児童養護施設など団体から注文相次ぐ 厚労省の「新ビジョン」に

福祉新聞 2017年11月7日

 厚生労働省は10月25日、社会保障審議会児童部会社会的養育専門委員会(委員長=柏女霊峰・淑徳大教授)を開いた。前身の社会的養護専門委員会から1年10カ月ぶりの開催で、「新しい社会的養育ビジョン」などを踏まえ、12月までに都道府県推進計画の見直し要領をまとめる。ただ関係団体による新ビジョンの評価は割れ、厚労省への注文も相次いだ。
 推進計画は、都道府県や指定市などが、児童養護施設の小規模化など目標を定めるもの。国は2029年度までに施設、グループホーム、里親へ委託する子どもの割合を3分の1ずつにする方針。しかし現状は施設に偏り、自治体が16年に掲げた計画では、29年度の施設入所割合の予定は45%で、目標には及ばない。
 厚労省の検討会が8月にまとめた新ビジョンは、就学前の施設入所を原則停止し、7年以内に里親委託率を75%以上に増やすとした。施設の滞在期間も乳幼児で数カ月以内、学童期以降で1年以内と短くし、施設には里親支援など機能転換を求めている。
 委員会で、厚労省は新ビジョンなどを踏まえた推進計画の見直し要領を12月末までに提示する方針を示した。施設や家庭養護による児童数の見込みを検討。市町村の支援体制も整理するという。
 これに対し、各関係団体が新ビジョンや今後の進め方についての見解を述べた。
 桑原教修・全国児童養護施設協議会長は新ビジョンについて一定の理解を示したが「里親への支援体制が不十分な中で、新規措置入所停止などの表現は踏み込みすぎ。行き場のない子どもを生み出す」と懸念。「ビジョンに沿って自治体が短期間で推進計画を作れば、数字合わせになる」と、財源も含めた慎重な議論を求めた。
 発達障害のある子どもを受け入れる平田美音・全国児童心理治療施設協議会長は「職員がチームで支えることが必要で、小規模化は難しい」とし、新ビジョンに否定的な意見を表明した。
 また、新ビジョンに盛り込まれた新たな親子入所施設について、菅田賢治・全国母子生活支援施設協議会長は「母子施設は母子をまるごと受け入れて、家庭養育を支援している」と強調。新施設は不要だとした。
 一方で、森下宣明・全国乳児福祉協議会副会長は「現状として乳児院は家庭養護を支援し、補完する意味合いが強い」と新ビジョンに理解を示した。その上で配置基準を1対1にするよう求めた。
 吉田菜穂子・全国里親会評議員は「里親の普及促進が盛り込まれた新ビジョンを大変評価している」と述べた。ただ年次計画については無理が生じるのではと指摘した。
 最後に吉田学・厚労省子ども家庭局長は、新ビジョンに対する現場の不満の声を念頭に「現場を支えている方々の実践と思いを両方考えながら進めたい」などと語り、施策化に向け丁寧に議論する考えを示した。

 

<保育無償化>首相「すべての子供たちに」はウソだった?

毎日新聞 2017年11月7日

自民党公約と衆院選後の政府の考え方
 安倍晋三首相が衆院選で力を込めて訴えた「幼児教育・保育の無償化」を巡り、政府は認可外保育施設を対象から外すことを検討している。これを知った保護者たちから、怒りと落胆の声があふれ出している。首相の「すべての子供たちに」という言葉はうそだったのか。【中村かさね/統合デジタル取材センター】

