子どもの「精神障害」はかなり誤解されている

東洋経済 2017年7月3日

児童精神科医の滝川一廣さんが3月に出した『子どものための精神医学』が話題だ。帯に“素手で読める児童精神医学の「基本書」”とあるが、編集を担当した医学書院の白石正明さんによると、親のほか、養護教員や学童保育指導員などが手に取っている。
40年を超える臨床経験と、この間、大きく研究が進んだ児童精神医学を踏まえて、平易な言葉で、子どもの発達とはなにかを「根本から説き起こす」ことを目的にしたという。

診断とはそもそも何か?
本書は精神医学の歴史から始まります。身体の医学は太古の昔に始まったが、精神医学は近代の合理的な人間観の確立後に生まれたと。身体の医学は自然科学であって、個人の身体の中で完結する。しかし、精神医学は自然科学に収まらず、共同性・関係性の視野の中でとらえると。
でも、たとえば子どもが「発達障害」だと診断されたとき、多くの親は身体のお医者様の診断と、児童精神科のお医者様の診断は違うものだとは考えないのではないでしょうか。
診断とは何かということです。医師が風邪と診断するのは、自然科学です。疾患が起きている体の場所、起きる仕組み、病気の原因が共通しているとき、同じ種類の病気だと診断できる。
しかし精神障害は、外から見たその子の行動の特徴を分類し、引き出しに入れることにすぎません。自閉症の引き出しに入る、あるいは知的障害の引き出しに入ると。精神障害の診断は医学的診断ではありません。社会的判断です。

診断がくだれば、皆、同じ治療で治るわけではないということですね。
本の冒頭にある、「認識の発達」水準を縦軸に、「関係の発達」水準を横軸に取った座標が目に飛び込んできます。
A領域:知的障害、B領域:自閉症、C領域:アスペルガー症候群、T領域:定型発達と表示されています。しかし、線で明確に区分されているわけではありません。
人間の赤ちゃんが見知らぬ新しい世界を知っていくのが「認識の発達」。世界に働きかけ、働きかけられる関係性を育んでいくのが「関係の発達」。これがXとYの座標軸として置かれます。そして両者が相互に支え合い、子どもは成長していくという、発達を示した図ですね。この図は滝川さんのオリジナルですか。
ええ、そうです。こうすることで、この子は認識に課題をもつ知的障害、この子は自閉症、と分けるのではなくて、定型発達も含めてひとつながりだということが見て取れます。

子どもには「ばらつき」がある
私たちはいつの間にか、子どもというのは、どの子も似たような存在で、成長は一直線上にあるようなイメージを持っています。でもこの図は、子どもにはばらつきがあることを思い出させてくれます。地図のようで、思わずわが子や自分がどこにいるのだろうかと探したくなります。
子どもには、生まれたときが最もばらつきがある。それが、成長の過程で、精神発達を遂げた大人たちや環境に働きかけ、働きかけられ、認知と関係性をそれぞれ発達させ、その社会と文化を生きることができる存在へと育っていきます。

精神障害は、社会や文化の変化の中で発見されてきたのですね。
昔から「知恵遅れ」とか「白痴」という言葉があり、理解や判断力が落ちている人がいることはわかっていました。しかし、知的障害がクローズアップされたのは、19世紀に近代学校教育が始まってからです。
また、関係の発達の課題が発見されるのは1943年。アメリカの児童精神科医のカナーが自閉症を報告してからです。それまで関係性発達障害は問題になりませんでした。

