児童相談所の現場では何が起きているのか

東洋経済オンライン 2017年1月28日

陰惨としか言いようのない児童虐待事件が報道されるのを見るとき、なんとひどい親がいるものかと怒りあきれる。実の父に、母に、あるいは実父母のパートナーに、殴られ、閉じ込められ、飢えさせられ、亡くなる子どもたち。性的虐待に心身ともに深く深く傷つけられた子どもたち。なんとかならないものなのかと誰しもが思うだろう。

児童相談所に通報がなされていたにもかかわらず
なかには周囲の人々が子どもの危険を察知していたという事例もある。特に児童相談所に通報がなされていたにもかかわらず、手をこまねいている間に取り返しのつかないことになったという話を聞くと、何を生ぬるいことをやっているのかと思う。そんな虐待をするような親の親権など構わないから、まずは虐待する親から子どもを取り上げて、危険から守るべきだと。
こうした社会の声に押され、応えるように、虐待が疑われる家庭への行政の介入は強化されてきた。かつては虐待をする保護者自身も問題を抱えているのであり、そこへの共感をベースにしつつ家族の育児能力を再生させることへの援助を基本とするアプローチがとられていた。が、それが後手に回ることによる取り返しのつかない事例を踏まえて、今はまず入り口のところで「家族から子どもを分離するべきかどうか」を判断することから始まるようになったという。そうすることで実際、救われた命もあるに違いない。
が、たとえ家族から離されても、どんなにつらい思い出に満ちていたとしても、子ども自身のアイデンティティと家族の存在は分かちがたいものであり「家族の再生の可能性」を完全に奪われてしまうことが本当に正しいのかという疑問も問われ続けている。
当たり前のことながら、児童相談所が動き、子どもの身柄を親から離して、そこで事が終わるわけではない。その後、子どもたちは、家族は、どんな道のりを歩むことになるのか、私自身あまりにも知らなすぎたと思う。知らぬまま、とにかく児童相談所が家族を分離すれば一安心、あとは適宜適切に処遇が決まるだろうというのでは、あまりに楽観的すぎるのである。

児童相談所と一時保護所では……
本書『ルポ 児童相談所』で取り上げられているのは、児童相談所とその中の施設である一時保護所である。虐待や問題行動、親が養育困難などさまざまな理由で親から離された子どもは、まず、児童相談所に併設されている一時保護所というところに入る。そこで処遇が決まるのを待つことになるのだが、ここでの生活がいかなるものか、この本を読むまで知らなかった。

傷ついた子どもたちがまず入る場所で
「児童の保護」の入り口にある一時保護所。まずはここに入った後で、再び家庭に戻るのか、児童養護施設へいくのか、里親に預けられるのかなどの将来が決まる。その前に、傷ついた子どもたちがまず入る場所である。なんとなく、温かく迎え心を癒やすところのようなイメージをもっていたが、それはまったく違っていた。
筆者は一時保護所の実態を知るために10カ所弱の一時保護所を訪問し、いくつかの保護所では子どもたちとともに住み込んで話を聞いている。あらかじめ誤解のないように言うならば、まさにピンからキリまでで、保護所にも格差があり、なかには全力で「子ども第一」の取り組みをしているすばらしい一時保護所もあったということは筆者も繰り返し述べている。
そのうえで、場所が特定されないように複数の保護所の状況を組み合わせて描かれた、保護所における子どもたちの日常とは、はたしてどんなものか。

“ 多くの一時保護所では、窓が5センチメートル程度までしか開きません。なぜそうしているのかと質問しましたが、答えはつねに同じです。「子どもたちが脱走しないためです」”
“子どもたちは裸足でも靴でもなく靴下をはいて過ごさなくてはなりません。(中略)「それは子どもが逃げ出しにくいようにしつつ、仮に逃げ出したときも捕まえやすいようにですよ」”
“テレビを自分たちでつけることは許されません。必ず職員に「テレビをつけてください」とお願いしなくてはなりません。子どもたちが事あるごとに「お伺い」をするのも、ここでの生活の特徴です。(中略)学習部屋に行こうとするときには、職員に「入ります」と言わなければなりません。トイレに行く時には「トイレに行ってきていいですか」と職員に言わないといけません。”
“一人当たりの入浴時間はたったの15分。ゆっくり湯船に浸かることは許されません。”
“自由時間に使う紙の枚数も、厳格に管理されています。(中略)紙には通し番号が振られており、遊び終わったら紙を回収します。それを職員が数えて、すべてそろっているかを確認します。”
“完全消灯になった後も、しばらくの間職員たちは部屋の外に無言で立っています。子どもたちと話すようなことはほとんどなく、監視しているかのような異様な光景です。”