圧勝2週間後に無償化揺らぐ
 政府の認可外除外方針は5日以降、毎日新聞などが報じている。
 「ちーがーうーだーろー!」。待機児童問題に取り組む市民グループのメンバーで東京都世田谷区の男性(41)は、流行語の書き出しに続いて「認可(保育所)に入れる人と入れない人の格差が広がり、認可への申し込み殺到が予想されます」とツイッターに投稿。これまでに約4000件リツイート(拡散)されている。
 安倍首相は衆議院解散を表明した9月25日にこう言った。「2020年度までに3歳から5歳まで、すべての子どもたちの幼稚園や保育園の費用を無償化します。0歳から2歳児も所得の低い世帯には全面的に無償化します。待機児童解消を目指す安倍内閣の決意はゆらぎません」。自民党の公約にも「3歳から5歳までのすべての子供たちの幼稚園・保育園の費用を無償化」とある。
 だが、自民党の圧勝からわずか2週間後にくつがえされようとしている。
 市民グループは、ツイッター上で「#保育園に入りたい」というハッシュタグ(検索用キーワード)を使って活動している。選挙中は「保守」「リベラル」など政権の枠組みを巡るイデオロギーにこだわらず、子育て支援に取り組む候補を見極めようと主張。「無償化より待機児童解消を優先すべきだ」と訴えてきた。「ただでも認可の枠をめぐって激戦なのに、無認可を無償化から除外すれば血で血を洗う状況になる」と男性は言う。
 グループはさっそくツイッター上で、認可外施設を無償化対象から除外することへの賛否を問うアンケートを6日に開始。こちらも1日で約4000票が集まり、その8割が「反対」だ。

認可に落ちたのは自己責任か
 なぜ、認可外施設が除外されるのか。保育士の配置や面積などの基準が認可施設よりも緩く、無償化の対象にすることで政府が認可外施設の利用を推奨していると受け止められかねない--というのが政府側の言い分だ。
 1歳の長男を育てる東京都杉並区の女性(39)は、怒りが収まらない。「妊娠中から保活に悩んでいました。認可施設に落ち、やっとの思いで認可外施設に滑り込んだのに。これって自己責任ということですか?」
 女性の長男は、東京都が独自に定める基準を満たす認証保育所に通う。利用料は認可保育所より高いが、同区が差額を補助する。それでも「認可外施設」であり、無償化の対象から外れる見込みだ。都の担当者は「認可が無償化されれば、ますます差が広がる。自治体による差額補助には限界がある」と話す。
 認可外利用者の4割は、認可に落選した子供たちだ。中でも認証保育所や企業主導型保育所は「認可外」だが公的な補助を受け、国が公表する待機児童2万6081人にもカウントされていない。安倍政権は待機児童対策として2020年度までに32万人分の保育の受け皿整備を目指すとしているが、それらをすべて認可施設でまかなえるわけでもない。多様な保育の受け皿として期待されてきた企業主導型や地域単独の保育事業が無償化の対象から除外されれば、事業者の参入を妨げ、待機児童解消がさらに遠のくことになりかねない。
 野村総合研究所の武田佳奈上級コンサルタントは「希望する認可に入園できなかったうえに無償化の対象からも除外されるのは、当事者を二重に窮地に立たせることになる。公平性の観点からも疑問を持たざるを得ない」と指摘。「無償化対象の保育所に入れないなら申し込み自体をあきらめる、という人も出てくるかもしれない。待機児童の見える化はますます困難になる」と懸念する。

広告と違うものを売りつける
 聞こえのいい公約を掲げ、選挙後に尻すぼみになる。これを専門家はどう見るか。
 元三重県知事で早稲田大マニフェスト研究所の北川正恭(まさやす)顧問は「選挙や公約の信頼感をなくすことになり、大きな問題。有権者とメディアは、きちんと文字と数字で検証すべきだ」と警鐘を鳴らす。「党内で徹底的に議論して合意を得たものが公約になるべきなのに、今その経緯を踏んでいない。今回の公約は安倍総理の願望の羅列に過ぎず、選挙後に現実的な議論が出てきたのだろう」と見る。
 政治アナリストの伊藤惇夫さんは「そもそも全面無償化は財源にも無理があり、バラマキだと思っていた。無償化よりも誰もが安心して預けられる保育所を増やすべきだ」と述べ、公約を宣伝チラシに例えた。「店に入ったら広告と違うものを売りつけられる、ということ。公約の中身とのくいちがいはきちんと指摘し続け、次の選挙で評価を下すのを忘れないことが大事です」

 

奇形の顔「受け入れられない」…家族が手術拒否、ミルク飲めず赤ちゃん餓死

読売新聞(ヨミドクター) 2017年11月5日

小児外科医 松永正訓
 医師として関わってきた多くの子どもの中には、忘れられない子が何人もいます。その中で、最悪の記憶として残っている赤ちゃんがいます。前回のコラムで、障害児の受容は簡単ではないと言いましたが、それが「死」という形になった子がいました。

