まないなどのルールを決め、良質な睡眠を確保できるようアドバイスしましょう。

◆どうしても眠いときは仮眠する
どうしても眠くて勉強がはかどらないときにおすすめなのが、仮眠です。「15分程度、仮眠したほうが業務効率があがる」として、多くの企業で取り入れられています。厚生労働省が2014年3月にまとめた「健康づくりのための睡眠指針2014」(*2)でも、「午後の早い時刻に30分以内の短い昼寝をすることが、作業能率の改善に効果的」とされています。どうしても勉強中に居眠りしてしまう場合は、15分程度の「昼寝」を取り入れるようアドバイスしてみてはいかがでしょうか。

相模原事件 妄想なのか思想なのか?

読売新聞(ヨミドクター) 2016年8月29日

私は、薬物依存症の治療と研究を専門とする精神科医です。
今回、ヨミドクターでの連載の話が決まり、編集長から「まずは相模原の殺傷事件を」とのお題をいただきました。悩ましいテーマです。実は私は、現在この事件に関する厚生労働省の検討委員会の構成委員を務めています。この委員会は非公開の会議であり、構成委員には守秘義務がかかっているので、どうしても口が重くなります。
もちろん、これから書くことはすべてメディアですでに報じられた情報、あるいは、検討委員会の公開情報に基づいたものです。とはいえ、現段階では、検討会において驚くような真実が共有されているわけではありません。なにしろ、まだ精神鑑定も終わっておらず、容疑者の内面をうかがい知ることができるような情報はほとんどないのです。ですから、ここに書いた内容を、ごく近い将来、そっくり全撤回という事態は、十分にありえることとご承知おきください。

当初、「容疑者は精神障害者ではない」と考えていた
さて、のっけから弁解がましいですが、とにかく始めましょう。
当初私は、「あの事件は精神障害者によるものではない」と考えていました。理由は二つありました。
一つは犯行パターンです。今回の事件、容疑者は、計画に基づいて周到に準備し、事件当日は目的の遂行のためにきわめて合理的な行動をとっています。このことは、容疑者が透徹した理性と判断力を持って犯行におよんだことを示唆します。それから、犯行後に自ら警察に出頭しています。この事実は、容疑者には「違法性の認識」(=それはやってはいけないこと、悪いことという自覚)があったことを意味します。いずれも、精神障害者にはあまり見られない犯行パターンです。
もう一つは、犯行の動機とされる、障害者に対する危険思想です。これは、社会にはびこる差別意識をグロテスクなまでに誇張した内容を持っています。私は、「もしもこれを妄想といったら、ヒトラーの優生思想やイスラム過激派組織「イスラム国」の思想だって妄想ってことになってしまう」と考えていました。
しかし今、冷静にふりかえると、自分があくまでも精神科医という立場に縛られ、「あんな患者の治療はできない」という不安が発想の原点になっていたことに気づかされます。
思えば、私も駆け出しの頃、今回の容疑者とよく似た措置入院(「自傷・他害のおそれあり」との判断により、都道府県知事・政令指定都市市長の命令による強制入院)患者の主治医を務めたことがありますが、その際、措置入院の解除は強い重圧を感じる仕事でした。当時の私は、「他の診療科の医師は単純に患者さんの利益や幸福を追求すればよいのに、なぜ精神科の場合には、社会の利益や幸福まで考慮しなければならないのか、なんて特殊な診療科なんだろう」と不思議に感じたものです。
思想なのか、妄想なのか。これはむずかしい問題です。実は精神医学の教科書を紐解(ひもと)いても、両者の違いに関して納得できる説明はありません。おそらく両者は地続きで、その境界は不明瞭なのでしょう。ですから、「あんな奴やつは医療の対象にすべきではないのだ」と思えば、容疑者の発言を恣意しい的に思想と捉える余地もあるわけです。

衆院議長宛ての手紙、友人の証言を分析してみる
とはいえ、やはりここはきちんと事実と向き合う必要があります。週刊誌に掲載されていた、衆議院議長宛ての手紙を読めば、彼の発想がいかに荒唐無稽なものであるのかがわかるはずです。
「……(前略)……容姿に自信が無い為、美容整形を行います。進化の先にある大きい瞳、小さい顔、宇宙人が代表するイメージ。それらを実現しております。私はUFOを2回見たことがあります。未来人なのかもしれません」「日本軍の設立……(中略)……今回の革命で日本国が生まれ変わればと考えております」「作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます……(中略)……金銭的支援5億円。これらを確約して頂ければと考えております」。
この手紙を読んで、容疑者の主張に共鳴し、「革命を起こそう」という同志は出てくるでしょうか。まずいないでしょう。容疑者は完全に異世界の住人――彼の言葉を借りれば「未来人」?――で、表面上は私たちと同じ世界に生きながらも、まったく別の風景を眺めています。これは、容疑者の主張が妄想であることを示唆します。
私は、容疑者が精神障害者であることを認めたくないばかりに、都合の悪い事実を無意識のうちに無視していた気がします。
たとえば友人の証言です。容疑者の友人は一様に、「昔はああではなかった。ある時期から急に態度や言動が変わった」と語っています。考えてみれば、優生思想を持つ者が、特別支援学校の教諭を目指したり、障害者支援施設に入職し、さらには勤務態度を評価されて非常勤から常勤職員へと昇格したりするのは、奇妙な話です。あくまでも一般論ですが、ある時点からの急激な性格変化が診られた場合には、精神科医は何らかの精神障害の発症を疑います。
大麻の影響を指摘する声もあります。確かに大麻は理性のタガを外し、容疑者の行動に何らかの影響を与えた可能性が高いと思います。しかし、それだけでは説明がつきません。私の経験では、大麻で精神症状を呈する患者の多くは、他に精神障害を合併しています。

考えられ得る「悲劇的な構図」と「重い課題」
誤解しないで下さい。容疑者の考えが妄想だったからといって、それだけでは彼が精神障害者であると結論することはできません。ましてや、ただちに刑事責任能力が免責されるわけでもありません。それはまた別の議論です。それから、たとえ精神障害者だったとしても、精神障害者の多くは、彼のように危険なわけではありません。彼はきわめて、きわめて例外的なケースです。
ここから先は私の「妄想」です。
いま私たちは一つの可能性を想定し、一応、心の準備をしておく必要があります。それは、容疑者が妄想に支配されていて、世界や人類に対する「見当違いの善意・熱意」から犯行を計画・準備し、目的遂行に向けて合理的に行動した可能性、そして、「現世的な違法性」は認識しながらも、自らを超越世界の住人であると妄想し、その世界のルールに忠実に動いていた可能性です。
すべては「タラ・レバ」の話です。しかし最近私は、もしかすると今回の事件は、「障害者が障害者を殺傷した」という悲劇的な構図であったのではないかという考えに傾いています。もしもそうだとすれば、私たちが突きつけられている課題はきわめて重苦しいものとなるでしょう。なぜならそれは、いずれの障害者に対しても隔離したり排除したりすることなく、同じ地域住民として共生する社会は可能なのかという、容易ならざるテーマだからです。

松本 俊彦 (まつもと・としひこ)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長