知的障害、自閉症スペクトラム、学習障害、ADHDなど、多様なものと考えてしまう。でも、本書では精神障害とは「人とのかかわりにおける、なんらかの直接的な困難な苦しみとして現れるとする」と規定しています。
昔のほうが大人として身に付けなければいけない力は単純でした。生産活動が何より重要で、生きることで精いっぱい。それに必死にならないと、飢饉が起きた。生産活動に直接関係しない対人能力や社会性は、一部の人以外、それほど重要ではありませんでした。
子どもたちについても、今ほど手をかけなくても育てることができた面がある。畑仕事に連れて行って、寝かせておいたり、遊ばせたり、手伝いをさせたり。大人の生活圏と子どもの生活圏も今ほど分かれていませんでした。
子どもたちはその中で14~15歳になれば大人としてやっていけた。性的に成熟すれば、そのまま大人になれた。
ところが戦後、中学が義務教育となり、子ども期が15歳まで延びました。さらに、1970年代になり9割以上のティーンが高校に行くようになり、子ども期はさらに18歳まで延びました。大人の生活圏と、子どもの生活圏は分けられました。

性的に成熟しても社会的には大人になれない。そこから、思春期問題が始まりました。
日本で思春期研究の本が初めて書かれたのが、1972年です。私が児童精神科医として働き始めたのは1975年ですが、このころは思春期に関する論文が花盛りでした。私が最初に書いた論文は摂食障害についてです。

人の孤立が進んでいる
産業の変化とともに、生活の場が人々の暮らしの共同体ではなくなった。人の孤立が進んでいます。
子育ては昔に比べ手厚くなっています。手薄な子育てより、手厚いにこしたことはありませんが、親が孤立して、狭い世界の中で子育てが行われている。親が何らかの形で、力を失えば、一気に手厚い子育ては不利になります。それが今、虐待と呼ばれるものではないでしょうか。

実は自閉症と言われたり、知的障害と言われたりする、発達の遅れた子どもたちはそうではない子どもたちに比べ、不安や緊張の高い、孤独な世界を生きていると本書は指摘します。私たちは意味や約束を通して、この世界をほかの人々と分かち合い、職場の世界、家族の世界、友だちの世界、それぞれ意味が異なる何層もの世界を行き来している。ところが、認識の発達の遅れは、人々のもつ共同の世界へ参入を難しくする。子どもたちの逸脱や問題行動のわけを探っていくと不安や緊張の問題に行き当たると。
社会の側からみているとわからないかもしれませんが、知的に低ければそれだけ孤独です。孤独では生きていけない。
診断名がつかないから様子を見ましょうというのではなく、発達分布図の、今どの辺りをその子どもが歩いているのかを知り、遅れているところを支え、伸ばすことに留意した子育てのかかわりをさっそく始めてほしい。1回限りの人生ですから。

虐待を防ぐには孤独に育つ子どもを減らすことが重要
私は子どもを虐待死させる親たちの取材をしてきました。こうした親の子ども時代は本当に孤独です。人を信じる力も弱い。
そうでしょう。いかに孤独に育つ子どもを減らしていくかが、虐待を防いでいくことになると思います。人を信じる力を育てるには、実際に人とかかわらなければ。人とかかわって安心する、助かったという体験を重ねて、初めて人とかかわる力が出てくる。
もともと子育ては、大変な仕事です。親がうまく育てられなかったり、子どもがちょっと育ちにくいハンディを持っていたり。ゆとりを持って子育てをする生活基盤が脆弱だったり。子育てがうまくいかないのは、親だけの責任ではないということがみえにくい。
子育てが大変な赤ちゃんはいくらでもいます。なかなか泣きやまない赤ちゃんとか、ミルクを飲ませてもすぐ吐いてしまう赤ちゃんはいっぱいいる。
生活基盤にゆとりがあれば、子どもが夜泣きをしても根気強くかかわり続けることができます。トイレトレーニングもじっくりかかわれる。でも、いくつかの悪条件が重なると、どうしていいかわからなくて、赤ちゃんをたたいてしまったり、揺すぶってしまうということが起きます。
人とかかわれない不幸を「虐待」と名付けてバッシングするだけではダメなんですね。

