「孤立」救うには…(3)ひきこもりの現状

読売新聞 2017年9月21日

息子のひきこもりと暴力 耐え続けた母
 「社会から“孤立する人”をなくそう」をテーマに、10代から日本を変えるアイデアを募る読売中高生新聞の「中高生未来創造コンテスト」。孤立社会・日本の現状を伝える連載第2回の今回は、ひきこもり、家庭内暴力、そして精神疾患しっかんを乗り越え、社会とのつながりを取り戻した親子の物語を紹介します。

親子の心を救った「社会とのつながり」
 「この子と冷静に話ができる日が来るとは、15年前には想像できませんでした」
 今年3月、さいたま市の女性(75)は自宅マンションを訪れた記者にそう語った。隣で長男(41)が少し照れくさそうにうなずく。
 どこまでも穏やかなこの親子は壮絶そうぜつな過去を乗り越えてきた。

 長男が家族に暴力を振るうようになったのは中学1年の後半頃。女性は担任に相談したが、学校で変わった様子はなく、家だけで暴力を振るう状態が続いた。
 高校に入ると行動はエスカレートした。学校に行かなくなり、高校を2年で中退した後は自室にひきこもって、気に入らないことがある度に暴れた。
 耐えかねた夫は家に帰らなくなった。「子どもを犯罪者にしたくない」という気持ちから警察にも通報できず、女性は毎晩、ジーンズをはいたまま布団に入り、暴力が始まると次男を車に乗せて家から逃げ出す日々を送った。
 長男は20歳で精神疾患と診断された。入退院を繰り返す日々が始まった。

「治る」を信じて
 30歳に近づいた頃、転機が訪れた。長男が「俺には所属先がない。中ぶらりん。それが後ろめたい」と漏もらしたのだ。
 女性はハッとした。「確かにその通りだ。社会とつながる何かを始めなければ、長男の人生は動き出さない」
 決意を固めた女性は、自らの手で喫茶店を開業。長男に「手伝ってほしい」と声をかけ、喫茶店の仕事に誘った。
 ウェーターとして働き始めた長男は接客もうまくなった。徐々に自信をつけていき、女性は店への行き帰りの約40分の車内で、長男からそうした話をじっくり聞いた。
 まわりも親子を支えた。長男が通う生活訓練施設のスタッフは「暴力はいけない」と懇々こんこんと説いてくれた。主治医は「いつか治る」と励まし続けてくれた。
 暴力は消えていった。

 長男はその後、大学にも合格。38歳で電気工事会社に就職し、服薬しながら働いている。昨年の母の日には中華料理をごちそうした。
 「ひたむきに働く母を見て自分もちゃんと生きたいと思った。やりたい事を後押ししてくれた母に感謝しています」
 今、地元の精神障害者の家族会で会長を務める女性は苦しむ母親たちにこう伝えたいと思っている。
 「病気でもうまく向き合える日はいつか来る。可能性を信じ、希望を捨てないでほしい」

◎この記事は、2017年4月に読売新聞朝刊社会面に掲載された連載「孤絶 家族内事件 親の苦悩(5)」をもとに作成したものです。

10代へメッセージ
 この親子が、次世代を担う10代に伝えたいことは? 2人からメッセージをもらった。

 ひきこもりや精神疾患の問題を教育現場などでもっとオープンにしてもらい、知識と理解を深めてほしいと願っています。
 ひきこもりになる原因は様々です。学校でのいじめや人間関係の悩みだけではなく、心の病が原因という人も少なくありません。
 特に精神疾患については、偏見もあり、真正面から語り合うことを避ける向きもあります。肉体的な病と同じ病気の一種なのに、なぜなのでしょう。
 たとえ、ひきこもりであっても、精神疾患であっても、まわりの理解やサポートがあれば、社会とつながりを持ちながら、自分のペースで生きることはできるはずです。みなさんには、みんながそれぞれの個性を尊重しながら暮らせる社会のあり方を考えてほしいと思います。

悩んでいたら声をかけよう
 今回紹介した親子のような事例以外にも、若者が社会との接点を持てなくなるケースはたくさんある。その代表例が「ひきこもり」だ。この問題と長年向き合ってきた「ながおか心のクリニック」(新潟県長岡市)の精神科医、中垣内なかがいと正和院長に聞いた。

 国の定義では、ひきこもりとは6か月以上、社会と関わらず、家にとどまっている状態のことを言います。
 ひきこもりになるきっかけの一つが「不登校」です。中高生時代は、受験への不安、友人関係の悩みなど、ちょっとしたきっかけで学校に行くのが難しくなる、というケースは珍しくありません。
 学校に行かない時期が長引き、ひきこもり状態になると、そこから抜け出すのは難しくなります。ひきこもりは若い人の問題と捉えられがちですが、実は日本ではひきこもりの長期化が問題になっており、40歳以上の人も珍しくなくなっているのです。
 では、こうした問題に苦しむ人を救うにはどうしたら良いのか。
 まず、みなさんの世代で言えば、不登校になる友達を減らすことが挙げられます。友だちや家族が悩んでいたり、落ち込んでいたりする様子があれば、声をかけ、気き遣づかうことが大切です。
 また、ひきこもりを「社会から脱落した人」と否定的に捉える風潮も変えていかなければなりません。ひきこもりは「生き方を模も索さくしている人」。周囲の理解とサポートがあれば、社会との接点を取り戻し、自分らしく生きていく道はきっと見つかるはずです。

