「パパ、パパ」…閉ざされたドア 5歳長男は8年後、白骨化して発見された

産経新聞 12月6日

「パパ、パパ」-。
厚木市にある2階建てのアパートの一室。平成18年の冬。斎藤幸裕被告(36)=殺人罪などで起訴=は、か細い声ですがる長男の理玖(りく)ちゃん=当時(5)=を置いて、ここを後にした。
この部屋で理玖ちゃんの遺体が見つかったのは、本来なら13歳になっているはずの5月30日だった。雨戸が閉まり、電気も止まった6畳の和室。薄い布団の上で、おむつを着けたまま白骨化していた。周囲には、弁当の空き容器やパンの袋が散らかっていた。
「痩せた経緯が分かってしまうのが怖くて、病院に連れて行くことができなかった」
斎藤被告は、こう供述した。窓やふすまに目張りをし、家賃を払い続けて理玖ちゃんの死を隠した。
県警などによると、理玖ちゃんを1人で育て始めたのは16年10月ごろ。口論が絶えなかったという妻(33)が家を出て行ったためだった。トラック運転手として週5、6日勤務し、出勤と帰宅時におにぎりやパンを与えていた。1年ほどたって別の女性と交際し、自宅から足が遠のいた。
厚木児童相談所や厚木市が育児放棄(ネグレクト)を察知する機会はあった。16年10月上旬、3歳だった理玖ちゃんが、自宅近くの路上で1人で歩いているのを近隣住民が発見し、児相が保護した。理玖ちゃんは、Tシャツに紙おむつ姿で、はだしだったが、児相は「虐待ケース」ではなく「迷子ケース」として処理した。
翌年の3歳半の乳幼児健診も受けず、小学校にも通っていなかったのに、児相や市教育委員会は踏み込んだ調査や所在確認をせず、理玖ちゃんが閉じ込められたアパートのドアは、閉ざされたままとなった。
横浜市で山口あいりちゃん=同(6)=が虐待死した事件を受け、児相は昨年5月、「虐待ケース」の児童の所在確認を行ったが、理玖ちゃんは「迷子ケース」だったため漏れた。ようやく所在確認に乗り出したのは、今年3月。すでに、理玖ちゃんの祖父母らも一家の行方を知らなかった。
周辺の大人が異変を感じ取っていながら、誰も踏み込んだ対応を取らなかった。県子ども家庭課の菊池正敏課長(56)は「児相と教育委員会や小学校が連携すべきだった」と悔やむが、県の第三者委員会は報告書で「情報共有の不足」を断罪した。
事件を受け、厚木市は今年6月に検討会議を開き、再発防止策をまとめた。市の担当部署や県警など関係機関で構成する「要保護児童対策地域協議会(要対協)」に報告するまでの流れをフローチャートでまとめた。
虐待が疑われる児童本人や保護者と連絡が取れない場合、情報を把握してから2週間以内に必ず3回、家庭訪問する。それでも所在が分からない場合、要対協に報告する。関係機関で情報共有し、必要と判断すれば警察に届け出る。
厚木児相も、子供への支援について職員同士が話し合う「援助方針会議」で、児相が関わった全ての子供の情報について話し合う仕組みをつくった。
厚木市こども家庭課子育て家庭相談担当の吉崎直幸課長(57)は「市や県を超えて移動している場合もあり、自治体だけで居所不明児童を捜すのは難しい場合もある。国が情報を一元管理する仕組みづくりが必要」と話す。
子供の見守りに力を入れる自治会もある。横浜市瀬谷区の谷戸自治会は、「おとなり場システム」という独自の仕組みを導入している。近隣10軒を1組として、各家庭のメンバーの名前▽緊急連絡先▽65歳以上の人や乳幼児がいるかどうか▽手助けは必要か-などを書き込み、共有する。
もともとは災害対策のために作った仕組みだが、同自治会の清水靖枝事務局長(71)は「顔の見える関係づくりにつながっている。若い親とのコミュニケーションを取ることができる」と指摘する。
厚木市の男児放置死事件が発覚してから30日で半年。各地で幼い子供が犠牲となる事案が後を絶たないが、衆院選という大きなうねりの中で、問題が見失われようとしている。虐待やネグレクトにどう対応すべきなのか。「閉ざされたドア」をそのままにしないため、関係機関の取り組みが続いている。(小林佳恵)
再発をどう防ぐのか。「その後」の模索を関係者に聞いた。