手術すれば、きれいに治すことができるのに…
 産科から小児外科に連絡が来ました。先天性食道閉鎖症の赤ちゃんが生まれたのです。食道閉鎖とは文字通り食道が途中で閉じている先天奇形です。当然のことながら、ミルクは一滴も飲めませんから、生まれてすぐに手術をする必要があります。食道は胸の中にありますので、赤ちゃんの胸を開く、難易度の高い手術です。
 そして、赤ちゃんの奇形は食道閉鎖だけではありませんでした。 口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)という奇形があったのです。口唇裂とは上唇が鼻まで裂けていることです。口蓋裂とは口腔と鼻腔を隔てている上あごが裂けていて、口と鼻の中がつながっている状態です。口唇口蓋裂は、形成外科の先生が何度か手術をすることで、最終的には機能だけでなく、美容の面でもきれいに治すことができます。
 私は赤ちゃんの家族に食道閉鎖の説明をし、手術承諾書をもらおうとしました。ところが、家族は手術を拒否しました。赤ちゃんの顔を受け入れられないと言うのです。私は驚き慌てて、どうしても手術が必要なこと、時間の猶予がないことを懸命に説明しました。ところが家族の態度は頑として変わりません。

児童相談所に通報したが「先生たちで解決してください」
 何とかしないと大変なことになります。とにかく時間がない。産科の先生たちを交えて繰り返し説得しても、効果はありませんでした。私は最後の手段として、児童相談所(児相)に通報しました。児相の職員たちは、聞いたことのない病名にかなり戸惑っている様子でしたが、その日のうちに、3人の職員が病院を訪れてくれました。私は両親の親権を制限してもらい、その間に手術をしようと考えたのでした。
 児相の職員と赤ちゃんの家族で話し合いがもたれました。私はその話し合いが終わるのを、ジリジリしながら会議室の前で待ちました。
 話し合いは不調に終わりました。児相の説得も失敗したのです。では、「親権の制限はできますか」と職員に尋ねると、彼らは首を横に振って「あとは先生たちで解決してください」と言って病院を去りました。

家族は姿を現さなくなり…こんなことがあってもいいのか
 ここから先、何ひとつ話は進展しませんでした。赤ちゃんには点滴が入れられていましたから、最低限の水分は体内に入ります。しかし、ミルクを一滴も飲んでいませんから、日ごとに赤ちゃんの体は衰えていきます。やがて、家族は面会にも姿を現さなくなりました。
 児相の人たちの判断は、あれで正しかったのか。警察に通報した方がいいのか。いや、警察は何もしてくれないだろう。21世紀の現代にこんなことがあってもいいのか……と私は暗澹(あんたん)たる思いでした。
 もうあとは、餓死するだけです。小児外科と産科で話し合い、結局赤ちゃんは産科の新生児室で診ることになりました。したがって、私は直接赤ちゃんの最後の日々を目にしていません。のちに聞いた話では、一人の産科医が、時間さえあれば赤ちゃんのそばに寄り添っていたそうです。

赤ちゃんが亡くなった後、問題意識の広がりもなく…
 赤ちゃんが亡くなった後、病棟にはいつもと変わらない日常の風景が戻っていました。私にはそれが不満でした。これは小児外科や産科だけの問題ではない。家族が手術を拒否した時に、どう対応するかを病院全体で話し合うべき問題だと思ったのです。しかし、そういう問題意識の広がりはありませんでした。考えたくはありませんが、もしや医師の中にも、手術を拒否した家族に共感した人がいた、ということはないでしょうか?
 私は今になって思います。もっと別な方法はなかったのだろうかと。たとえば、障害とともに生きている子どもとか、先天性の病気を治して生きている子どもやその親たちを実際に見てもらえば、赤ちゃんの家族も手術を受けさせる気になったのではないか。この赤ちゃんの一件は、私の心の中にずっと暗い影を落としています。生涯忘れることはないでしょう。