「孤立」救うには…(4)虐待の現状

読売新聞 2017年10月13日

里親がくれた「僕の居場所」
 「社会から“孤立する人”をなくそう!」をテーマに、日本を変えるアイデアを募る「中高生未来創造コンテスト」の締め切りまで、あと半月ほどとなりました。読売新聞社会面で連載している「孤絶 家族内事件」で取り上げた事例をもとに、孤立社会・日本の現状を考える連載も今回で最終回。里親からの愛情で、新たな居場所と夢を見つけた大学生の物語を紹介します。

母が育児放棄 3歳で施設に
 暴力や育児放棄などの虐待を受け、親らと一緒に暮らしていない子どもは全国で2万人を超える。この子どもたちを支えているのが、児童養護施設、そして里親(※)だ。
 東京都八王子市の大学4年生、針谷はりや広己ひろきさん(22)には、実の親の記憶がない。未婚で出産した母親は育児を放棄し、広己さんは3歳で保護された。ゴミだらけの部屋の冷蔵庫の中身はチョコレートだけだった、と後から聞いた。
 新しい家――八王子市の坂本洋子さん(60)宅にやって来たのは4歳の時だ。その日は暑く、お気に入りのTシャツを着ていたことをおぼろげに覚えている。
 里親の坂本さんは、引き取った当時の広己さんを「手足がかなり細く、おなかだけ出ていた。栄養状態が悪いことがすぐにわかった」と振り返る。
 当初、広己さんは言葉を発しなかった。間もなく坂本さんを「お母さん」と呼ぶようになったが、気にくわないことがあると暴れて坂本さんの腕にかみつくこともあった。他人におびえ、小学校でも最初は先生と手をつながないと教室に入れなかった。それでも、同居する似た境遇の年上の里子3人が優しく世話してくれるうち、少しずつ笑えるようになり、友達もできた。
 ただ、血のつながった親と暮らしていないことは、友達には言いだせなかった。「どうして自分はこんなふうに生まれたのか」と落ち込んだこともあった。

見つけた夢 福祉の道へ
 転機は高校2年で、坂本さんの勧めでスタディーツアーに参加し、ネパールを訪れた時だ。その日の食べ物も十分にないのに、子どもたちが楽しそうな表情をしていることにショックを受けた。「自分はチャンスをもらえている。はい上がらなくちゃ」
 高校卒業後は福祉を学ぼうと、奨学金を得て大学に進学。地域全体で子どもを育てる街づくりに携わるという夢もできた。
 現在、坂本さんが運営するファミリーホーム(※)では、幼稚園に通う里子をお風呂に入れるのは広己さんの担当だ。みなで一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、笑いあう。広己さんは、坂本さん宅で暮らしてきたことで、ごく普通の家庭の営みがもたらす安心感を知った。
 生みの母親への思いも変わってきた。おばから「普通に暮らしている」と聞いているが、それで十分だと思っている。
 「昔は存在自体がだめな人間だと思っていたけど、話を聞くと、単に子育てをする能力がなかっただけなんだなと思った。ないものねだりをしてもしょうがなくて、僕は今、自分の持っているもので勝負するしかない」。そして広己さんはこう続けた。「安心できる居場所ができたことで人生が変わった。お母さんには本当に感謝しています」

里親
 虐待や貧困などを理由に親と暮らせなくなった子どもを預かり、育てる制度。家庭的な環境下で、里親からの愛情を受けて育つことで、子どもの自己肯定感や社会性を養えるというメリットがある。
 里親は児童相談所での研修などを経て、自治体に登録される。2015年度末で全国で1万679世帯が里親登録している。

ファミリーホーム
 親と暮らせなくなった子ども5~6人が、里親経験者や児童養護施設などで働いた経験のある養育者とともに家庭で暮らす制度。15年度末で287か所ある。

◎この記事は2017年7月に読売新聞朝刊社会面に掲載された連載「孤絶 家族内事件 幼い犠牲(9)」をもとに作成したものです。 

SOS 地域の大人がキャッチして
広己さんからメッセージ
 虐待に苦しむ子どもたちを救うために、10代に伝えたいことは? 広己さんが自身の体験を踏まえ、語ってくれた。

 虐待を受けていることを他人に言うのはつらく、勇気がいることです。しかし、声を上げないと誰にも気付かれず、状況が良くなることは絶対にありません。
 虐待に苦しむ子どもが救われるには、家族以外の地域の大人に助けを求めることが重要です。それと同時に、近隣住民などまわりの大人も、そのSOSに気づくために、地域の子どもたちの存在に敏感に反応しなければなりません。地域で暮らす大人と子どもが深く関わりを持つようになってほしいと思っています。
 里親制度は、欧米では当たり前になっている制度です。子どもは家庭で育てることが大切との考えからなのですが、残念ながら、日本ではまだまだ浸透していません。自分もそうでしたが、里子であることを隠している子も少なくありません。
 日本ではいまだに異質な存在を受け入れない考えが根強いと感じます。多様な人を受け入れる社会になるよう、僕ら若い世代から発信しなければならないと思います。