県子ども家庭課 菊池正敏課長(56) 児相職員の感度高める
斎藤理玖ちゃんの事件を受け、県の第三者委員会が設置されて報告書が出された。その中でいくつかの提言を頂いたので、その具体化を目指しているところだ。理玖ちゃんのようなケースを二度と起こしてはならない。
理玖ちゃんを救うことはできたと思う。例えば、Tシャツとおむつ姿で保護されたときは、家に帰した後で家庭訪問をする方針だった。しかし、担当者は理玖ちゃん以外にも多数の事案を抱え、結局のところ家庭訪問は行われなかった。
そこで、今後は児童相談所の体制を強化し、職員の虐待に対する感度を高めねばならない。また、地域社会全体で子供たちを見守ることも必要で、虐待が疑われる場合は、まず市町村や児相などに通告してほしい。初期の段階で安全確認を行い、親と粘り強く対峙(たいじ)していくことが大変重要だ。

谷戸自治会(横浜市瀬谷区) 清水靖枝事務局長(71) 「助けて」と言える地域に
児童虐待のほとんどが、育児ノイローゼが原因のように感じる。子供が生まれた家庭には、地域住民同士、積極的に「元気?」などと声を掛けるようにしている。シングルマザーらもできれば自治会に入り、地域と接点を持った方がよい。
横浜市の補助金で、地区の公園内に誰でも自由に利用できるログハウス「見守りの家」を建てた。当番で、誰かが常駐するようにしている。
子育てが不安なお母さんは、そこに行けば誰かがいる。高齢者も子供も、「おしゃべりをしたい」と思ったら、誰でも利用できる。「誰かが自分のことを気にしてくれている」と思えることが重要だ。
みんなで欠けている部分をそれぞれ補い合いながら、お互いさまの精神で、いつでも遠慮なく「助けて」「助けるよ」という声を出せる地域にしていきたい。

厚木児童相談所井上保男所長(57) 関係機関の相互介入を
児童相談所の使命は子供の命を救うことで、斎藤理玖ちゃんには本当に申し訳なく、悔しい思いだ。現場の職員が、虐待を察知する感度を高めることが重要だ。
職員4、5人に対しスーパーバイザーを1人配置して指導、教育を行っている。また、毎週2回の「援助方針会議」では、所長や課長など幹部から直接、職員に指導している。近年は虐待の種類も多様化しており、どういう形で不幸な事件につながるか予想できない面がある。
また、厚木児相は現在1000件を超えるケースを扱っており、全てのケースを定期的に点検しているものの、児相だけで対応しきれない現実もある。そのため、市や警察、学校など関係機関との連携が重要だ。情報を共有するだけでなく、お互いに介入し合うくらいの積極性を持たないと子供の命は守りきれない。

突然のベビーシッター割引券終了 働く母たち悲鳴〈AERA〉

dot. 12月7日

残業や子どもの急な発熱時に、働く母親の助けとなるベビーシッター。しかしベビーシッター料を払うために必須ともいえた割引券が、終了するという。決して安い料金ではないだけに、母親からは悲鳴もあがっている。
金融機関でシステムメンテナンスを担当する女性(42)は、9歳と4歳の女の子を育てている。実家は遠方。残業時の子どもたちの学童や保育園などへの送迎に、ベビーシッターサービスを幾度となく利用してきた。それなのに、1カ月ほど前に、こども未来財団のホームページにこんな報告を発見し驚いた。
「ベビーシッター育児支援事業は、平成27年3月31日をもって終了することとなりました」
女性がいつも頼んでいる会社のベビーシッター利用料は、送迎の場合1時間約2700円と、決して安くはない。そこでありがたいのが、こども未来財団から発行される「ベビーシッター育児支援割引券」だ。利用料金から1回につき1700円の割引が受けられる。
「うちの場合、利用料金は月約3万円になりますが、割引券のおかげで、支払いは半額以下で済んでいます。割引券がなくなれば、月3万円を送迎に払うことになる。痛すぎる出費です」
ベビーシッター育児支援事業は、1994年度にスタートした。割引額は全額、国庫補助金で賄われていて、ここ数年の予算規模は2億円強だ。
割引券を使えるのは、申し込み手続きをした企業などに勤める共働きの従業員で、残業などで0歳~小学3年生の子どもの在宅保育にベビーシッターを利用した場合だ。事業主が児童手当拠出金を納付していることが要件で、公務員や自営業者は使えない。
同財団によると、現在、割引券の発行を受けている企業などは約1300社。ここ数年、年間10万枚前後の利用があり、利用者は増加傾向にあったという。
そんな中で10月30日に突然、今年度での終了が発表された。厚生労働省雇用均等・児童家庭局はこう説明する。
「来年度から開始される子ども・子育て支援新制度でカバーしていく見通しです」
新制度では各種保育施設、ファミリー・サポート・センターや、一時預かり、病児保育などの拡充が図られる。保育の需要を満たすことで、ベビーシッターへのニーズを賄おうとの考えだ。ただ、保育園に入りたいニーズと、保育園に入ったうえでベビーシッターを利用したいというニーズはそもそも違う。