「貧困・格差の一定以上の解消をはかる政治的、経済的な施策なくしては、いかなる『先進的』な(虐待)防止対策も焼け石に水かもしれない」と書いていますね。滝川さんは虐待防止法以前、1980年代には児童相談所に勤務する児童精神科医でした。
摘発型の虐待防止では、子育ての失調は防げない。当時、イライラして、赤ちゃんの指をかみ切ってしまったお母さんがいた。今だったら、すぐに虐待だと判断されて、子どもは取り上げられてしまう。でも、この時は親子関係の失調として、その間を取り持つ支援をしました。子どもを分離せずに育てることができました。
今は虐待という言葉が一般的になり、一方的に親が悪いというイメージが広がりました。親である以上、子どもをしっかり育てなければという圧力はとても強い。愛情と責任さえあれば、子どもは育つという一種の思い込みがあります。うまく育たないと、愛情か責任感に欠けた親だと言って責める。
虐待という言葉はよくないです。虐待と名付けるとその家族を否定的に見る。あなたは悪いことをしているというまなざしの中で家族統合といってもうまくいかない。

 

「夢あきらめない」 児童施設出身者らスピーチ

カナコロ神奈川新聞 2017年7月2日

児童養護施設などで育った子どもに奨学金を支援するプログラム「カナエール」(カナエール2017実行委員会主催)のスピーチコンテストが1日、鶴見公会堂(横浜市鶴見区)で開かれた。公的な支援体制が整いつつあるとして、今回が最後の開催。6人の若者が舞台に立ち、夢を語った。
調理師を目指す専門学校1年の男性(20)は、留年した高校時代に寄り添ってくれた施設職員への感謝とともに、「不自由と不幸はイコールではない」とスピーチ。「夢は自分の店を持ち、職員の先生に料理を振る舞うこと」と語った。
茅ケ崎市の施設で生活した男性(18)は、看護師を目指している。経済的な理由などから進学先や目標を変更した経験を語ったうえで、「施設出身という理由で、夢をあきらめないことが僕の信念」と力強く言い切った。
最優秀グランプリに選ばれたのは専門学校1年の女性(18)。母との暮らしや、施設職員の言葉などを基に自分自身と向き合った。「施設職員になって、どんな時も子どもの味方として一緒に生きたい。夢をかなえることで、(自身を)否定してきた自分も救いたい」と語り、大きな拍手を受けた。
カナエールはNPO法人ブリッジフォースマイル(東京都)が2011年から運営してきた。実行委員長の植村百合香さんは「応援の輪を広げることがカナエールの意義。これからもその応援を広げ続けてほしい」とあいさつした。

 

不妊治療と、子どもの発達障害リスク…日本では知らされない大問題

女子SPA! 2017年7月3日

不妊治療…30~40代の女性にとっては、気になる言葉ではないでしょうか。
実際、不妊治療を受けるカップルは急増しています。ですがどんな医療にもリスクはつきもの。実は不妊治療にも、大きなリスクがあるのに、それが患者に知らされていないというのです。
そのショッキングな実態に迫る『本当は怖い不妊治療』を上梓した、ジャーナリストの草薙厚子さんに聞きました(同書の監修は黒田優佳子医師)。
リスクについて聞く前に、まず基礎知識を。「不妊治療」に使われる医療技術である「生殖補助医療」には、次の3つの受精法があります。

①人工授精:精子を子宮内に送り込むだけの方法
②体外受精:体外に取り出した卵子に精子をふりかけて、精子が自力で卵子に侵入するための環境を整え、培養液内で受精させてから子宮に戻す方法
③顕微授精:体外に取り出した卵子に顕微鏡を用いて極細のガラス針で人為的に1匹の精子を穿刺注入し、受精させてから子宮に戻す方法