一時保護の決定がなされた子どもは、ある日突然ここへ連れてこられることになる。同級生に別れを告げることもできず、まるで神隠しにでもあったかのように姿を消すことになるのである。自分の愛着のある品を持参することも許されない。おもちゃや縫いぐるみも禁止。入所するときには着ていた服まで取り上げられ、保護所内にある服から選んでそれを着ることになっている所も多く、なかには下着のパンツまで保護所のものを着なくてはならず、しかもそれには番号が振ってあるという。

まるで知らされることなく
また保護所にいるあいだは外出は禁じられる。学校にも行けない。食事中の私語も禁止。外部との連絡は親への手紙など限られていて、友達と電話で長話など許されない。そして、いつ、どんな処遇が決定されるのか、自分自身の身の振りかたがどうなるのかも、まるで知らされることなく、数週間後か、1年後か、またも突然行き先を告げられる。家庭に戻る子どももいるが、行ったこともない土地の施設に送られることもある。

本当に子どもたちを守ることにつながるのか
思い浮かぶのは「刑務所」。傷ついた子どもが初めに入る所がここなのか。正直、衝撃を受けた。もちろんこうした運営には理由はある。保護所では虐待だけでなく、非行や発達障害などにより育てにくさを理由に親が育児放棄した子どもなど、さまざまな事情をかかえた子どもたちが同じ場所で集団生活をしなくてはならない。
ほんの小さな出来事が大きなトラブルを引き起こしたり、ときには性的な事件に発展したりすることもなくはない。行政が家庭に介入して子どもの身柄を引き受けたのに、万が一の事故でもあったら大変なことになるというのもわからなくはない。紙の管理や連絡の制限などは子どもの個人情報を守る必要からやむをえないとされているようである。職員の数も多くの場合慢性的に少ないようだ。
が、だからといってこれでいいのか。本当に改善の余地はないのか。これが本当に子どもたちを守ることにつながるのか。よりよい処遇を行えないのだとしたら、原因はなんなのか。結果、ここでの抑圧された生活の経験が、子どもたちにさらなる心の傷を増やしているとしたら……。
子どもたち、親、職員ら100人以上にインタビューした著者は、一時保護所の現状と課題を浮き彫りにしつつ、だれかを「たたく」ことではなく、構造的な問題点を明らかにしようと試みている。かつて一時保護所で過ごした子どもたちの声には、胸が痛む。精一杯頑張っている職員の言い分にも理解できるところもある。一方で、子どもたちと職員との認識のギャップも浮かび上がる。
振り返ってみれば、ともに大過なく過ごす親子でも、本当に子どもの心をわかっているかといえば、そうとも言い切れないというのに、さまざまな状況の中で苦しみ、感情の糸がもつれてしまった子どもたちに、通り一遍の処遇で心の癒やしなどあるはずもないのである。子どもたちに自我と尊厳があればこそ、ことは簡単ではない。
本書にはこうした児童虐待問題の根底にある貧困対策の不足や、児童福祉に対する予算の手薄について述べつつ、いかに公平公正な処遇を子どもたちに保障するかという行政への改善策とともに、民間人としてできることもあるのではないかという著者の提言も述べられている。
まずは知ること。当事者の声を知るための第一歩としても読むべき一冊だと思う。

生活保護世帯の子どもが迫られる「高校中退」という負の連鎖

ダイヤモンド・オンライン 2017年1月27日

貧困の連鎖を断ち切るためには、教育が重要だ。生活保護は、高校を卒業するための大きな力になり得るだけではなく、高校在学中に「人生を変える」ための様々な機会も同時にもたらす。「高校教育だからこそ」の意義や役割は、何なのだろうか。そこで生活保護が果たすことのできる役割は、何なのだろうか。