働く母親が直面する「小1・小4の壁」 NPOが学童保育の充実を模索

産経新聞 12月7日

小学生の子供を持つ働く親にとって、子供たちが放課後過ごせる場である「学童保育」の充実が不可欠だ。厚生労働省と文部科学省は共同で「放課後子ども総合プラン」を打ち出し、待機児童の解消と、子供たちが安心して過ごせる安全な居場所づくりを目指す。受け皿として期待されるのは、学校施設を活用した“民”の力。NPO(民間非営利団体)などが待機児童解消や内容の充実に向け模索を続けている。(兼松康)

仕事を諦める
子育て中の女性が社会に出る際の障壁の一つとされるのが「小1の壁」だ。小学校入学後に子供が放課後を過ごす「放課後児童クラブ」(学童保育)が、定員不足のため、待機児童となるケースは少なくない。結果として親が仕事を諦める現象が、こう呼ばれているのだ。
また、「小4の壁」という言葉もある。学童保育の対象は小学1~3年まで。このため、小学4年以降の放課後の過ごし方が大きな課題になっている。子供を留守番させることに不安を感じる親は多く、フルタイムでの勤務を諦めがちだ。
現状、待機児童と小学4年以降の児童の放課後の受け皿の一つとなっているのは、塾のほか株式会社などが運営する「民間学童」。しかし、民間学童の開設場所は、マンションの1フロアなどが多く、利用料も、公設が月額数千円程度なのに対し、民間は同5万~8万円と高額だ。
このため厚労省は、来年度から学童保育での受け入れを小学6年までに引き上げる方針だ。さらに厚労省と文科省は「放課後子ども総合プラン」を打ち出し、受け皿の拡大を図る方針だ。

学校施設活用を
受け皿として期待されるのは子供たちの普段の学びの場である学校施設だ。総合プランでは、学童保育と、保育の必要のない児童も放課後を安心して過ごせる「放課後子供教室」との一体利用を推進するとしている。
「待機児童を解消し、目標を達成するには学校施設の活用が必須」と指摘するのは小学校の放課後に関連する問題に取り組んでいる「放課後NPOアフタースクール」(東京都港区)の平岩国泰代表理事だ。
同NPOは平成17年から活動を始め、21年にNPO法人となった。現在、一体型の施設を「アフタースクール」として、都内など5校で開校。来春からはさらに3校が開校する予定だ。
「アフタースクール」は、「民間学童」とは異なり、私立の新渡戸文化学園(中野区)といった学校施設内で活動を展開。
さらに子供たちが望む内容と、それを教える地域住民を結びつけるなどして、音楽や料理、語学、ダンス、武道、理科実験、さらに将棋やけん玉、大道芸といった幅広いプログラムを提供し、質の高さを確保している。
平岩代表理事は「小学1~3年と4~6年の放課後の過ごし方は全く異なる。高学年の子供の希望をかなえるには、多彩なプログラムが必要だ。学校施設を使い、地域住民の力も借りて有意義な放課後を全国で提供したい」と話している。

放課後子ども総合プラン
厚生労働省と文部科学省の「放課後子ども総合プラン」では厚労省が所管する放課後児童クラブについて、平成31年度末までに、約30万人分の受け皿の整備を目指す。また全国約2万カ所の小学校区で、放課後児童クラブと、文科省管轄の放課後子供教室を連携または一体化させて実施し、うち半数の1万カ所以上を一体型とすることを目標としている。達成に向けては、使っていない教室など学校施設の活用も打ち出した。
放課後児童クラブと放課後子供教室では従来、同じ校内で実施されていても、管轄が異なるなどの理由で、一方のプログラムに他方の児童が参加できないなどの問題もあった。同プランでは「全ての児童が一緒に学習や体験活動を行うことができる共通のプログラムの充実」を図るとしている。