生まれた子が自閉症スペクトラム障害であるリスクが2倍
この本の中で一番衝撃的だったのは「顕微授精に代表される生殖補助医療によって生まれた子は、そうでない子に比べ、自閉症スペクトラム障害であるリスクが2倍である」という研究結果でした。
草薙:私が取材を進めていく中で、この記事を見つけたのですが、この研究結果は、2015年3月にアメリカの権威ある学術誌に掲載されて世界にショックを与えたものです。しかし、なぜか日本ではほとんど報道されていないのです。
その内容はコロンビア大学のピーター・ベアマン教授が行った研究で、もとになったデータはアメリカ疾病対策予防センターによる大規模な疫学調査です(※)。日本でニュースにならなかったのは不思議に思います。

自主規制するようなデリケートな部分があるのでしょうか。

草薙:最近、よく耳にする機会が増えた自閉症スペクトラム障害は発達障害のひとつで、なかなかデリケートな問題ではあると思います。
自閉症スペクトラム障害は、臨機応変な対人関係が苦手で、自分の関心に強いこだわりがあるのが特徴で、知的障害をともなうこともあります。軽度だと、ふつうに社会生活できる人もたくさんいらっしゃいます。また、関連書物も数多く出版されていますから、一般的に以前より知識と理解が深まっていると思います。
私は1990年代から少年事件の取材をしてきて、自閉症スペクトラム障害が事件の要因の一つになるケースが多いと感じていたんですね。たとえば、神戸連続児童殺傷事件(1997年)を起こした「少年A」は、少年院で自閉症スペクトラム障害と診断されています。
ただし、いつも取材を受ける際は強く訴えているのですが、自閉症スペクトラム障害だから事件を起こすのではなく、誘発要因の一つである可能性があるということです。
ですから、早期発見・早期治療によって、周りで支援をすることが大事なポイントなのです。
そんななかで、「生殖補助医療で生まれる子は、自閉症スペクトラム障害のリスクが2倍」という研究結果を聞いて、関心を持ったのがこの本を書いたきっかけです。
もちろん、これも生殖補助医療そのものが問題だと言いたいわけではなくて、そのリスクを知ったうえで、どの不妊治療の方法を選択していくかを決めるべきだと思うんです。

不妊クリニックは、ほとんどリスクを説明していない
その「リスク2倍」という研究には、「顕微授精に代表される~」とありますが、顕微授精をする人は多いんでしょうか。
草薙:多いようですね。取材によると、不妊治療の約80%が顕微授精だそうです。
みなさん、生殖医療を「体外受精」って呼びますけれど、その違いを理解していない方が多い。①人工授精と②体外受精は、精子が「自力で」受精するわけです。でも③顕微授精は、精子を人為的にひとつ取り出して、卵子に直接針を刺して注入するから「他力」なんですね。
自力と他力は、実は受精卵ができる過程で大違いなのです。
顕微授精の場合は、卵子に針で精子を入れるから、授精はしやすい。ですので、クリニックでは顕微授精を勧めることが多いです。そのクリニックでの受精率・妊娠率を上げることができますから。
そのとき、クリニックでは、顕微授精のリスクを説明しないんですか!?
草薙:取材ではほとんどのクリニックは説明していないようです。取材中、クリニックや生殖医療の権威の医師からも「顕微授精は安全ですよ。何も心配ないですよ」という答えが返ってきました。厚生労働省も日本産科婦人科学会も、リスクのことは何も触れませんでした。
そもそも、日本には生殖医療について、法律もきちんと整備されていないし、曖昧なガイドラインしかなくて驚いたんですね。
国もある程度現状は把握しているはずですが、今の状況は治療を受ける側ではなく、クリニック側を中心とした流れになっているのではないかという疑問があります。不妊治療は夫婦の人生を左右する大事な問題なのですから。リスクをきちんと説明した上で実施すべきではないかと思います。
今回、本を監修してくださった黒田優佳子先生は臨床精子学を専攻する極めて珍しい産婦人科医師で、精子側の視点から顕微授精のリスクを危惧しています。黒田先生から見ても、「不妊治療に伴うリスクについての説明が不十分ではないのでしょうか」ということなのです。