高校生なら生活保護で1人暮らしも 恵まれない子どもに指す一筋の光
福岡市で一般社団法人ストリート・プロジェクト(以下ストプロ、2017年3月に活動休止予定)の理事長を務め、困難な状況にある15~25歳の「ユース」たちを支えて伴走する活動を行ってきた坪井恵子さんは、ユースたちの高校卒業までを支える力として、生活保護に期待している。生活保護は、家庭に困難がある高校生の高校卒業までとその後を支える力を持っている。
ストプロが伴走してきたユースたちのほとんどは、連載第77回で述べたとおり、生育環境の中でネグレクトされてきている。生活保護世帯の場合には、親が子どものためのお金を使い込んでしまっており、子どもに適切な衣食住を与える養育を放棄してしまっている場合もある。時には、子どものアルバイト収入や奨学金を“搾取”する親もいる。すると子どもは、せっかく進学した高校を中退せざるを得なくなりかねない状況に陥ることになる。
親や生育環境を選んで生まれてくる子どもはいないが、子どもにとって親は絶対的な存在であり、愛着の対象だ。親から壮絶な虐待やネグレクトを受けている子どもたちが、親への愛や思いやりを語るとき、私は返答の言葉に詰まる。子どもが生育するうちに「ウチはおかしいかも」「自分のされていることは躾でも教育でもなく虐待かも」と気づいても、親のもとから安全に逃げる方法は限られている。
「けれども、ネグレクトなど家族関係や親子関係の問題があり、それが子どもの現在の障害となっており、将来の可能性も狭めていることが明らかな場合、子どもが高校生だったら、家族と別居して1人暮らししながら、生活保護を受けることができます。もちろん、高校には保護を受けながら通学できます。進学希望なら、バイトをして貯金して、進学資金をつくることもできます」(坪井さん)
生活保護の原則の1つは「世帯単位」だ。親子の世帯なら、親子全員の生活費を1人分ずつ合計したものに、養育の負荷に関する加算を合計した保護費が、世帯主である親に渡されることになる。さらに、ひとり親の場合、ひとり親であることに対する負荷を考慮した加算もある。
しかし、親が子どもをネグレクトしている状態だと、生活保護費のうち子どもにかかわる部分が、子どものために使用されないケースがある。さらに、子どものアルバイト収入を使い込んでしまう親もいる。そんな環境で、落ち着いて高校生活を送り、将来の進路を考え、努力を続けることは難しい。
坪井さんの言うとおり、家族と別居して生活保護で1人暮らしをしながら高校に通学すること自体は可能だ。とはいえ、福祉事務所にとっては、単身生活保護世帯が一世帯増えることになる。また、たとえば6人世帯を5人世帯と単身世帯に分割するだけで、合計の保護費は増える。しかし、その子どもにとってはまさしく「自立の助長」そのものだろう。
ストプロ理事の藤田裕子さん(弁護士/新星法律事務所)も語る。
「保護費がきちんと子どものために使われていない場合があること、それによって子どもの学校生活や進路が脅かされていることに、ケースワーカーさんが気づいてくださればいいのですが……」

高校中退、生活保護という 将来にわたる「負の連鎖」
ケースワーカー自身が気づけなくても、子どものSOSをキャッチできる大人がいるかもしれない。
「保護世帯1世帯が2世帯に分割されると、保護費は増えますが、それは進学(筆者注:大学や専門学校など高校以後の進学)や就職までの間です。家庭に困難がある場合、十分な学力を習得しないまま社会に出ることになったり、高校を中退することになったりするかもしれません。すると将来、結局は生活保護しかなくなるという連鎖が生まれる可能性だってあるんです」(藤田さん)
とはいえ、未成年である子どもにとっては、単身生活を送る賃貸アパートを契約することがハードルになる。最低限、成年に達している家族の同意が必要だ。しかし、そのハードルを越えられれば、「家庭の困難と異なる世界に生きてみる」という貴重な機会が待っている。
「幸せな家庭像というものを見たことがない、イメージできないという子、たくさんいます。たとえば、家庭の中では強い者が弱い者を暴力で支配する姿しか見たことがなくて、夫と妻が対等に頼みごとをし合ったりするような会話は見たことがない、とか」(藤田さん)
「ユースの年代だとまだ柔軟ですし、変われます。そういう時期に、違うタイプの家庭を垣間見て『世の中の全部が自分の育った家庭と同じわけではないんだ』と気づくきっかけがあれば、その後の人生が変わることもあります」(坪井さん)
とはいえ、坪井さんたちは、傍から見て家庭の困難が足かせとなっているユースに、そのことを直接、指摘するようなことはしない。家族や親子という、学校も児童相談所も踏み込みにくい関係の中に、一民間支援団体が踏み込むことは無理だ。
「家庭の問題を本人に気づかせるようなことをしてもいいんだろうか、という迷いはあります。ただ、他の方法、他の選択肢があることを本人が知らない場合、差し出してみることは大事なのかなあと思っています」(藤田さん)
「児童福祉で尊敬している方は、『本人が両方見て“こっちがいいな”と思ったときがチャンス』と言っています。見ていて『本人の気づきを待っていられない』という気持ちになることはありますが、情報の提供は早めにあったほうがいいと思います。情報があっても、何歳になれば情報を利用できるのか、利用するエネルギーが本人にあるのか、という問題はあるので、親ではない、大人の第三者の伴走は必要だとは思いますが」(坪井さん)