上がらない給料…「ヒト」が回ってこない介護現場、問われる政治力

産経新聞 12月6日

冬の日は短い。埼玉県に住む50代の池田守さん=仮名=は午後4時すぎ、勤務先の介護施設に向かうため夕暮れの中、自転車をこぎ出した。自宅に戻るのは翌朝10時をまわる。踏み込むペダルは、そう軽くない。
4年前に建築関係の仕事から転職した。家庭の事情で日中は仕事に出られず、勤務は夜勤のみ。月収は18万円ほどで、この4年間ほとんど上がっていない。妻のパート収入と合わせ、なんとか4人の子供を養う。
「介護は総合的な人間力が試される。入所者と心のつながりを感じるとうれしくなる」
仕事にやりがいはある。ただ、夜間は入所者50人に対し、職員は2人。仮眠すらままならない日もある。
「何年たっても給料は上がらない。職員の入れ替わりは激しく、ベテランと呼べる人は増えない」。池田さんはため息をつく。
昭和22~24年に生まれた約700万人の「団塊の世代」が全員75歳以上になる平成37(2025)年。5人に1人が後期高齢者となるこの年、必要な介護人材は237万~249万人と試算されており、24年度の149万人から毎年6万8千~7万7千人を増やす必要がある。
安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」で雇用環境は改善した。しかし、介護業界まで「ヒト」は回ってこない。都内などで介護付き有料老人ホームを運営する会社の担当者(44)は嘆く。
「1人当たり20万円の採用予算を組んだが、足りない。お金をかけても採用が難しいのが現状だ」

下ろせない看板
来年10月に予定されていた消費税率10%への再増税。政府は増税分も含めた年2・8兆円を社会保障の充実に投じ、保育士・介護職員の処遇改善や待機児童解消、低所得の高齢者支援に取り組む計画だった。
再増税延期で財源の当ては外れた。それでも社会保障改革の看板は下ろせない。衆院選公示前日の1日、与野党8党の党首討論で安倍首相は、子育て支援や保育士・介護職員の処遇改善について「しっかりやっていく」と述べた。
収支のつじつまが合わないまま進められる社会保障政策。ニッセイ基礎研究所経済研究部の矢嶋康次チーフエコノミストは「税と社会保障の一体改革を約束している以上、歳入が減れば歳出を減らすのが当然だが、財源を明示しないまま支出ばかりが約束されている」と指摘する。
そして、こう訴える。
「問題を先送りすれば、若い世代への負担は増えるばかりだ。子育て支援といいながら、子供の負担を増やすことが正しいのか。議論が必要だ」

議論の行方危惧
「いま困っている人に手を差し伸べてほしい」
東京都中野区の子育て支援施設で、1歳の長女を育てる女性(29)はそう話し、長女の頭をなでた。出産を機に仕事を辞めたが、医療系の資格を生かして再就職を目指している。問い合わせや申し込みをした保育園は30カ所に上るが、預け先は決まらない。区がホームページで提供する空き情報はゼロばかりだ。
来年4月から始まる新制度は保育の受け皿を29年度までに40万人分増やす計画だが、求めているのは、きょう、あしたの預け先だ。
高齢化対策にも同じ問題が横たわる。
再増税と同時に開始予定だった低所得年金受給者に月5千円を給付する制度は再増税延期で給付が遅れる見通しだ。限られた財源の中では優先順位をつけなければならないが、消費税の8%への引き上げと同時に国民年金の給付水準が引き下げられた高齢者にとって、5千円は貴重な収入源になるはずだった。
日本高齢者生活協同組合連合会の坂林哲雄・副会長理事(58)は「限られた財源の中で、目先のカネを奪い合うような状況だ」と、社会保障を取り巻く議論の行方を危惧する。
いま、待機児童となっている子供が老いたとき、どのような社会保障制度が敷かれているか。「現在の課題に対処するとともに、政治家は10年後、20年後の社会保障の形を示す必要がある」と坂林さん。選挙対策の美辞麗句ではなく、問われているのは政治の力だ。