困難な家庭から逃れるための ラストチャンスか?
生活保護世帯の子どもの場合、高校生の時期が、困難な家庭から離れる「ラストチャンス」となる場合もある。
高校生の時期ならば、自分の将来のために、アルバイト収入を貯金することができる。生活保護のもとで、アルバイト収入が本人のものとなり、将来に向けた貯金が認められる条件は限られている。最初に、ケースワーカーと福祉事務所に承諾を得ることも不可欠だ。しかし原則として、「アルバイトできるなら、高校を辞めて、就労自立して生活保護から脱却を」と要求されることはなく、アルバイト収入の全額を貯金することもできる。生活保護でこのような扱いを受けられるのは、ほぼ高校在学中に限定されている。
問題の多い家庭と離れずに、どうにか高校を卒業した場合、その後は「高校を卒業した子どもがいるから、就労自活できるはず」と、家族ごと生活保護を打ち切られる可能性もある。打ち切られなくても、アルバイト収入が収入認定されることになる。完全に「働いたら損」となるわけではなく、一部は手元に残る。しかし、それでは、家族の問題から離れることは、永久にできなくなるだろう。
いずれにしても、「高校生である」という状況が可能にしている事柄は、他にも数多くありそうだ。しかし、その期間はたった3年間しかない。
生活保護で専門学校や大学に進学できるようになれば、それらの機関で教育を受けられることに加え、本人が選んだわけではない生まれや育ちと距離を置いて「リセット」するための期間も、在学期間の分だけ長くなる。高校以後の教育を生活保護で可能にすることについては、教育そのものだけではなく、付随する様々な機会、そこまでの「健康で文化的」ではなかった過去から離れる機会という面からも、検討が進められてほしいところだ。

生活保護が可能にした 「生活も高校も将来も」
昨年、困難を抱える生活保護世帯の子である10代の高校生男子が、坪井さん・藤田さんたちのバックアップのもと、親たち家族と別居して単身で生活保護を受給、アパートで1人暮らしを始めた。現在、県立高校の通信制課程に在学している彼は、「専門学校に行きたい」という希望を持っていた。学業にも真面目に取り組んでおり、単位は順調に取得できていた。さらに、将来に備えてアルバイトにも励んでいた。しかし、親や家族との同居生活の中では、専門学校の入学費用を貯金するのは困難な状況だった。
ある日、相変わらず厳しい生活状況で先の見通しも立たない彼に会いに行った坪井さんは、今後の考えを訊ねた。すると彼は「高校卒業後は家を出たいと考えている」と語った。そこで坪井さんは、現在の状況では家を出るお金の準備は難しく、進学はさらに厳しいことを話した。しかし、厳しい現実を伝えるだけではなく、生活保護を受けながら単身生活を行い、将来のために貯金する可能性も提案した。彼は「そんなことができるなら、やってみたい」と答えたという。
問題は、すでに生活保護世帯で育っている高校生が、単身で生活保護を受けて生活することが可能かどうかだ。福祉事務所が認めるかどうかという問題もあるのだが、その前に親が同意しなければ、ほぼ無理だ。
しかし、彼自身は単身生活に積極的であることが判明したので、藤田さんは適用される可能性があるかどうかを調べ始めた。また、彼と一緒に福岡市役所の保護課(=福祉事務所)を訪れ、担当ケースワーカーに相談した。すると、「ご本人の自立のためなら」と快諾が得られた。生活保護世帯の親が子どもの別居を「保護費が減るから」と認めたがらないことは少なくないのだが、ケースワーカーの理解と助力もあり、親は別居に同意した。
「どうなることが望ましいのだろうかと、本当に悩みました。親御さんたちと本人のそれまでの親子関係は、やはり重いものですから」(藤田さん)
「本人が積極的で、自分の意思で決めたのです。だから、私たちは支援できたんです」(坪井さん)
「結局、子どもやユースを支援するといっても、子どもやユースだけを見ていてはどうにもならない場面が多いですね。親との関わりは、どうしても必要です」(藤田さん)
未成年者のアパート探しおよび賃貸契約という最大のハードルは、理解ある不動産業者の協力があり、なんとかクリアできた。単身での生活保護の申請、アルバイト収入を貯金するための手続きなども無事に終わった。彼は現在、自分で「ここがいい」と選んだアパートで、高校・アルバイト・日常生活をこなしながら、自分のペースをつかみ、自分の日常生活をつくり上げようとしている。
「本人が、保護課への申請や説明に必要な書類を自分で揃え、必要な連絡もこまめに行い、きちんと手続きできました。今、お金のやりくりはしっかり行っていて、自炊もしています」(坪井さん)
現在の坪井さんたちの心配事は、「身体を大切に、頑張りすぎないように、まずは高校を無事に卒業できるように」といったことだ。これからも、専門学校への進学や就職といった機会ごとに、本来なら直面しなくてよいはずのハードルが立ちはだかる可能性は低くない。
なお「生活保護で暮らしながらの学業」が可能なのは、基本、高校まで。専門学校は対象にならない。希望通り、専門学校に無事に進学できれば、その後は学業と生計の両立が課題になる。彼が踏み出した希望に向けての一歩が、希望の実現と将来に確実につながるように、祈りたい気持ちだ。

高校中退を防止する 「3ヵ月だけ養育里親」
「高校を卒業するための踏ん張りがいかに大切か、どれだけ言葉を尽くしても尽くしきれない気がします」
こう言う坪井さんが、今「増えてほしい」と願っているのは養育里親だ。といっても、幼少の子どもを成人まで育て上げるイメージの養育里親ではない。
「高校を卒業するまで、あと6ヵ月、あと3ヵ月といったところで、家庭の困難な状況などを理由に、高校を中退せざるを得なくなるユース、たくさんいるんです。その6ヵ月や3ヵ月、高校卒業まで、食事と寝泊まりの場を提供する養育里親さんだったら、『それなら私もできる』という方、結構いらっしゃるのではないでしょうか」(坪井さん)
成人して巣立った子どもがいる家庭には、空き部屋になった元・子ども部屋があるだろう。それを提供すればいい。それに、育児経験や「夫妻」といった家庭の形は、必ず求められるわけではない。里親に求められる条件は自治体によって異なるが、福岡市では、育児経験があれば単身でも里親になれる。
「3ヵ月、6ヵ月という期間でも、高校を卒業するための最後の大切な時期を支えることはできます。大変は大変でしょうけど」(坪井さん)
坪井さん自身も、福岡市の里親養成講座を受講し、2014年、福岡市の養育里親として認定されている

子どもを愛し、養い育てる能力が 全ての親に備わっているわけではない
子どもを愛し、養い育てる能力は、残念ながらすべての親に備わっているわけではない。今、大きな問題なく子どもを育てている親にも、それが可能な状況を失うリスクは常にある。自立援助ホーム、養育里親、生活保護での単身生活。高校に進学したものの、卒業が危ういユースたちが使える手段は、種類も量ももっと増えてほしいものだ。
「学校は大切な場所です。せめて、生活保護で安心して高校を卒業することができれば、と思います。今、低賃金労働や非正規雇用で働いて辛うじて自立している中卒や高校中退のユースたちに、2~3年間生活保護を受けながら高校に通い、高卒の最終学歴を得ることを私は勧めたいです。保護を受けずにギリギリのお金で生活していると、貯金もできませんから」(坪井さん)
生活保護のもと、「健康で文化的な最低限度」が保障された生活を送りながら高校に通えば、「学業か生活か」という問題はなくなる。目的に制約はあるものの、アルバイト収入を自分の将来のために貯金することもできる。高校を卒業したとき、そこまでの自らの努力の証である卒業証書と貯金は、将来の希望へのジャンピングボードにもなるだろう。